20.2人の王女
本日5話目。時間切れにより、本日はここまでです。
夏休みに辺境伯領に行くと決めた翌週。
シオンは、王宮を訪れていた。
今日は、久々のシャーロット王女とのお茶会だ。
見慣れたメイドが、いつものように王宮の庭園にある東屋に案内する。
そして、シオンが席に座ると、メイドが申し訳なさそうに言った。
「シャーロット様なのですが、孤児院訪問が長引いておりまして、申し訳ありませんが少し遅れるとのことです」
「分かりました。……ところで、今日のお茶会の参加者は、2人だけですか?」
「はい。シャーロット様と、シオン様のお2人とお聞きしております」
シオンは、ホッと胸を撫でおろした。
どうやら、とりあえずエミールの参加はないらしい。
「どうぞ。 飲みながら待ちください。お菓子もご自由にどうぞ」
と、お茶を淹れてくれるメイド。
シオンはお礼を言うと、周囲を見回した。
前回来た時は、まだ春の気配が残っていたが、季節はもう夏だ。
(季節が分かる庭っていうのも、なかなかいいもんだな)
のんびりと紅茶を飲むシオン。
そして、しばらく寛いでいると。
メイドが慌てた様子でやってきた。
「シオン様。突然申し訳ありません。
サンドラ様が少しお話ししたいとおっしゃっておられるのですが、宜しいでしょうか?」
シオンは目をぱちくりさせた。
サンドラといえば、シャーロットの姉にあたる第1王女だ。
「ええっと、何かあるんでしょうか」
「シャーロット王女が遅れているようなので、私が代わりに、というお話でした」
シオンは首を傾げた。
サンドラ王女とは、前回(召喚1回目)も含めて、ほとんど面識はない。
でも、断るのも角が立つ気がする。
仕方なく、「分かりました」と、答えるシオン。
そして、その数分後。
目の覚めるような、美しい女性が東屋の中に入ってきた。
長身に、結い上げた見事な金髪。
理知的な深い紫色の瞳。凛とした佇まい。
この国の第1王女であり、次期国王でもある、サンドラ・ローズタニアだ。
彼女は、見事なお辞儀をしながら言った。
「第1王女のサンドラでございます」
「タダ・シオンです」
立ち上がって、お辞儀をするシオン。
さすがは次期女王。
上に立つ者の風格が漂っている。
メイドに新しくお茶を持ってくるように言うと、サンドラが深々と頭を下げた。
「シオン様。まずはお礼を言わせて下さい。疫病の件といい、奇病の件といい、我が国の国民を救っていただき、本当にありがとうございました」
シオンは、慌てて両手を顔の前で振った。
「いえいえ。単に 異世界の知識を話しただけで。実際はウィリアム様達が」
「謙遜しないで下さい。あなたに与えて頂いた知識が、我が国の公衆衛生の針を大きく進めたことには間違いありません」
再び頭を下げるサンドラ。
頭を上げてくださいと言いながら、シオンは内心とても感心した。
年齢は自分より少し上くらいなのに、王族としての自覚みたいなものを感じる。
覚悟が違うとは、こういうことを言うのだろう。
頭を上げたサンドラが、軽く微笑んだ。
「何か私にできることはないでしょうか。これでも次期女王。いろいろと便宜を図ること出来ると思いますよ」
一瞬、シオンの頭にアリスの顔が浮かんだ。
ウィリアムは分からないと言っていたが、もしかするとサンドラ王女であれば、誰がアリスの背後にいたか調べられるのではないだろうか。
(……でも、この人が信用できるかどうかは分からないしな……)
と、シオンがそんなことを考えていた、―――その時。
サンドラ王女の肩越しに、女性数名が歩いてくるのが目に入った。
先頭はシャーロット王女。
微笑んではいるが、やや機嫌が悪そうに見える。
彼女は、東屋の中に入ってくると、見事なカーテシーでシオンに挨拶。
そして、サンドラ王女の方を向くと、にっこりと笑いかけた。
「お姉様。何をしていらっしゃるのかしら」
サンドラ王女もにっこり微笑んだ。
「あなたが遅れていると聞いたから、シオン様がお暇にならないように、少しおしゃべりをしていましたのよ」
「そうですか。ありがとうございます。なぜか王宮に戻る直前に、話忘れたことがあるとかで、貴族に呼ばれましたの」
「そう。災難だったわね」
シオンは、どこか居心地悪く思いながら椅子に座っていた。
2人の間に火花が散って見えるような気がする。
もしかして、 あまり仲が良くないのだろうか。
サンドラ王女は席を立つと、シオンに微笑みかけた。
「それではシオン様。またお会いしましょう」
「はい。ありがとうございます」
颯爽と去っていくサンドラ王女。
そして、彼女がいなくなった後。
シャーロット王女が、申し訳なさそうな顔でシオンに言った。
「すみません。こちらからお呼びしていたのに遅れてしまいましたわ」
「そんなに待っておりませんので、大丈夫です」
メイドが新しく入れてきた紅茶を飲みながら、世間話を始める2人。
最初は少し機嫌が悪そうだったシャーロット王女も、だんだんと表情がほぐれてくる。
これだったら大丈夫かな、と、シオンは席の横に置いてあった袋を取り出した。
「そういえば、今日は、これを渡そうと思って持ってきたんです」
「まあ、なんですの?」
「以前頂いた魔道具です。もう学園内が安全なこともわかりましたし、気候も暑くなってきているので、お返ししようかと」
今までありがとうございます、と、何気なく袋を返そうとするシオン。
しかし、――ーその瞬間。
シャーロット王女の顔が一瞬こわばった。
その表情に驚いて、思わず動きを止めるシオン。
不穏な空気が東屋内を流れる。
そして、彼女はしばらく黙った後。
にっこりと微笑みながら、強い口調で言った。
「いいえ。その返却は受け付けられませんわ」
――それは、シオンが誤魔化しようのない強い疑念を抱くのに十分な言葉であった。




