18.魔法の特訓とラーラ・ムークの魔道具
昨日23時にも1話投稿しています。
異世界召喚されてきてから、2カ月半
これまでの成果は下記。
・騎士団の訓練で、中級騎士と打ち合えるようになった
・脚気予防方法の提供により、大金が入ってきた
・アリスの妹が、辺境伯の領地に療養に行った
・アリスがシオン専属の護衛兼斥候になった
脚気の予防方法については、シオン、ラディシュ公爵家、プロディア辺境伯家の3者共同で研究し、その成果を発表。
流行病の時と同様に功績が認められ、今度は大金が手に入った。
アリスの妹キャロルは、すみれお勧めのマルチビタミンのお陰でかなり元気になった。
しかし、長い間床についていたため、体力まではなかなか回復せず。
今は、ジャックスの実家である辺境伯領で療養している。
手紙によると、とても良くしてもらっているらしい。
アリスの方は、ウィリアムの父親であるラディシュ宰相が裏から手を回し、引き続き学園に通い続けることになった。
突然消えるより、こっそり指揮系統を変えて誤魔化しながら、しばらく通い続けた方が安全らしい。
身分は、スパイからシオン専属の護衛兼隠密になった。
アリスにはとても感謝され、「この恩は一生かけて返す」と、跪いて忠誠を誓われた。
慌てて「普通にしてくれ」と言ったが、これでようやくアリスと腹を割って話せる関係が築けた気がする。
シオンが望んだ以上の、最良ともいえる結果。
――しかし、彼の心は晴れなかった。
なぜならば、自分を監視させるために、アリスの妹が人質状態になっていたのを知ってしまったからだ。
ウィリアムの話によると、アリスを脅迫していた人間は、とかげのしっぽ的なヤクザ者で、その上までは分からないように巧妙に細工されていたらしい。
「聖水を持ってきた男を尋問してみたんですが、彼も雇われただけで、なぜそんなことをしているかも知らない状態でしてね。その上も然りでした」
ウィリアムの言葉に、ジャックスが鼻を鳴らした。
「まあ、その男から何も出てこなくても、俺には大体分かるけどな」
「奇遇ですね。私も1つしか浮かびません」
そして、 二人は子供のように、せーの、で、言った。
「教会だろ」
「教会ですね」
ジャックスが、だよな、と、笑い出した。
「貴族ですら入手しにくい聖水を定期的に手に入れるなんて、教会関係者以外考えられないよな」
「そもそも、シオンに従者を強引に薦めたのはバクスター侯爵です。教会が絡んでいないと考える方が難しい」
2人の話を聞きながら、シオンは内心溜息をついた。
「これは予想以上に、精神的にくるな」、と。
――前回。
シオンは、かなり教会にお世話になっていた。
自分のことを気にして守ってくれる、ありがたい存在。
ちょっと過保護だったけど、それも含めて頼りにしていた。
そんな彼等が、まさか、小さな女の子を人質にしてアリスを操るなんて。
鬼畜にも劣る所業だ。
(……勝手に信じていただけとはいえ、ショックがデカ過ぎる……)
気を紛らわすように、訓練や勉強に明け暮れる日々。
ーーーそんな、 異世界召喚されて3ヶ月目のある日。
シオンは、カルロス騎士団長と共に、王宮の近くにある魔法師団の魔法訓練場に来ていた。
目的は、魔法の練習。
体内の魔力がようやく安定してきたので、近いうちに魔法の練習を始めたい。
と、話したところ、カルロスから「性格はアレだが、魔法については信頼できる人間がいる」と、ゾフィアを紹介されたのだ。
ゾフィアといえば、前回、最後にパーティに加入した稀代の魔法士。
あまり交流がなかったので、カルロスの言う「性格はアレ」の意味はイマイチ分からないが、魔法の腕が確かなのは知っている。
彼女に教えてもらえるなんて、超ラッキーだ。
ゾフィアからは、教える代わりに魔道具分析の手伝いをして欲しい、とのリクエストがあり、シオンはそれを了承。
――そして、今日。
第1回目授業として、紹介者のカルロスと共に魔法訓練場に来ている、という訳だ。
*
ゾフィアが来るのを待つ間、シオンはカルロスに尋ねた。
「そういえば、紹介して頂きましたけど、ゾフィアさんとカルロス団長はどういう関係なんですか?」
「……王立学園の先輩と後輩だ。ゾフィアの方が1つ上になる」
どことなく不機嫌そうに答えるカルロス。
シオンが、なるほど、と、いった表情で言った。
「そうなんですね。ということは、学生時代から仲が良かったんですね」
シオンの言葉に、カルロスが嫌そうな顔をした。
「……なぜそうなる」
「紹介してくれるくらいだから、仲が良いのかなと」
「……」
渋い顔で黙り込むカルロス。
(あれ、なんか悪いこと言ったかな?)
シオンが首を傾げていると、ふんわりとした雰囲気の女性が歩いてきた。
ピンク色のふわふわ髪に、白い肌。細身の体に、優し気な笑顔。
パッと見、癒し系美人の彼女こそが、稀代の魔法士と名高いゾフィア・マクレガーだ。
ゾフィアは、目を糸のようにして優しく微笑むと、のんびりとした口調で言った。
「初めまして~、シオン君。私はゾフィア・マクレガー。この国の魔法師団長よ。よろしくね~」
よろしくお願いします、と頭を下げるシオン。
ゾフィアはカルロスの方を向いて、にっこり笑った。
「久し振りね~。カルロス。私に会いに来たの?」
「……俺はこいつの付き添いだ」
むすっとしながら答えるカルロス。
「も~。照れなくていいのに~」
「……お前が無茶しないように釘を刺しに来たんだ」
「え~」
「……分かっていると思うが、シオンはこっちの人間じゃない。無茶させるなよ」
お前が言うなよ、というセリフを、憮然とした表情で言うカルロス。
そして、彼はシオンの方を向くと、低い声で言った。
「ちょっと問題がある奴だが、魔法面ではこの国で一番信用できる。
俺は行くが、何かあったらすぐに言うように」
何となく2人の関係が分かり、笑いそうになりながらも、殊勝に「はい」と頷くシオン。
そして、カルロスがどことなく心配そうに立ち去った後。
ゾフィアは、ふふふ~、と、満足気に笑うと、楽しそうに言った。
「じゃあ、まずは属性を調べてみましょうね~」
* * *
――約30分後。
シオンは、訓練場の地面に力尽きて倒れこんでいた。
休みなく放出させられ続けたお陰で、魔力がほとんどすっからかんだ。
ゾフィアが興味深そうに言った。
「なるほどね~。異世界人は、魔法に関して言えば、相当理不尽な存在だわね~。全4属性(火土風水)に適正があるし、魔力に至っては私よりずっと上。おまけに光魔法が使えるだなんて、腹が立つほど最強ってやつだわ~」
ゾフィアは訓練場に転がるシオンの前にしゃがみ込むと、笑顔で聞いた。
「で、全属性のシオンくん。光属性は当然として、まずは何の属性から練習したい~?」
シオンは即答した。
「土でお願いします」
ゾフィアは少し驚いた顔をした。
「地味なところにいったわね~。大抵の場合、火って言うのに。まあ、私も全属性適正ありだから、何でも教えられるけど、土から教えるとは思わなかったわ~」
「そうですか。便利だと思うんですけど」
「まあ、いいわ~。土属性の練習から始めましょう~。
――それで、今度は私の方のお願いも言っていいかしら~?」
軽く体を起こして、「はい」と、頷くシオン。
ゾフィアは、にっこり微笑むと、ポケットからトイレットペーパーの芯ほどの大きさの筒を取り出した。
「これは?」
「よく分からないのよ~。天才魔術師ラーラ・ムークが作った魔道具だってことは分かってるんだけど、どんなに魔力をこめても動かないのよ~」
通常の魔道具は、魔力をこめれば動く。
しかし、ラーラ・ムークの作った魔道具の中には、魔力を込めても動かないものがあるらしい。
「それで、もしかして、光魔法が使える人間が充填しないと動かないタイプじゃないか~、って思ったの。ラーラ・ムークと先代勇者は仲が良いことで有名だし」
シオンは筒を手に取った。
何となく馴染みが良い気がする。
「魔力を入れてみてもいいですか?」
「ええ。お願い~」
座り直し、ゆっくりと魔力をこめるシオン。
ある程度こめると、急に筒が光り出し、内部が動く気配がし始めた。
(よし、動いた)
シオンが指でOKサインを作ると、ゾフィアが飛び上がって喜んだ。
「やったわ~! 成功だわ~! やっぱり鍵は光魔法だったんだわ~!」
シオンはまじまじと筒を見た。
筒の端に、なにやら穴のようなものが現われており、望遠鏡のように見える。
好奇心で、その穴をのぞいてみるシオン。
そして、その意外な光景に、小さく叫んだ。
「こ、これはっ!」
「なになに~!? これは~?!」
食い入るように顔を近づけるゾフィア。
シオンは、筒を目から離すと、気が抜けたように言った。
「……万華鏡、ですね。多分」
「万華鏡?」
「はい。ここから覗いてみると分かると思います」
シオンに言われた通り、筒をのぞくゾフィア。
そして、嬉しそうに叫んだ。
「綺麗な模様が見えるわね~!」
「そのまま、筒を回してみてください」
「……! すご~い! 模様が動いているわ~!」
大興奮のゾフィア。
シオンは、遠い目をした。
これって、単なる子供のおもちゃだよな?
光魔法とかなくても普通に作れるじゃん。
もしかして、動かない魔道具って、日本のおもちゃの再現なんじゃ。
しかし、そんなことを知らないゾフィアは大興奮。
すごいすごいと連呼した。
「すごいわよ! 斬新だわ! これは、研究する価値がある!」
「……そ、そうですか」
ゾフィアは、笑顔で言った。
「じゃあ、これから魔法研究所に来てちょうだい。まだまだたくさん魔道具があるから、それも全部お願い♡」
(は!? 全部?)
シオンは必死に顔をブンブンと横に振った。
「無理です! 魔力がほとんど残ってないです!」
「大丈夫よ~。使い切ってからが本当の勝負よ~?」
にっこり笑いながら超ブラックなことを言うゾフィア。
シオンは思わず後ずさりした。
「ダメです! 俺、明日から寝込みたくないですから!」
「じゃあ~、あと1個だけ♡」
「それって、1個じゃ絶対済まないでやつですよね!?」
チッと舌をならすゾフィア。
そして、仕方ないという風に溜息をつくと、シオンに言った。
「分かったわ~。じゃあ、今日はここまで。
これからは、私が魔法を教えて、あなたが魔道具を動かす。それでいきましょう~」
未知の魔道具への期待に目を輝かせるゾフィア。
その輝くような笑顔を見ながら、シオンは思った。
なんだか、ゾフィアがすごく失望する未来が見える気がする。
でも、本人が望むなら、まあ、いいか。
「はい。これからよろしくお願いします」




