21.拝啓、シオン様
シャーロット王女とのお茶会があった、その夜。
シオンは自室のベッドに座りながら、 頭を抱えて呻いていた。
「おかしい。絶対おかしい。何かがおかしい」
“身体強化の魔道具” を返却しようとするシオンに、シャーロット王女は必死で抵抗した。
学校は危なくない、と言っても、いや危ないんです、と言い張り。
何が危ないか聞いても、危ないです、の、1点張り。
暑いのですと言えば、安全なんだから暑いのくらい我慢してください、と言い。
最後には、泣かんばかりの顔をして迫られた。
「心配で仕方がないんです。どうか着ていて下さい」
実際のところ。
普段は、 ”身体強化の魔道具” ではなく、よく似た柚子胡椒下着を着ているわけだから、別に「分かりました」と言って、今まで通り柚子胡椒下着を着れば済む話ではある。
魔道具の方は今まで通りアイテムボックスに収納しておけば良い。
引っかかるのは 、シャーロット王女の態度だ。
あんなに必死に強要するなんて、どう考えてもおかしい。
シオンは、結局持って帰ってきた “ 身体強化の魔道具 “ を広げてみた。
着ているだけで魔力の吸う替わりに、基礎体力や能力を向上させてくれるという魔道具。
前回は、これに頼りすぎて鍛錬を怠り、魔道具がなくなったら何もできなくなった。
だから、今回は全く使っていないのだが……。
「……なんで、シャーロット王女が、これをやたらと装備させようとするんだよ」
本当に、彼女は心配なだけなんだろうか。
何か他に目的があるんじゃないのか。
1つ気が付くと、次々と気が付くもの。
シオンは、これまでシャーロット王女の言動を思い出した。
シオンの安全を守ると言いつつ、外に出さなかったこと。
ウィリアムが会いたいと面会を申し込んでも、頑なに断っていたこと。
無断でエミールをお茶会に参加させ、プレリウス教への入信勧誘を、しばらく黙って見ていたこと。
そして思った。
さすがに、これは精神的にきついな、と。
前回、シオンはシャーロット王女に全幅の信頼を寄せていた。
突然召喚されて自暴自棄になっていたシオンに手を差し伸べてくれた。
居場所がない彼に、居場所を与えてくれた。
シオンはそんな彼女に憧れ、 恋をした。
今回は、柚子胡椒がいるから好きにはならなかったが、そうでなければ再び好きになっていた可能性が高い。
エミールに対しても、絶対の信頼を寄せていた。
頼りになる、年上の大人の男性。
そんな2人が、自分に対して何か企んでいたとしたら、ショック以外の何者でもない。
(……まずい。本気で人間不信になりそうだ)
頭を抱えて呻くシオン。
ショックで体中の血が冷えていくのを感じる。
頭の中がゴチャゴチャ過ぎて、整理がつかない。
シオンが、こめかみを押さえて呻いた。
まずい。
このままじゃ精神的にダメになりそうな気がする。
どうにかしないと。
――と、その時。
彼の頭に、柚子胡椒と最後にファストフード店で食事をした風景が浮かんだ。
困った時に、と、渡されたのは、小さな封筒。
「……そうだ。あれがあった」
今まではうまくいっていたから忘れていたが、今が間違いなくその困った時だ。
シオンはベッドから起き上がった。
空間収納を開け、 柚子胡椒がくれた封筒を取り出す。
ペーパーナイフを使って丁寧に開けると、折りたたんだA4サイズの紙が2枚出てきた。
1枚目の上には、「人間関係に困ったら」
2枚目の上には、「作戦を立てる時の参考に」
と、書いてある。
今はこちらだろうと思い、「人間関係に困ったら」の、方を開けるシオン。
そこには印刷の細かい字で文章が書いてあった。
『拝啓 シオン様
この手紙は、パーティーメンバー4人が相談して書こうと決め、私、腹黒小学生が代表で書いているものです。
人間関係に悩んだ時に読んで役に立つように書いています。』
どうやら、腹黒小学生が書いた文章らしい。
4人の心遣いに、シオンは思わずホロリとした。
心の中の混乱が、徐々に静まってくる。
深呼吸して、続きを読み始めるシオン。
そこには、驚くべき内容が書いてあった。
『……実は、私達4人が、最後の最後までシオン君に言えなかったことがあります。
それは、私達が感じた、ローズタニア王国のきな臭さについてです。 』
手紙には、色々怪しかったが、特に教会が怪しいと感じたこと。
シオンに対し、情報統制や行動規制を行っている可能性が高い、と感じたこと。
そして、シオンが洗脳されていると感じていたこと、などが書いてあった。
シオンは黙り込んだ。
彼は、今になって、ようやく理解した。
なぜ、4人がやたらと自分の周囲の騙された人たちの話をしてくれたのか。
なぜ、たくさんの洗脳や宗教の本を勧められたのか。
あれは、全部、自分にかけられた洗脳を解こうとしていたんだ。
「……俺、全然気付けてなかった……」
呆然と呟くシオン。
そもそも、洗脳されているということ自体分かっていなかった。
みんな良い人だと本気で信じ込んでいた。
ーーいや、もしかすると、信じたかったのかもしれない。
そして、手紙の最後にはこう書いてあった。
『この手紙を読んでいるということは、 人間関係に悩んでいることと思います。
私達が思うに、もしもシオン君が迷うのは、それは前回の記憶が原因ではないかと思っています。
もしも迷ったら、前回の思い込みを捨てて下さい。過去に捕らわれず、今見えているものを信じて下さい。 今、シオン君が実際に目で見て感じていることが真実です。
最後になりましたが、体にだけは気を付けて下さい。
また日本で一緒にゲームをしましょう。
君の友人
ひまぽ、すみれ、柚子胡椒、腹黒小学生 より』
シオンの頬を涙が伝った。
自分が欲しかった答えが、正にそこにあった。
無意識に、心のどこかで、ずっと悩んでいた。
前回と今回は、何かが違う。
前回の記憶と、今の自分の見ているもの、どちらが正しいのだろうか、と。
でも、もう悩むのはやめた。
今見えているものを信じよう。
自分が、見て、感じているものが、真実だ。
シオンは、手の甲で涙をぬぐうと、小さく呟いた。
「ありがとう、みんな」
そして、思った。
ちゃんと確かめよう、と。




