02.砦の密談2
「信じたくないし、考えたくもないけど。俺は、前回、殺されたんじゃないかと思ってる」
シオンの悲痛な叫びに、場が静まり返った。
誰も何もしゃべらず。
ただ目の前の焚火がパチパチと音を立てるのみ。
――そして、しばらくして。
ジャックスが顔を歪めると、シオンに向かって、ガバっと頭を下げた。
「すまん、シオン。勝手に別の世界のお前を呼び出した挙句、こんな仕打ち。俺達は最低だ」
「我が国の事情にあなたを巻き込んで、お詫びの言葉もありません」
「ん……。申し訳なさすぎる」
うなだれる3人。
シオンはハッと我に返った。
(し、しまった! みんなから見たら、まだ起きてない話なのに、変に深刻に話してしまった!)
彼は、慌てて言った。
「いや、こっちこそごめん! なんかすごい深刻に話ちゃったけど、これは前回の話で、今回はまだ何も起きてないから!」
「それはそうかもしれないけど、話が申し訳なさ過ぎるだろ……。しかも、俺、お前がこんな深刻な悩みを抱えてるだなんて、全然気が付いていなかった」
「ん。私も。従者失格」
落ち込んだ様子のジャックスとアリス。
「どうしよう」と、狼狽えるシオン。
この様子を見て、ウィリアムはくすりと笑うと、溜息をつきながら言った。
「私もそう思います。我が国は本当に許せないことをしました。
――ですが、謝罪と反省はこのくらいにしませんか? シオンも困っているようですし、今話すべきは、今後どうするか、でしょう?」
「そうしてもらえると助かる。まだ起きてない出来事だしな」
ウィリアムの言葉に、ホッとしながら同意するシオン。
アリスが頷いた。
「ん。それは言える。まだ死んでないから、死なないように頑張れる」
「確かにな。俺達はまだ死んでない。出来ることは色々ある。……ただ、シオンが言う通り、鍛えれば良いって話でもなさそうだよな」
「……そうですね。その可能性が高そうですね」
「辺境伯領出身から言わせてもらえば、ミノタウルスの急襲がそもそもおかしいしな」
ジャックスの話によると、 ここ10年ほど、この周辺でミノタウルスを見たことがないらしい。
「ミノタウルスは基本的に集落から大きく離れない。このへんに集落はないから、どこかから強引に連れてきて襲わせたとしか思えないんだ」
アリスが尋ねた。
「じゃあ、犯人はシャーロット王女か教会?」
ウィリアムが考えるように言った。
「……話を聞く限り、その2つが限りなく黒に近い気がします。
――ただ、不思議なことに、教会にもシャーロット王女にも、シオンを殺す動機がないのです」
「え? ない?」
驚くアリスに、ウィリアムが頷いた。
「プレリウス教は、基本的に異世界人信奉です。暗殺などするよりも、魔王を討伐したシオンを祭り上げた方が利があります。
シャーロット王女も同様で、形だけとはいえ自分が世話人を務めた勇者が活躍したのですから、生きていた方が彼女の株は確実に上がるでしょう」
ジャックスも同意した。
「俺もそう思う。それに、彼女も襲撃で死んだのなら、殺されたってことだしな」
ウィリアムが考えながら言った。
「動機という点からみれば、私が知る限り、怪しいのは1人だけですね。
―――第1王女のサンドラ様です」
シオンは目を見開いた。
意外なところから出た、意外な名前。
脳裏に浮かぶのは、背筋を伸ばした凛とした美しい女性。
「現時点で、次期国王はサンドラ様です。しかし、シャーロット様が『魔王討伐を指揮し、勇者を支えた』という手柄を立てたとなると、話はかなり変わってくるでしょうね」
「確かにな。でかい手柄を立てた第2子が王位を継いだ前例はある」
同意するように頷くジャックス。
「それに、シャーロット王女が誰かに操られていた可能性もあり得ます。最後に彼女が砦に残ったのも、黒幕が彼女もろとも証拠を隠滅しようと企んだのかもしれません」
シオンは考え込んだ。
シャーロット王女が誰かに操られている可能性を、彼自身も考えた。
そうあって欲しいと願ったのかもしれない。
でも、考えれば考えるほど、その可能性は限りなく低いように思われた。
ウィリアムは肩をすくめた。
「まあ、犯人予想については、このくらいにしておきましょう。現時点では分からないことの方が多いですからね」
それもそうだな、と、頷くジャックス。
そして、シオンに尋ねた。
「シオンは、これからどうしようと思ってるんだ?」
シオンは、覚悟を込めて3人を見た。
「……俺は、これからも死亡エンドを回避のために努力したいと思っている。みんなの力を貸して欲しい」
3人が力強く頷いた。
「分かった。是非協力させてくれ」
「ん。私も」
「私も尽力させて頂きますよ」
ありがとう、と、言いながら。
シオンは、自分の中で何かが変わっていくのを感じた。
死亡エンドを回避しようと、ずっとがんばってきた。
日本では事前準備に取り組み、こっちに来てからは剣や魔法の稽古に励んできた。
しかし、彼には決定的に足りないものがあった。
現実と向き合う『覚悟』である。
それゆえ、今までの彼には、楽観的で浮ついたところがあった。
がんばってるし、2周目だし、きっと何とかなるだろう、的な発想。
しかし、シャーロット王女事件と、砦への再来、3人へのカミングアウトを経て。
シオンの中の、その浮ついた気持ちは完全に消え去った。
あるのは、今度こそ仲間を絶対死なせないという強い意思と、現実に向き合う覚悟。
ジャックスが、焚火に小枝を追加しながら言った。
「じゃあ、もう少し詳しい話をしてもらった方が良さそうだな」
「ええ。そうですね。計画を立てるなら、後ろから考えた方が効率が良さそうですしね」
アリスが首を傾げた。
「後ろから?」
「ええ。まず、ミノタウルスの急襲をどうやって対応するかを考えて、それに必要な条件が揃うように、遡って対策を考えていくのです」
棒で地面に図を書きながら、分かりやすく説明するウィリアム。
それを見ながら、シオンは、ふと思い出した。
そういえば、こういう時のための手紙があったな、と。
彼は空間収納を開くと、日本の4人からの「作戦を立てる時に」と書いてある手紙を取り出した。
中には、印刷された細かい字で、魔王討伐戦とミノタウルス戦についての提言が書いてあった。
どうやら、ひまぽと腹黒小学生がシオンの話を参考に色々考えてくれたらしい。
シオンが、これを3人に読んで聞かせると、皆驚いたような顔をした。
「素晴らしい! 素晴らしいアイディアです。魔法が主流の我々にはない発想です!」
「一般兵で対処するより、そっちの方がずっと現実的だな」
「ん。聞いたことないけど、新しくてすごい」
そちらの世界には頭の良い人がたくさんいるんですね、と、感心するウィリアム。
――そして、その後。
4人は、夜が白むまで今後について話し合った。




