04.勇者伝説が幕を開けてしまった
砦の密談から7日後。
空がうっすらと銀色に染まる、夏の早朝。
シオン、ジャックス、ウィリアム、アリスの4人を乗せた馬車は、たくさんの人に見送られて、領主館を後にした。
いつまでも手を振る家族に、馬車の窓から身を乗り出して手を振るジャックス。
ウィリアムが済まなさそうな顔で言った。
「せっかくの帰郷なのに、帰りを急かすような形になってしまいましたね」
「気にしないでくれ。家族とはまた会える。……それと、例の件なんだけど」
ジャックスが声を潜めた。
「クロスボウ部隊新設を、親父に頼んでおいた」
「ありがとうございます。どうでした?」
「しつこく理由を聞かれるかと思っていたんだが、案外アッサリだったな。兄貴に指示して、すぐにでも着手してくれるらしい」
シオンは胸を撫でおろした。
クロスボウ隊がいるといないのとでは、魔王討伐の負荷が違う。
大した説明もなしに準備してくれる辺境伯には感謝だ。
ウィリアムが、「これからの話をしましょう」と、地図を広げた。
「3人には、5日後の騎士団と魔法師団合同の遠征に付いて行ってもらいます。行先は、〇印部分。恐らくですが、夏休みいっぱいかかるかと」
ジャックスが、地図を見ながら呟いた。
「……教会派の領地が多い気がする」
「ご名答です。魔物が多いというのもありますが、どうせ武勇を立てるなら、ついでに恩も売ろうと思いまして。恩というのは使いようによって組織を脆くしますからね」
「それは名案だな。あいつらも別に一枚岩って訳じゃないからな」
シオンは苦笑いした。
どうやら彼等は教会派閥を崩しにかかるつもりらしい。
ウィリアムがシオンの方を向いて言った。
「シオンは、例の魔法でガンガンやって下さい。辺境伯領であれだけ好評だったんですから、他の土地でも目立つこと間違いなしです」
「またアレをやるのか」と、顔を引き攣らせるシオン。
ジャックスが感心したように言った。
「いやあ。あの魔法、本当に凄いよな。うちの兄貴なんて、見たことないくらい興奮してたぜ。 ”さすがは異世界人、勇者と呼ぶのにふさわしい!” とか言ってさ」
「ん。他の騎士も大騒ぎしてた。ちょう大成功」
うんうん、と、頷くアリス。
シオンは、羞恥のあまり顔を手で覆った。
黒歴史ノートを参考に開発した、中二病光魔法。
確かに、これ以上ないほど受けている。
しかし、シオンからしてみれば、公衆の面前で叫びながら変身ポーズを決めているようなもの。
恥ずかしくない訳がない。
「いつか慣れる日が来るんだろうか……。いや、慣れちゃいけない気もする……」
窓の外を眺めながら、暗い顔でブツブツと呟くシオン。
――と、その時。
アリスが、何かに気が付いたように、急に立ち上がった。
次の瞬間、ガクンッ、と馬車が止まる。
御者の男が声を張り上げた。
「前方に魔獣です! 魔獣が村を襲っています!」
馬車から飛び降りる4人。
目に飛び込んで来たのは、2mはあろう大きな熊型魔獣2匹。
逃げ遅れた村人達を背に、兵士達が必死に戦っている。
ジャックスとアリスが走り出した。
「シオン! 俺達が引き付ける! 例の魔法頼む!」
分かった! と、返事をして、急いで魔力を高め始めるシオン。
アリスが、走りながら腰に下げていたナイフを抜いて、魔獣に投げつけた。
ナイフは、見事に魔獣の後頭部に命中。
ジャックスが声を張り上げた。
「こっちを見ろ! 俺達が相手だ!」
魔獣の注意が兵士達からそれる。
この隙に、と、必死で逃げようとする兵士達。
しかし、魔獣の注意がそれたのはほんの一瞬。
すぐには逃げようとした兵士たちを見止め、唸り声を上げて襲い掛かかった。
うずくまる兵士たちと、悲鳴を上げて手で顔を覆う村人たち。
だめだ、やられる。
誰もがそう思った、――ーその時。
シオンの声が響き渡った。
「<南十字症候群>!」
その瞬間。
眩い光を放つ光魔法矢が放たれ、兵士たちに襲い掛かろうとしている2匹に次々と突き刺さった。
ギャアアアアアアッ!
のけぞりながら断末魔の叫びを上げる魔獣達。
ドサリ、と、地面に倒れ、そのまま動かなくなった。
「す、すごい……」
「まさか、一撃で倒すなんて……」
「今のは、奇跡か何かか?」
座り込みながら、呆けたように呟く兵士と村人たち。
ジャックスは村人や兵士にケガがないことを目で確認すると、剣を掲げ、大声で叫んだ。
「皆のもの! 安心せよ! たった今、光の勇者、タダ・シオンが魔獣を討伐した!」
「な、なんと! 勇者様が!」
「聞いたか!? 勇者様がやったんだとよ!」
村人たちから、ワアっと歓声が上がった。
「すげー!!!!」
「あんなの見たことない! あれが勇者様!」
「光の勇者様、万歳!」
「光の勇者、シオン、万歳!」
「「シオン! シオン! シオン!」」
空に響き渡るシオンコール。
ひえー! やめてくれー! と心の中で叫びつつも、何とか笑顔で手を振るシオン。
――そして、この話はあっという間に国中に広がり。
シオンの偉大なる勇者伝説が幕を開けてしまったのであった。




