エピローグ.ただいま
第3章のエピローグです。本エピローグは次です。
ピピピッ ピピピッ
聞き慣れたアラーム音に、沈んでいた意識がゆっくりと浮上する。
(……これ、何の音だっけ)
ボーっと、そんなことを考えながら。
紫苑はゆっくりと目を開けた。
目に入ってきたのは、窓から入ってくる月明かりに照らされた見慣れた天井。6畳ほどの部屋に、机と本棚。
本棚には漫画やラノベが並び、机の上には大きなディスプレイが置いてある。
見紛うことなき自分の部屋だ。
紫苑はベットの縁に座ると、片手でボーっとする頭を押さえた。
「……戻って来た、ってこと、だよな?」
枕元で充電中のスマホを見ると、日付は、2025年8月23日。
異世界召喚されたのが、2025年7月22日だから、約30日後だ。
急いでスマホの着信やSNSをチェックする紫苑。
自分の不在が騒ぎになっていないのを確認し、ホッと胸を撫でおろした。
(良かった。大事になる前に帰ってこれたみたいだ)
紫苑は少しフラつきながら立ち上がると、クーラーを付けた。
服を着替えながら、ポケットの中身をチェックする。
(うん。とりあえず、異世界から持って来たものは無事っぽいな)
そして、1階に降りて、冷蔵庫からコーラを出して一息ついていると、
ピピピッ ピピピッ
2階からアラーム音が聞こえてきた。
オンラインゲームの集合時刻だ。
シオンは、ハッとなった。
「そうだ。みんなに帰ってきたことを報告しないと」
急いで階段を上り、2階の自分の部屋に入る。
パソコンに向かって電源を入れ、あらゆるお知らせメッセージをスキップ。
そして、息を軽く吐くと、約1年振りに、オンラインゲームにログインした。
「うわ。なんかめっちゃ懐かしい!」
久々に見るゲーム画面に、懐かしさを覚えるシオン。
そして、メンバー達の所在を確かめようと、フレンドリストをチェックしようとした、その時。
突然、チームチャットが表示された。
====
すみれ:
『ちょっと! みんな見て!!』
『フレンドリストにシオンちゃんがいるわよ!!』
柚子胡椒:
『え!』
『 ( ゜Д゜)! 』
ひまぽ:
『おー! ほんとだー! おかえりー?』
腹黒小学生:
『え? 本物? 乗っ取りとかではなく?』
====
シオンは懐かしさでいっぱいになった。
良かった。みんな変わってない。
====
シオン:
『ただいまです。さっき異世界から帰ってきました』
ひまぽ:
『おー! 本物だ! おつー!』
すみれ:
『本当だわ! 良かったわ! 無事なの?』
シオン:
『はい。お陰様で、全部片づけて無事に帰って来れました』
柚子胡椒:
『 ゜+。(ノ´∀`)ノ《ォメデトゥ》。+゜ 』
=====
騒がしくなるチャット欄。
腹黒小学生が切り出した。
====
腹黒小学生:
『それでさ』
『帰ってきて早々悪いんだけど、ちょっとテストしてみてもいいか?』
『これから話を聞く上で、重要なことなんだ』
====
紫苑は首を傾げた。
テストって、何だろう?
====
シオン:
『はい。全然OKですよ』
腹黒小学生:
『じゃあ、質問』
『異世界と、異世界人について、シオンはぶっちゃけどう思ってる?』
====
腹黒小学生の直球な質問に、紫苑は思わず噴き出した。
(そうか、そうだよな。俺、完璧に洗脳されてたもんな。みんな心配だったよな)
紫苑は笑いながら、今思っていることを素直に書き込んだ。
====
シオン:
『異世界は油断のならない所でした。悪い人がたくさんいました。でも、たくさんの良い人に会えたので、最終的には異世界が好きになりました』
====
「異世界は素晴らしいところで、異世界人はみんな善人でした」と言い切った人間とは思えないほど、まともな回答。
チャット欄が安堵に包まれた。
====
ひまぽ:
『おー! 脱洗脳おめでとー!w』
すみれ:
『良かったわあ。ホッとしたわ。異世界で上手くやれたのね』
腹黒小学生:
『は~。良かった。マジで安心している俺がいる』
柚子胡椒:
『 \(^o^)/ 』
====
紫苑は頭をポリポリと掻いた。
(今思えば、なんで気が付かないんだよ、っていうくらい、みんなから色々教えてもらってたよな)
自分で自分が恥ずかしくなり、思わず頭を抱える紫苑。
そして、その後。
異世界であった大体のことを話し、手紙の件やら何やら、みんなにお礼を言った後。
シオンはふと思い出して言った。
====
シオン:
『そういえば、写真見ます? 色々撮ってきたんです』
====
チャット欄が一気に盛り上がった。
====
腹黒小学生:
『おお! 異世界の写真!』
柚子胡椒:
『見たい! 見たい!』
シオン:
『分かりました。じゃあ、カメラをパソコンに繋いでアップしますね』
====
すると、ひまぽが慌てて言った。
====
ひまぽ:
『ちょっとまって! まずカメラの中身確認しよーか。データちゃんとある?』
すみれ:
『そうだったわ。シオンちゃん、画像が残ってるか確認した方が良いわ。消えてるかもしれないわよ』
====
確かに。時空を超えたもんな。と、思いながらカメラをチェックするシオン。
画像も動画もちゃんとあることを確認し、チャット欄に書き込んだ。
====
シオン:
『データちゃんとあるんで、アップしますね』
ひまぽ:
『ちょー!!!』
『まって!! つなげないで! Webカメラに液晶を映して見せてくれた方が良さげ』
シオン:
『え?』
腹黒小学生:
『確かに。パソコンに繋いだ瞬間消えるとかマジありえる』
『会議アプリに移動するから、Webカメラに映したのを見せてもらってもいいか?』
====
紫苑は、カメラを持ったまま首を傾げた。
====
シオン:
『……いいですけど、見にくいんじゃないですか』
すみれ:
『実はね、シオンちゃんが召喚される瞬間の映像、録画できなかったのよ。だから、なるべく何もせずにそのまま見た方が安全だと思うのよね』
シオン:
『分かりました。じゃあ、ちょっと待っててくださいね』
====
会議アプリを立ち上げる紫苑。
Webカメラの前に本を重ねてデジカメをセットし、声を掛けた。
「ええっと、とりあえず、これが王宮にあった俺の部屋の動画なんですけど、見えますか?」
チャット欄が動き出した。
====
ひまぽ:
『見えるよーw ひろっw ヨーロッパ風だけど、やっぱりちょっと違うね』
腹黒小学生:
『……すごいな。予想以上に異世界だ』
====
紫苑は、手動で次の画像を表示した。
「じゃあ、いきますよ。次は、話題のシャーロット王女とエミールです」
映し出されたのは、アリスが盗撮した2人がお茶を飲んでいる写真。
すみれが驚いたように書き込んだ。
====
すみれ:
『これはシオンちゃんが騙されても無理はないわね。2人とも見かけは天使みたいじゃない』
ひまぽ:
『そだねー。これは予想以上』
柚子胡椒:
『 (*・ω・)(*-ω-)(*・ω・)(*-ω-)ウンウン♪ 』
====
次々と映し出される画像や動画に、盛り上がるチャット欄。
そして、紫苑は一番気に入っている画像を写した。
「これが、魔王討伐のメインメンバー6人です」
写っているのは、ジャックス、ウィリアム、アリス、カルロス、ゾフィア、シオン。
国旗を背景に、記念写真風に並んでいる。
みんな美形だと盛り上がる4人。
紫苑は1人1人を、指を指しながら丁寧に説明し始めた。
「ええっと、まず、このガタイの良いイケメンが、国一番の剣士の騎士団長のカルロスです。見かけは怖いですけど、頼りになる大人の男です。
その隣のピンクのふわふわ髪の人が、魔法師団長ゾフィアで、俺の魔法の師匠です。魔道具マニアでもあって、こき使われて大変な目に遭いました。
このやんちゃ坊主風に笑っているのが、同じクラスのジャックスで……」
説明しながら脳裏に浮かぶのは、先ほど別れた友の顔。
シオンの視界がぼやけた。
異世界の思い出と共に、もう二度と会えないという実感と寂しさが込み上げてくる。
(色々辛かったけど、かけがえのない経験をしてきたんだな)
何とか説明を終わらせ、異世界の風景動画を流しながら、涙がこぼれないように上を向く紫苑。
――と、その時。
枕元に置いてあったスマホが震えた。
立ち上がって、ベッドの横のスマホを確認する紫苑。
待ち受け画面には、新規メッセージが表示されていた。
――――
柚子胡椒:
「お帰りなさい。シオン。首を長くして待ってたよ」
――――
寂しさで冷えた心が温まっていくのを感じ、紫苑はホウッと息を吐いた。
彼女はいつも自分を助けてくれた。
異世界で精神的に辛い時も、彼女が待っていてくれると思ったから乗り越えられた。
会って、彼女にそのことを伝えよう。
彼は軽く息を吐くと、
『ありがとう。ただいま』
と、返信。
みんなに残りの写真と動画を見せるべく、ゆっくりとパソコンの前に戻っていった。
ラスト1話。




