11.上が駄目でも
シオンが魔王討伐軍の総司令官に任命されて3日。
王宮内は忙しさのピークを迎えていた。
騎士団と魔法師団はもちろん、関係各署も遠征準備に追われる日々。
総司令官のシオンも、さぞ忙しいかと思いきや、彼は非常に暇な毎日を送っていた。
「なんつーか、みんなが全部やってくれるんだよな……」
騎士団はカルロスがまとめ上げてくれるし、魔法師団はゾフィアがやってくれる。
装備品や兵站は、ウィリアムとジャックスが取りまとめ、外部との交渉や教会勢力とのやり取りは、宰相や辺境伯がやってくれている。
つまり、シオンにできることといえば、総司令官室にこもって筋トレをするくらい。
「うーむ。これでいいんだろうか……」
スクワットをしながら、密かに悩むシオン。
よく考えてみれば、彼はごく普通の高校生。
兵站だの軍隊の取りまとめだの、出来るわけがない。
しかし、総司令官に立候補した手前、筋トレだけしているというのも居心地が悪く……。
「なんか、俺に出来ることってないのかな……」
そんなことを考えながら、シオンが腕立て伏せをしていると、
コンコンコン
と、いうノックの音と共に、ガチャッと、ドアが開いて、ウィリアム、ジャックス、アリスが入ってきた。
3人は、腕立て伏せをしているシオンを見て、ブハッ、と吹き出した。
「何をしているかと思えば、何で腕立て伏せなんてしてるんですか」
「……いや。だって、やることないから、体でも鍛えておこうかと思ったんだよ」
「お前って、真面目なんだか、不真面目なんだか、よく分かんないよな」
「ん。シオン、変」
大笑いする3人と、恥ずかしそうにそっぽを向くシオン。
そして、一頻り笑うと、ウィリアムが机の上に紙を広げた。
「兵站や装備については既に整いました。事前にカルロス団長とゾフィア師団長が準備を進めておいてくれたのが大きいですね。人員もそれぞれの領地から400人ほど集まるようです」
「すごいね。前回(召喚1回目)の倍以上だ」
「遠征で訪問していたのが大きかったですね。皆さん、シオンに期待しているみたいですよ」
シオンは、ホッ、と胸を撫で下ろした。
シャーロット王女が総司令の方が人が集まるんじゃないかと心配していたが、杞憂だったようだ。
ジャックスが笑った。
「それにしても、まさかシオンが総司令官になるとはな。聞いた時は、何かの冗談かと思ったよ」
「ん。私は、未だに冗談だと思ってる」
シオンが、バツが悪そうに頭を掻いた。
「……仕方ないだろ。その時はこの案が一番いいと思ったんだから」
「案外似合っていると思いますよ。武勇を上げていたお陰で、皆さんシオンくんに対して好意的ですから。それに、最大戦力が総大将というのは部隊が安定します」
「そう言ってもらうと助かるんだけどさ。……で、アリスの方はどう? 何か見えてきた?」
アリスはこくりと頷いた。
「ん。教会とシャーロット王女の動きが結構激しい。宰相が止めてるけど、無理矢理来そう」
シオンが溜息をついた。
「……俺、勝手な慰問を禁止してるんだけどな」
「多分気にしてない。あと、シオンが、パレードをやらないって言ったのも怒ってる」
ジャックスが苦笑した。
「これから戦争で金使うのに、パレードとか意味不明だろ。しかも準備期間が必要だから出発を遅らせろ、とか、頭がおかしいとしか思えない」
「ん。教会は頭おかしい」
ウィリアムが地図を畳みながら苦笑した。
「まあ、あの人たちは自分のことしか考えてないですからね。
この感じだと、教会騎士団が辺境伯領にシャーロット王女連れてくる可能性は十分に考えられるかと」
シオンは溜息をつきながら思った。
シャーロット王女と教会は、どう考えても死亡フラグだ。
なんとか来るのを阻止しなければ。
多分、教会を何とかするのが、自分の仕事なんだろう。
「分かった。もう1回、俺の許可のない慰問を禁止する通知を出しておくよ」
「ん。それが良いと思う」
「そうだな。頼んだぜ」
3人が立ち上がった。
「それでは、私達は仕事に戻ります。明日の出陣式の総司令挨拶、考えておいて下さいね」
「了解」
「また後でな。シオン」
「ああ。またな」
ドアの方に向かう3人。
シオンは、アリスに軽く手招きして引き留めると、小声で尋ねた。
「例のアレ、どうだ?」
「ん。問題ない。完璧」
「そうか。じゃあ、大丈夫だな。引き続き頼むな」
「ん」
3人が立ち去った後、シオンは大きく伸びをした。
どうやら、教会関係を除けば、かなり順調なようだ。
上が駄目でも、下が優秀だったら何とでもなるものらしい。
「……俺も、仕事しないとな」
その後、彼は、『辺境伯領への慰問禁止』を改めて通達。
翌日の出陣式に備え、夜遅くまで『総司令官挨拶』の原稿作りに励んだ。




