08.名目は「試食会」
恩賞授与式の数日後。
寂し気な虫の音が聞こえてくる、風の冷たい秋の夜。
カルロスとゾフィアは、研究所から5分ほど歩いたところにあるプレハブのような実験小屋の前に立っていた。
ゾフィアは、鼻をくんくん鳴らすと、目を輝かせた。
「う~ん。いい香り! ご馳走の予感がするわ!」
今日集まるメンバーは、シオン、ジャックス、ウィリアム、アリス、カルロス、ゾフィアの6人。
集まる名目は、「異世界料理の試食会」だ。
軽く咳払いして小屋のドアをノックをするカルロス。
すぐにドアが開いて、笑顔のウィリアムが現れた。
「ようこそおいで下さいました。どうぞお入りください」
中は、いかにも実験室といった風情で、実験器具が入っている棚が壁一面に並んでいる。
部屋の中央には大きなテーブルが置いてあり、その上には、見たこともないような料理がたくさん並んでいた。
皿を並べていたジャックスとアリスが、2人にお辞儀をした。
「ようこそ。この度は叙勲おめでとうございます」
「こちらこそご招待ありがとう。飲み物持ってきたから、みんなで飲みましょう~」
ゾフィアの言葉に、持っていた袋から瓶を10本ほど取り出して、テーブルの上に置くカルロス。
ジャックスは目を輝かせた。
「お! 辺境伯領の酒とジュースですか。しかもいいやつ!」
「ん。私これ好き」
「ふふふ。私達2人からよ~」
シオンが、鍋をかき回しながら笑顔で言った。
「では、そろそろ始めましょう!」
いそいそと席に座る6人。
ゾフィアとカルロスが持ってきた飲み物で乾杯すると、おもむろにテーブルの上に用意された異世界料理を食べ始めた。
ちなみに、今回準備したのは、唐揚げ、カレー、フライドポテト、ポテトチップス、パスタもどきだ。
ゾフィアが目を丸くした。
「なによ~、この茶色いの。見た目が不気味だからどうかと思ったけど、こんな美味しい物たべたことないわ!」
「ん。おいしい」
「この辛さがたまらないよな」
「それはカレーという料理です。調味料を少ししか持って来ていないのであまり作れませんが、今日は特別です」
上々な反応に、シオンは得意気に胸を張った。
カレーはやっぱり正義だ。
「私はこちらのイモが気に入りました。外はカリッと、中はジューシー。香りも触感もたまりません」
「うんうん。ほっぺたが落ちそう」
「それはフライドポテト。俺の世界の定番人気食だな」
ゾフィアが、黙々と食べているカルロスの頭をぺチリと叩いた。
「ちょっと~、カルロス! 無言で食べてないで、あんたも何か言いなさいよ!」
「……うまい」
「も~! 語彙力!」
そして、食卓の上の食料を7割ほど消費したころ。
ゾフィアが、コホン、と咳をすると、少し真面目な顔になって言った。
「さて。私もカルロスも、お酒をほとんど飲まずに我慢しているわけなんだけれども、そろそろ本格的に飲ませてもらえないかしら」
「……そうだな。話したいことがあるのだろう?」
2人の言葉に、こくりと頷くシオン。
そして、ウィリアムと頷き合うと、ゆっくり口を開いた。
「突拍子もない話をしますけど、……実は俺、未来から来たんです」
* * *
シオンは、順を追って説明をし始めた。
・異世界召喚されて魔王を倒した後、殺されてしまったこと。
・気がついたら、召喚1年前の日本に戻っていたこと
・全員死んでしまうバッドエンドを回避するために、準備してこちらに来たこと
表情を変えることなく黙ってシオンの話を聞く2人。
そして、話が終わった後。
ゾフィアが、ゆっくりと口を開いた。
「……なるほどね~。言っていることは理解したわ。つまり、あと6ヶ月後に魔王が出現するってことね」
「はい。そうなります」
ゾフィアは困ったように溜息をついた。
「やばいわね~。本当に出現するのね」
「ああ。まさか俺達の代で出現するとはな」
難しい顔で頷くカルロス。
「前回の出現が60年前だから、あと90年は大丈夫だろうと思ってたのにね~」
運が悪いわ~、と、呟くゾフィア。
シオンは目をぱちくりさせた。
「……あの、信じてもらえるんですか?」
「信じるも何も、本当のことなんでしょう~?」
「はい。それはそうなんですけど……」
ジャックスがシオンの気持ちを代弁した。
「突拍子もないことを言っているので、あっさり信じてもらえたのが不思議なんですよ」
なるほどね~、と、ゾフィアがクスクス笑い出した。
「実を言うとね。私、シオンは、以前この世界に来たことがあるんじゃないかと思ってたのよ~」
「そうなんですか?」
「だって、魔力が安定したばっかりの人間が、魔力放出なんてできるわけないじゃない。そんなことできるのは、ある程度鍛錬を積んだ者だけよ」
カルロスが口を開いた。
「シオンの剣筋を見てすぐ分かった。間違いなく俺が教えたものだ、ということがな」
シオンは遠い目をした。
――隠していたはずなのに、普通にバレてる。俺ってもしかして迂闊なんだろうか。
何を今更、ということを悩み始めるシオン。
ウィリアムが言った。
「ゾフィア師団長の言うとおり、あと6ヶ月後に魔王出現の知らせがあります。場所は辺境伯領です」
「なるほど。そして、その討伐の後、ミノタウルスの襲撃を受けて、我々全員が死ぬということか」
「……はい」
言いにくそうに頷くシオン。
ゾフィアが、うわぁ、と、顔を顰めた。
「魔法士団に入った時から、いつでも死ぬ覚悟はできているけど、さすがに弱ったところをミノタウルスにやられるのは、ちょっと嫌よね~」
「……まあ、そうだな」
渋い顔をしながら同意するカルロス。
ゾフィアが尋ねた。
「で、私達にこの話をしたということは、死ななくても済むような、何か策みたいなのがあるってことよね~?」
ウィリアムは、はい、と答えると、説明をし始めた。
「まず、魔王討伐の手際を良くしようかと考えています」
ゾフィアが首を傾げた。
「手際? 前は悪かったの?」
「はい。シオンの話だと、信じられないくらい悪かったようです。
原因は色々ありますが、一番大きかったのは、戦を知らないシャーロット王女が総司令官になったことだと思います」
「なるほどね~。上がアホだったってことね。でも、どうして王女が司令官になったの~?」
ゾフィアの問いに、シオンが答えた。
「シャーロット王女が謁見の間で自ら立候補したんです。それを教会が押して、国王が了承しました」
さもありなんだな、と、呟くカルロス。
「それで、あなた達はどうしようと考えているのかしら~?」
ゾフィアの問いに、軽く息を吸うウィリアム。
そして、カルロスを見ながら思い切ったように言った。
「私達は、カルロス団長に総司令になって頂きたいと考えています」
ウィリアムの言葉に、考えるように黙り込むカルロス。
ゾフィアが、うーん、という顔をした。
「確かにカルロスは名将よ。でも、王女と教会を抑えて総司令になるのは難しいんじゃないかしら」
「勇者シオンの強い推薦と、大貴族半分以上の賛成があれば、可能かと」
カルロスが呟いた。
「なるほど。あと6カ月の間に、貴族達に恩を売っておけ、ということか」
「はい。その通りです」
ゾフィアが溜息をついた。
「私もカルロスが適任だと思うわ。死なない選択をしろと言われたら、カルロス一択よ。他はありえない。
……でも、問題は、”討伐後”なんじゃないかしら」
ジャックスが口を開いた。
「その懸念はもっともです。我々としては、魔王討伐の暁には、カルロス団長を辺境伯領にお呼びしたいと思っております。魔王討伐の英雄として精一杯おもてなしさせて頂ければと」
「ふうん。なるほどね~。そのへんもちゃんと考えてるってことね」
シオンは首を傾げた。
カルロスを総司令官に推すという話は前々から出ていたが、辺境伯領に行くのは初めて聞いた。
――なんで辺境伯領に行くんだ?
黙って聞いていたカルロスが、口の端を上げて呟いた。
「なるほど。至れり尽くせりと言う訳か。私としても、無駄な犠牲が出ることだけは避けたい」
そして、少し考えた後、軽く息を吐きながら言った。
「了解した。総司令の話、引き受けよう」
ゾフィアが、カルロスの肩をバンバンと叩いた。
「さすがはカルロスね~! 辺境伯領に行くときは、私も一緒に行ってあげるから安心して~」
「……俺1人で十分だ」
ゾフィアが口を尖らせた。
「ちょっと! そこは『一緒に来てくれ』でしょ!」
思わず笑い出す5人。
皆と一緒に笑いながら、シオンは思った。
何となくだが、何とかなりそうな気がしてきたな、と。
しかし、この後。
総司令官決めを巡り、事態は想定外の方向に進むことになる。




