10.総司令官の任命
辺境伯領で魔王出現の前兆が認められた、3日後。
冷たい雨の降る冬の日。
シオン、カルロス、ゾフィアの3人は、謁見の間に跪いていた。
壇上の王座に座っているのは、3人。
中央に国王、右にサンドラ第1王女、左にシャーロット第2王女。
国王の斜め後ろに立つのは宰相。
横に並んでいるのは、大貴族会議のメンバー10名だ。
大貴族会議メンバーの1人である辺境伯が重々しく言った。
「3日ほど前、辺境伯領で、瘴気が紅色に染る現象が複数見られた。文献によると、この前兆が現れてから数週間で魔王の出現があるそうだ。
また、強化された魔獣がかなりの数発生しており、いくつかの村は破壊され、避難を強いられている状況だ」
緊張が走る謁見の間。
貴族の1人が尋ねた。
「魔王が出現する前に、何とかすることはできないのか」
「魔王は突然出現するそうです。出現前の対応は難しいでしょうな」
「では、出現を待って、なるべく早く討伐する、ということか」
「……それしかないですな」
国王が口を開いた。
「魔王の出現は、この国の一大事。総力を挙げて対応に取り組むぞ」
「はっ」
宰相が、跪いているカルロスとゾフィアの方を見た。
「聞いての通りだ。騎士団と魔法師団に、辺境伯領への遠征を命ずる」
「「はっ」」
そして、シオンを見ると、懇願するように言った。
「シオン殿。この国の大事に、どうか力をお貸しください」
「承知しました」
シオンの答えに、貴族達から安堵の声が漏れる。
光魔法が使える勇者がいるのといないのとでは、犠牲者の数が雲泥の差だからだ。
その後、次々と、一般兵の徴兵や、各領地にいる騎士魔法士の派遣を決めていく貴族達。
そして、誰かが、「あとは総司令を誰にするかですな」と、発言した――、
その時。
突然、何の前触れもなく。
シャーロット王女が立ち上がると、両手を胸の前で祈るように組みながら、声を張り上げた。
「忌まわしき魔王の出現。聖女としても王族の1人としても、黙って見てはいられません!」
――きたっ!
シオンに緊張が走った。
これは、間違いなく彼女が総司令への立候補する流れだ。
このまま彼女に発言を続けさせたら、間違いなくヤバい展開になる。
――させるかっ!
彼はキッと顔を上げると、王女の言葉を遮るように、大きな声を張り上げた。
「国王陛下! 1つお願いがあります!」
突然の大声に、驚いたように固まるシャーロット王女。
「無礼者!」と、叫ぶ、貴族数名。
国王は、それらを手で制すると、好奇心の目をシオンに向けた。
「……ふむ。お願い、とは、何ですかな?」
シンと静まり返る謁見の間。
全員の視線がシオンに集まる。
シオンは、息を大きく吸った。
――よし、ここで、総司令にカルロス団長を推薦すれば、死亡END回避に向けて大きく前進だ!
そして、打ち合わせ通り「カルロス団長を総司令にしてください」と、言いかけて……、彼はふと止まった。
なぜならば、シオンの視界の端に、バクスター侯爵が顔を真っ赤にして怒っている姿が飛び込んできたからだ。
――あれ。なんであそこまで怒った顔をしてるんだろう?
思考の端で考えるシオン。
そして、ようやく気がついた。
なぜウィリアムとジャックスが、総司令が辛い役所だと言っていたのか。
なぜ魔王討伐後に、カルロスが辺境伯領に行くことになっているのか。
――そうか。教会が敵に回るんだ!
教会としてみれば、自分たちが認定した聖女を総司令にしたいはずだ。
そこを強引にカルロスにする訳で、教会は当然カルロスを恨むことになる。
もしかすると、魔王討伐を終えた後、命を狙われる羽目になるのかもしれない。
――これって、カルロスの今の地位と生活を奪ってしまう、ってことだよな?
その可能性に気づき、カルロスの名前を言うのに躊躇するシオン。
シオンが黙ったのを見て、すかさず何か言おうとするバクスター侯爵とシャーロット王女。
国王は手で2人を制すると、興味深そうに目を細めた。
「シオン殿。お願いとは何ですかな?」
シンと静まり返る謁見の間。
誰もが固唾を飲んで、シオンの発言を待っている。
シオンは覚悟を決めた。
――えええい! 俺は光の勇者様だ! やってやるぜ!
彼は軽く息を吐くと、国王の目を真っ直ぐ見て言った。
「お願いがあります! 俺を、俺を、総司令に任命してください!」
響き渡るシオンの声。
国王が目を見開いた。
なっ、なっ! と、真っ赤な顔をして口元を震わせるシャーロット王女に、苦虫を嚙み潰したような顔をするバクスター侯爵。
思わず手に持っていた巻物を落としそうになる、いつも沈着冷静な宰相。
誰もがあっけにとられる中、辺境伯が豪快に笑い出した。
「はっはっはっは! なるほど。勇者殿が総司令として指揮を執ると。良いのではないでしょうか。今や勇者殿の名前は平和の象徴。彼が総司令であれば、民も安心するでしょう」
それもそうですな、と同意する貴族たち。
バクスター侯爵が忌々しそうな顔で言った。
「何を言っているのか! 彼は異世界人。しかも異世界では平民だったと言うではないですか。ここは聖女でもあり王族であるシャーロット様に任せるべきです!」
教会派貴族の1人が同調した。
「私もそれが良いと思いますな。シオン殿では少し荷が重すぎます」
バクスター侯爵が大きく頷いた。
「その通りです。しかも彼は軍を率いた経験などない。そんな経験のない人間に大切な討伐が任せられると思いか」
すると、黙って話を聞いていた第1王女サンドラが静かに言った。
「バクスター。言葉を慎みなさい。それに、軍を率いたことがないのはシャーロットも同じ。あなた方が任命した聖女であることは、軍を率いる理由にはなりません」
第1王女の鋭い言葉に、口をパクパクさせるバクスター侯爵。
カルロスが顔を上げて、大きな声で言った。
「シオン殿の経験不足は、この私が支えます」
ゾフィアも真面目な顔で同調した。
「ええ。私も魔法師団長として、力の限り支える所存です。
確かにシオンく……シオン殿には経験がないかもしれませんが、彼は勇者として討伐隊と一緒に戦ってきました。彼が総司令になれば、皆の士気が上がります」
辺境伯が、はっはっは、と、面白そうに笑った。
「団長2人がここまで言うのであれば問題ないだろう。私もシオン殿を推薦する」
「なりませぬ! あんなどこの馬の骨とも分からない男! 品位が落ちます!」
「そうです! ここは聖女であるわたくしが総司令を引き受けるべきです」
目を血走らせて反対するバクスター侯爵と、怒りに震えながら叫ぶシャーロット王女。
すると、黙って聞いていた国王が、シオンの顔を見た。
「シオン殿。貴殿は総司令になることを望まれるのか」
「はい!」
こうなりゃやけっぱちだと、勢いで叫ぶシオン。
国王は面白そうに口の端を歪めながら尋ねた。
「それが貴殿の望みということか」
「その通りです!」
完全に勢いで叫ぶシオン。
「……であるか」
考え込むように黙る国王。
そして、フッと笑って立ち上がると、声を張り上げた。
「魔王討伐軍の総司令はタダ・シオン殿とする。総司令は国王直下とし、魔王討伐に関連する一切に対して最高権限を与える!」
笑顔で手を叩く、賛成派の貴族達。
般若のような顔をするシャーロット王女と、バクスター侯爵。
ありがたき幸せ、と、頭を下げながら、シオンは遠い目をした。
―― やばい……。やってしまった。完璧に勢いだ。
カルロスが今後不利益を被ると考えると、どうしても彼の名前が言えなかった。
恨まれるのであれば、元の世界に帰る自分こそが、ふさわしいと思ってしまったのだ
彼が凹んでいる間に、場は終了。
のろのろと立ち上がり、謁見の間を退出するシオン。
そして、王宮の外に出ると。
ゾフィアが、おかしくてたまらないといった風に、シオンの背中をバンバン叩いた。
「面白かったわ~。カッコ良かったわよ、タダ・シオン総司令!」
「……」
シオンは、暗く溜息をついた。
勢いで言ったものの、正直不安しかない。
シオンの反応を見て、更に笑い始めるゾフィア。
カルロスが、どことなく感謝するような目でシオンを見ながら言った。
「急ぐぞ。これから忙しくなる」
こうして。
シオンは、勢いで魔王討伐軍の総司令官になってしまったのであった。




