エピローグ:砦の告白
辺境伯領へ到着した翌日早朝。
シオン達4人と護衛の騎士2人は、馬に乗って北の砦に向かっていた。
ちなみに、北の砦に向かっている理由は、「どこか行きたいところはないか」と、聞かれ、シオンが「北の砦!」と、答えたからだ。
ジャックスは、「なんであんな辺鄙なところに」と、首を傾げたが、シオンの真剣な様子を見て、快く了承。
「あんな砦に行ってどうするんだ」と、訝し気な顔をする辺境伯を説得し、すぐに砦に行く準備を整えてくれた。
領主館から北の砦まで、およそ半日。
早朝に出て、昼過ぎに到着。
周囲を散策して、砦に1泊する予定である。
*
日の出前に領主館を出て、ひたすら森やら草原を進んで数時間。
太陽が頭上を少し過ぎた頃。
ウィリアムが、汗を拭いながら尋ねた。
「それにしても、地図で見る以上に奥地にありますね。どうしてこんな奥地に砦を?」
「ここ1,2年はさっぱりだけど、その前は魔獣がウジャウジャいたんだ」
「そうなんですか。意外ですね。あまりいないように思えますが」
「親父も不思議がってるんだ。あんなにウジャウジャいたのに、なんで急にいなくなったのかって」
何気ない会話をする2人。
シオンは思った。
恐らく、8カ月後の魔王出現が関係しているのだろう、と。
ーーそして、更に進むこと数十分。
先頭にいた護衛の騎士が叫んだ。
「そろそろ崖に近づきますので、注意してください!」
慎重に馬を進める一行。
しばらく行くと。
突然、森が切れ、目の前に切り立った崖が現れた。
“ 地面の割れ目 “ と言われる崖で、下までおよそ100m、対岸まで約5m。
正に地面が割れたような、険しい崖だ。
崖には頑丈そうな吊り橋がかかっている。
シオンの顔から一気に血の気が引いた。
思い出すのは、橋が壊されているのを発見した絶望の瞬間。
馬から降りたジャックスが、下を覗き込んで、顔を顰めた。
「うわ。相変わらずエグい高さだ」
そして、シオンの表情を見て、心配そうな顔をした。
「シオン、大丈夫か。顔が真っ青だぞ」
シオンは、冷や汗をぬぐうと、努めて平静に答えた。
「大丈夫だ」
馬を下りて、橋を渡る一行。
対岸に着いて、再び馬に乗り、しばらく行くと、前方に大きな石の砦が見えてきた。
シオンの心臓が早鐘のように打ち始めた。
前回の記憶が頭に浮かび、呼吸が浅くなる。
シオンの只ならぬ気配に気が付いたアリスが、心配そうな顔で振り向いた。
「シオン、大丈夫?」
「……ああ。大丈夫だ」
必死で体の震えを押さえながら答えるシオン。
一行は、馬を降りて砦の中に入った。
中にいた兵士に誘導され、馬と共に中庭に誘導される。
そして、中庭を出て。
シオンは、思わず立ち尽くした。
思い出すのは、前回、最後に見た仲間達の変わり果てた姿。
真っ青な顔でフラつきながら立っているシオンを、ウィリアムが軽く揺さぶった。
「シオン! シオン! 聞こえますか!?」
「……あ、ああ」
「どうしました。大丈夫ですか?」
「……ああ」
駆け寄って来たジャックスが、今にも倒れそうなシオンを支えながら言った。
「部屋が用意してある。とりあえずそこで休め」
「悪い……。そうさせてもらう……」
その後、シオンはジャックスに背負われるように、砦の部屋に運び込まれた。
* * *
――砦到着から、数時間後。
シオンが目を開けると、そこは砦内の小さな部屋だった。
外はすでに薄暗い。
どうやらかなり長い間寝ていたらしい。
シオンは上半身を起こすと、片手を額に当てて、深い溜息をついた。
(やばいな。思った以上にしんどい)
恐怖やショックが、腹の底からせり上がってくるような、全身が冷えるような感覚。
座っているだけでも、呼吸が乱れてくる。
体を丸めて、懸命に呼吸を整えるシオン。
そして、ある程度マシになったところで、フウッ、と息を吐き。
胸ポケットに入れていたパスケースを取り出した。
中に入っているのは、柚子胡椒の写真。
彼は、写真を見ながら思った。
正直、めちゃめちゃ辛い。
でも、これを乗り越えないと、俺は帰れない。
(よし、気合入れるぞ)
パスケースを胸ポケットに戻し、上からポンポンと軽く叩くシオン。
ひよりそうな心に鞭を打って立ち上がると、ドアを開けて薄暗い廊下に出る。
石の階段を下って1階に降りる。
そして、震える膝を叱り飛ばしながら中庭に行くと、そこには小さな焚き火が複数焚かれており、それを楽しそうに囲む兵士たちの姿があった。
どうやら夕食の時間らしい。
なんとか呼吸を整えて、中庭に入るシオン。
すると、端の方で小さな焚き火を囲んでいたジャックス達3人が、シオンを見つけて手を振った。
「おーい! シオン! こっちだ!」
手を振り返し、少しフラフラしながら行くと、3人は心配そうな顔でシオンを見た。
「まだ顔色悪いぞ。寝てた方がいいんじゃないのか」
「大丈夫ですか? 何か飲みますか?」
「シオンが元気がないと心配」
いつも通りの3人を見て、シオンは安堵した。
(そうだ。まだあの悲劇は起こっていないじゃないか)
これからやるべきことは、過去に怯えることじゃなくて、あの悲劇を起こさないことだ。
「ごめん、もう大丈夫だから」と言って、椅子替わりに置いてある丸太の上に座るシオン。
3人は、気を紛らわした方が良いと思ったのか、シオンが寝てる間に何をしたのかを話してくれた。
「俺たちは、騎士達と一緒に、街と反対側の山の上に行ってみたんだ。親父が急に魔物が減った理由が気になるって言ってたから、調べようと思ったんだ」
「……何か見つかったか?」
「いえ。特に原因のようなものは見当たりませんでした。そんなに強くない魔物が数匹いた程度です」
「ただ、アリスの話だと、山の向こう側にはかなり大物がいるみたいだから、もしかすると、山の向こう側は事情が違うのかもしれない」
そうか、と、火を見ながら頷くシオン。
いつの間にか薄闇は夜に変わり、周囲は闇に包まれている。
中庭にいた騎士達も、1人、2人と消えていき。
残るは小さな焚火を囲む4人のみ。
そして、長い沈黙の後。
ジャックスが静かに口を開いた。
「……嫌なら答えなくてもいいんだけど。シオン、お前、ここに来たことがあるんだろう?」
しばらく沈黙した後、コクリと頷くシオン。
「やっぱりか。まあ、じゃなきゃ、こんな砦に来たがらないよな」
納得するような顔をする3人。
シオンは、彼等の顔をじっと見つめた。
この世界で最も信頼している3人。
話すなら、きっと今だ。
シオンは、フウ、と息を吐くと。
3人を真っすぐ見つめながら、ゆっくりと口を開いた。
「これからとんでもない話をするけど、どうか信じてほしい。
―――実は、俺。約半年後の未来から来たんだ」
ここでシオンが思い出しているのは、一番最初のパートのプロローグ部分です。
そして、ここまでが第2章です。
お読み頂きありがとうございました。(*'▽')
第3章は、リベンジパートになります。
繁忙期に入ったので、1日1話くらいペースで更新していきたいと思います。




