25.さようなら、異世界
魔王討伐から約1か月後。
日本に戻る当日。
剃刀のように鋭い月が夜の空に浮かぶ、静かな夜。
シオンは、自身が使っていた豪華な部屋を見回して、溜息をついた。
「この部屋とも今日でお別れか……」
もう二度とこんな良い部屋には住めないだろうな、と思いながら。
シオンはゆっくりと服を着替え始めた。
日本に着て帰るのは、柚子胡椒下着に、Tシャツ、フィッシングベスト。
召喚されてきた時と同じ服装だが、ポケットにはたくさんの異世界土産が入っている。
着替え終わり、着ていた服を綺麗に畳んで、時計を見上げると、午後11時半。
そろそろ約束の時間だ。
シオンは、大きな黒いローブを羽織ると、そっと部屋の扉を開けた。
誰もいない廊下を静かに歩き、地下にある『祈りの間』につながる長い階段を降りる。
そして、ぼんやりと明るい『祈りの間』に到着すると、そこには既に見送りのメンバーが待っていた。
ニカッと笑って手を振るジャックス。
相変わらず無表情な、でも、どことなく寂しそうな表情のアリス。
微笑しながら眼鏡をクイッと上げるウィリアム。
腕を組んで難しい顔をしているカルロス
シオンが祈りの間に入って行くと、床の魔法陣をチェックしていたゾフィアがにっこり笑った。
「来たわね~。準備は出来てるわよ~。もうちょっとしたら始めましょうか」
はい、と、頷くシオン。
ウィリアムが、手を差し出しながら言った。
「シオン。我が国を救ってくれて、本当にありがとうございます。そして、私と友人になってくれてありがとう。君の友人になれたことは、人生の誇りです」
「こちらこそありがとう。俺も、ウィリアムがいなかったら、きっと全然駄目だった」
カルロスがシオンを優しい目で見た。
「共に戦えたことを誇りに思う。むこうでも健闘を祈る」
「はい。お世話になりました」
ゾフィアがにっこり笑って手を差し出した。
「色々ありがとね~。魔力補充をしてくれる人がいなくなるのは辛いけど、がんばるわ~」
「こちらこそありがとうございました。ゾフィアさんじゃなかったら、帰還魔法の解析も発動もできなかったと思います」
アリスが潤んだ目でシオンを見た。
「……もう会えないの、寂しい」
「……ごめんな」
「ううん。いい。ずっと忘れない」
シオンは顔を上げると、ジャックスを見た。
「ありがとな、ジャックス。会えて良かったよ」
「俺もだよ。ありがとうな、シオン。むこうでも元気に暮らせよ」
「ああ」
離れがたい思いでいっぱいになり、黙り込む、シオン、ジャックス、ウィリアム、アリスの4人。
ゾフィアが、パンパン、と、手を叩いた。
「それじゃあ、始めましょう~」
息を吐いて、床に描かれた魔法陣の中央に立つシオン。
ゾフィアが、袖をまくりながら言った。
「計算上、シオンに付いている『紐』が、1年くらいずれるハズよ~。でも、正確に1年じゃないから、向こうに着いたら確認してね~」
シオンは黙って頷いた。
最悪もう1回繰り返すことになるかもしれないが、それはそれで悪くない。
むしろ、召喚の3年後とかに戻った方が色々と面倒そうだ。
(理想は、召喚された翌日だな。意味ないかもしれないけど、念じておこう)
祈るように両手を顎の前で合わせるシオン。
「じゃあ、いくわよ~」
ゾフィアが、陣に向かって魔力を込め始めた。
シオンの足元の魔法陣がゆっくりと輝き始める。
薄暗い祈りの間が、徐々に明るくなっていく。
シオンは目を細めた。
あと10秒もすれば元の世界だ。
光輝き始めるシオンを見て、ジャックスが叫んだ。
「気を付けろよ、親友!」
それに釣られるように、ウィリアムとアリスが叫んだ。
「ご活躍をお祈りしていますよ!」
「ん。元気で!……ずっと好きだった!」
「みんな、ありがとう。本当に、本当に会えてよかった!」と、叫び返すシオン。
「達者でな」と、手を振るカルロス。
ゾフィアが手を天に掲げた。
「じゃあ、送るわよ~。シオン、またね~」
ゾフィアの声と共に、まばゆい光が、魔法陣から一気にあふれ出した。
目を開けていられなくなり、思わず目をつぶる、シオンとゾフィア以外の4人。
――――そして、ふっ、と、光は消え。
4人が恐る恐る目を開けてみると。
そこはいつもと変わらない、うすぼんやりと明るい祈りの間。
シオンの姿は、もうどこにもなかった。
あと2話です。




