24.意外な動機と日本への帰還(2)
前話の続きです。
ウィリアムが感心したように言った。
「しかし、あの『でじかめ』は本当に凄い道具ですね。 あれがなければ、あそこまでスムーズに事が運ばなかったと思います」
「だな。あの証拠『どうが』はとにかく凄かった」
うんうん、と、頷くジャックス。
アリスが、リスのように頬を膨らませながら主張した。
「ん。『でじかめ』も凄いけど、私もすごい」
シオンは笑った。
「アリスの腕は本当にすごかったよ。いつもどこにいるか全然分からなかった。砦の部屋では、一体どこに隠れてたんだ?」
「ん。あの時はクローゼットの中に入ってた。シャーロット王女の動きがコソ泥みたいで、笑うの我慢するのが大変だった」
その時のことを思い出したのか、ニヤニヤと笑うアリス。
シオンが尋ねた。
「そういえば、サンドラ様、よく来てくれたよな。あれって詳しく聞いてなかったけど、どうやったんだ?」
「あれもアリスのお手柄ですね」
「ん。サンドラ王女が、教会とシャーロット王女とも無関係なこと突き止めた」
「それで、私が、サンドラ様に、『でじかめ』で撮った、シャーロット王女と教会の密会の『どうが』を見せて、頼んだのです。真実を見て証言して欲しい、と」
シオンは素直に感心した。
「すごいな。ウィリアム」
「まあ、戦えない分、交渉で頑張った、というところです。それに、シオンの名前を出したのも大きかったと思います。すんなり頷いてもらえました」
照れたように眼鏡を指で押し上げるウィリアム。
そして、深刻そうな顔をした。
「……それで、問題は今後どうするか、です」
ウィリアムの話によると、ゾフィアと宮廷医師が国王に対し
「シオン殿は心身ともに疲れ果てており、最低3ヶ月の休養が必要です」
と、進言し、宰相、カルロス、辺境伯の3人がそれを強く推したらしい。、
「お陰で、今は何も起きていませんが、3カ月後……、早ければ2か月後には、陛下が動き始める可能性が高いかと」
シオンは目を細めた。
「動くって、どういうこと?」
「……多分だけど、光魔法の血を王族に入れるために、サンドラ様と結婚させようとすると思う」
言いにくそうに言うジャックス。
シオンは苦笑いした。
なんか、一難去ってまた一難って感じだな。と。
でも、この件に関しては大丈夫だ。
「3か月後なら問題ない。実は俺、元の世界に帰ろうと思ってるんだ」
「「え!!!!」」
目を見開いて、思わず大声を上げる3人。
シオンは慌てて人差し指を口元に当てた。
「しっ! 声が大きい!」
「わ、わるい。……で、本当なのか? 帰る方法があるのか?」
声をひそめるジャックスに、シオンはコクリと頷いた。
「ああ。200年前に召喚された日本人とラーラ・ムークが帰還方法を見つけてたんだ。ゾフィアにそれを見せたら、間違いなくこれで帰れるだろうって」
ウィリアムがホッとした顔をした。
「それは朗報です。国王から匿うには一時的に外国に行く必要があるとまで考えていましたから。帰れるのであれば、それが一番良い方法です」
「……ったく。ゾフィア師団長も知ってたんなら言ってくれればよいのに、人が悪いぜ」
「まあ、俺に無断で言うのも悪いと思ったんだろ」
憤慨するジャックスを宥める、シオン。
俯いていたアリスが、小さな声で言った。
「いつ? いつ帰るの?」
「ゾフィアの話だと、3週間後の新月の日だな」
アリスが目を見開いた。
「なんで3週間。もっといればいいのに」
シオンが頭を掻いた。
「俺も詳しく分かってる訳じゃないけど、ゾフィアの話だと、元の世界に帰るには、向こうの世界とつながる『紐』みたいなものが必要らしい」
「紐?」
「ああ。その紐がないと、帰る先が分からないらしい。で、俺の場合、その紐が召喚1年前に設定されてるみたいでさ」
ジャックスが眉を潜めた。
「なんで召喚1年前なんだ?」
「俺を呼び出した魔法陣が、そういう設定になっていたらしい」
そう答えながら、シオンは苦笑いした。
ゾフィアの話では、200年前に作られたこの魔法陣には『召喚者が自然死以外で死亡した場合、召喚1年前に戻る』と、いう設定も付いてたらしい
つまるところ、『魔王討伐に失敗したら、時を遡って何度でもやりなおさせる』と、いうブラックな召喚だったという訳だ。
(……まあ、結果として、俺はこの設定に命を救われた訳だけどな)
シオンは言葉を続けた。
「ゾフィアが言うには、死ぬ以外で帰るには、こちらから『送還の魔法陣』を発動させる必要があるんだけど、このまま送還すると、紐の先である『召喚1年前』に戻るらしい。
だから、紐の位置を移動をさせる必要があるんだ」
「なるほどな。で、その紐の移動ができるのが、3週間後の新月、って訳か」
帰る方法が見つかって良かったな、と、笑顔でシオンの肩を叩くジャックス。
良かった良かった、と、喜び合う4人。
そして、しばらくして、
ウィリアムが寂しそうに笑った。
「……でも、寂しくなりますね」
「……ん」
俯いて黙り込むアリス。
「まあ、仕方ないよな」と言いつつも、表情が暗くなるジャックス。
シオンは、目を伏せた。
張り切ってやって来た2回目の異世界。
死亡フラグを回避するために、わき目もふらず、懸命に頑張ってきた。
ミノタウロスを倒した後も、なんやかんやでバタバタして、ゆっくり考える時間もなかった。
だから、考えが及んでいなかったし、想像もしていなかった。
別れが辛く悲しくなることを。
今になって帰る実感が湧き、寂しい気持ちでいっぱいになるシオン。
誰も何もしゃべらず、シンと静まり返る室内。
――そして、しばらくして。
ジャックスが軽く息を吐くと、ニカッと笑って言った。
「よし! 魔王討伐組は休暇が出るらしいからさ、みんなで旅に出ようぜ!」
「旅?」
「ああ。色々あったけど、ローズタニア王国には良い所がたくさんあるから、見ていって欲しいんだ」
ウィリアムが微笑んだ。
「良いアイディアですね。私もラディシュ公爵領にお連れしたいと思っていました」
「私も見て欲しいものがたくさんある!」
嬉しそうに手を挙げるアリス。
シオンは顔を上げた。
そうだ。落ち込んでいたらもったいない。
残り3週間、前向きに過ごそう。
「ありがとうな。むこうの友達に、異世界の写真をいっぱい撮って帰る約束してるんだ。是非連れて行ってくれ!」




