12.出陣式
シオンが総司令官に任命されて、4日目。
肌寒くてどんよりと曇った冬の早朝。
立派な軍服を着せられたシオンは、自室を歩き回りながら、ブツブツと呟いていた。
「ええっと。
『皆さん、おはようございます。この度の魔王討伐軍の総司令官を務めさせて頂きます、タダ・シオンと申します。今日という日を無事迎えられ、大変嬉しく思っております。……』」
呟いているのは、これから行われる出陣式でスピーチする予定の”総司令官挨拶”。
一晩かけて考え抜いた力作だ。
シオンは考えた。
出陣式の出席者は、騎士魔法士その他含めて、恐らく約1000人くらい。
イメージとしては、全校集会とか、そういう感じだろう。
そんな大人数の前で話した経験がないから緊張するが、恐らくメインは一番偉い国王の話。
総司令の話は、オマケみたいなもんだろうから、多少アレでも大丈夫だろう。
―――と、その時。
コンコンコン
と、ノックの音がして、騎士の1人が迎えにきた。
どうやら出陣式が始まるらしい。
シオンは、深呼吸すると、カンペをポケットに収納。
騎士の後をついて、部屋を出た。
* * *
――そして、部屋を出て30分後。
シオンは、遠い目をして、王宮前広場に面したバルコニーに立っていた。
同じくバルコニーに立っているのは、国王、宰相、カルロス、ゾフィアなどの重役たち。
皆一様に厳しい顔をしている。
そして、バルコニーの下に広がるのは、フジロックの大ステージを髣髴とさせる、数万人の大観衆。
かなり広い広場にも関わらず、人・人・人、で、ぎゅうぎゅう詰め状態。
気が弱い者が見たら卒倒しそうな光景だ。
『見渡す限り人の海』状態の広場を見下ろしながら、シオンは、呆然とした。
――お、おかしい。想像と違い過ぎる。1000人程度じゃなかったのか?
ちなみに、人が多い原因は、ずばりシオン。
勇者シオンが総司令官と知り、民衆が応援に駆け付けたのだ。
しかし、そんなことを知らないシオンは、想定外過ぎる事態に完全に色を失った。
小学校の朝会程度に考えていたのに、まさかの野外ロックコンサート状態。
――こ、こんなところで挨拶するのか?
――お、俺、高校生だぞ!? どう考えても場違いだろ!
パニックに陥るシオン。
しかし、無情にも出陣式は開始。
国王がゆっくりと話し始めた。
「辺境伯領にて魔王出現の予兆が確認された。魔王は確かに強い。しかし我々には最強の部隊がいる……」
朗々としゃべる国王。
その後ろで、必死で心を落ち着けようと、何度も深呼吸するシオン。
手のひらに人を描いて飲み込んだり、人を野菜に見立てようと試みるが、全く効果がない。
そして、よく分からないうちに国王の話が終わり。
宰相が、声を張り上げた。
「それでは最後に。総司令である勇者シオン!」
ワアアアアッ!!!
民衆達が歓声を上げた。
空気が震え、地面が揺れ、その場の熱気が一気に上がる。
――ま、ままままま、まずい! ど、どどどど、どうしよう!
シオンは、必死に頭を働かせた。
ここで考えられる手は3つ。
A.持って来た紙を読む
B.アドリブでうまいこと言う
C.うやむやにする
Aがナシなのは流石のシオンも分かる。
この場であの挨拶を読んだら単なるアホだ。
Bは、スキル的に不可能。
てことは、C、うやむやにする。
これしかない!
――こうなりゃ勢いだ! きばれ! 光の勇者!
生れたての子馬状態の足に鞭を打って、何とか前に進み出るシオン。
その様子を見て、期待するように静かになる民衆達。
シオンは唇をなめると、叫ぶように声を張り上げた。
「私が、総司令官タダ・シオンだ! これから君達に餞別を送る!」
そして、曇った空に向かって手を高く掲げると、ヤケクソとばかりに魔力を込め始めた。
シオンの体から円を描くように光の渦が沸き起こり、派手な魔法陣が空に向かって展開される。
そして、魔法陣が雲まで届いた瞬間。
シオンは大声で叫んだ。
「<銀河迷宮>!」
シオンの足元から天に向かって眩い光が一気にほとばしる。
広範囲攻撃型の光魔法が、雲に穴を開ける。
そして、光が消え。
ぽっかりと開いた空の穴から見えるのは、まばゆいばかりの太陽。
ワーッ、という、もの凄い歓声が広場を揺らした。
「す、すげーーー!!!!」
「なんだ! 今のは!?」
「あれが勇者シオン!」
「光の勇者シオン! 万歳!」
「「シオン! シオン! シオン!」」
沸き起こる、空気が割れんばかりのシオンコール。
灰のようになりながらも、何とか手を振るシオン。
うやむやにしたことを察し、肩を震わせて笑うゾフィア。
国王や宰相、いつも無表情なカルロスまでも、どこか笑い出しそうな顔をしている。
そして。
広場が少し静かになると。
カルロスが声を張り上げた。
「出陣式は以上だ! 第1陣は、これから出発する!」




