06.シャーロット王女からの呼び出し
異世界召喚されて、6カ月半。
秋の気配漂う昼下がり。
シオンは、シャーロット王女のお茶会に参加すべく、暗い気持ちで王宮を訪れていた。
今までのお茶会の内容を思い出すと、
1回目は、”身体能力強化の魔道具” ならぬ、弱体化の魔道具を渡され。
2回目は、エミールから強引な宗教勧誘を受け。
3回目は、弱体化の魔道具返却を泣いて阻止され。
……とまあ、ちょっと考えただけでも、悪い事しか起きていない。
シオンは憂鬱な気持ちで考えた。
これは4回目も覚悟した方が良いだろうな、と。
そして、メイドに付いて庭園を歩くこと3分。
シオンは、お茶会の会場である東屋に到着した。
先に来ていたシャーロット王女が笑顔で立ち上がった。
「こんにちは。お久し振りです。シオン様」
「ご無沙汰しております、シャーロット様」
なるべく自然に見えるように笑みを浮かべ、頭を下げるシオン。
会えてとても嬉しいですわ、という顔で微笑むシャーロット。
王女の「どうぞお座り下さい」という言葉と共に、緊張と警戒のお茶会が始まった。
シャーロットは優し気な笑みを浮かべながら言った。
「聞きましたわ。魔獣討伐で大活躍されたそうですね」
「ありがとうございます」
「遠征先はどのような感じでしたの?」
投げかけられる質問に、無難かつ丁寧に答えるシオン。
すると、シャーロット王女が、メイドに箱を持って来させた。
「シオン様が前線に立つことが多いと聞いて、準備させましたの。開けてみて下さいませ」
シオンが用心しながら開けると、そこには彫り物がしてある立派な腕輪が入っていた。
「防具の一種ですわ。盾代わりにも使えますし、これを付けると力が若干ですが強くなるそうです。サイズも調整してありますので、是非お使いください」
「……ありがとうございます。前線に行く際に使わせて頂きます」
怪しいことこの上ない、と、思いつつも、一応お礼を言うシオン。
箱を鞄の中にしまっていると、シャーロット王女が改まったような口調で言った。
「シオン様。その腕輪とは全く別の話として、お願いしたいことがあります」
多分ロクなことじゃないだろうな、と、思いながら、「なんでしょう」と、尋ねるシオン。
シャーロット王女は、ポッと顔を赤らめると、上目遣いでシオンを見ながら言った。
「ええっと、……断りません?」
前回のチョロいシオンだったら、「はい! 断りません!」と、即答していただろう破壊力。
しかし、今回のシオンはチョロくなかった。
彼は落ち着いてシャーロット王女を見返すと、冷静に答えた。
「……それは聞いてみないと分かりません」
王女は一瞬不愉快そうな顔をするものの、すぐに顔を笑顔に戻した。
「分かりましたわ。では、単刀直入に申します。
――シオン様、どうか、わたくしの筆頭騎士になって下さい」
「……は?」
シオンは、思わずティーカップを落としそうになった。
「……筆頭、騎士?」
「はい。王族を守る騎士ですわ。もちろん陛下の許可も取ってあります」
微笑むシャーロット王女。
シオンは、思い切り混乱した。
――弱体化させようとした相手を、自分の筆頭騎士に指名しようとか、何を考えているんだ?
――もしかして、弱体化の魔道具だと知らなかったのか?
――いや、でも、ゾフィアは教会にあった魔道具なら、用途と機能が全て分かっているはずだと断言していたし……。
戸惑いのあまり黙り込むシオンを見て、クスクス笑うシャーロット王女。
そして、シオンの横の席に移動すると、彼の顔を覗き込んだ。
「シオン様。筆頭騎士になって、私を守って下さい。……私はあなたに守られたいのです」
「………っ!」
完全な不意打ちに、シオンはピシリと固まった。
触れそうなほど近い距離に、ほのかに香るいいにおい。
シャーロット王女の美しい瞳に、一瞬意識が持って行かれそうになる。
しかし、その時。
シオンの脳裏に、柚子胡椒の黒い瞳が浮かんだ。
汚れのない、純粋で美しい瞳。
そして気が付いた。
シャーロット王女の瞳には、柚子胡椒の瞳の中にあった純粋さがない、ということを。
――……まあ、つまりは、そういうことだよな。
目を反らして、シャーロット王女から距離を取るシオン。
そして、立ち上がると。
驚いたような顔をしているシャーロット王女を見下ろしながら、事務的に言った。
「お誘いありがとうございます。検討して、追ってご連絡差し上げます」
* * *
お茶会終了後。
シオンは、足早に王宮を出ると、立ち止まって大きな溜息をついた。
――あんな美人に誘惑されるとか、すごい体験をしてしまった気がする。
そして、歩き出そうとした……、その時。
後ろから、「シオン、やらしい」という声と共に、ドシンと何かがぶつかってきた。
振り返ると、そこには機嫌の悪そうなアリスが立っていた。
「シオン、シャーロット王女といやらしいことをしようとしてた」
「……見てたのか」
「ん。危なかったら助けようと思ってた。でも、引っかからなかった。なんで?」
シオンは、ポリポリと頭を掻いた。
「ああ。まあ、なんていうか、打算みたいなものを感じたんだ」
「ん。それ正解。ああいう女は惚れた腫れたじゃ動かない」
シオンは苦笑いした。
アリスは王女に対してはいつも手厳しい。
「何はともあれ、ありがとな。心配してくれたんだろ?」
「ん。従者だから問題ない」
「じゃあ、これから魔法士団の研究棟に行きたいんだけど、付き合ってくれるか?」
「ん。分かった」
並んで歩き出す2人。
――そして、この2時間後。
ゾフィアの分析により、シャーロット王女がくれた腕輪が、主人が魔力を込めることにより外れなくなり、主人の魔力操作でギリギリと閉まる、いわゆる「隷属の腕輪」だったことが判明。
シオンは、苦笑いすると、すぐにウィリアムに相談。
騎士の件は、宰相を通じてお詫びと共に断ることにした。




