17.アリスの家
本日3話目です。ご注意ください。
その日の夕方。
王都の街中を、庶民がよく着ているローブを着た4人が足早に歩いていた。
フードをすっぽりかぶっているが、細かい霧雨が降っているため、違和感はない。
4人は大通を横切り、街のはずれに入って少し走り。
今にも崩れそうな二階建ての建物の前で足を止めた。
先頭にいた小柄な人物が鍵を開けると、そこには狭い階段。
ギシギシと音を立てる階段を上り、2階に上がる4人。
上がった先は、ドアが2つ。
片方が台所で、片方が寝室らしい。
台所の方に入ると、小柄な人物ーーアリスが言った。
「もう大丈夫。干しておくから、ローブを脱いで」
指示通りローブを脱ぐ、シオン、ジャックス、ウィリアムの3人。
シオンは、遠慮がちに周囲を見回した。
見たこともないほどボロボロの木造。
屋根からは雨漏りがしており、どこからか隙間風が入ってくる。
下は、飲食店になっているようで、男達が騒ぐ声がかなり大きく聞こえてくる。
(……こんなところに、女の子が2人で住んでいるのか)
あまりに酷い住環境に絶句するシオン。
側に立っていたウイリアムが低い声で言った。
「妹さんが病気ですから、まともな場所には住めないのでしょう」
シオンは何も言えなかった。
* * *
しばらくして。
4人は、寝室に向かった。
5畳ほどの狭い部屋に、粗末なベッドが2つ。
その片方に、痩せこけた少女が横たわっていた。
年齢は恐らく7歳くらい。
顔が雪のように白い、アリスと同じ水色の髪の少女だ。
シオンの目に涙が浮かんだ。
こんな小さな女の子が、こんな環境で1人寝ているだなんて。
ウイリアムが、そっと枕元にある瓶を手に取った。
プレリウス教のマークが描かれた瓶の中には、透明の液体が入っている。
「これが聖水です」
シオンは、それを機械的に受け取ると、キャップを外して中の液体の匂いを嗅いだ。
何の匂いもしない。
ジャックスが、少しだけ手に取り出して舐めてみて、渋い顔で首を横に振った。
「特に味がしない。普通の水と変わらない」
シオンは顔を歪めた。
地球でも、宗教的な儀式や御札が病気に効果があると思われていた時期があった。
きっとこの聖水もそういったものの類だろう。
医学が遅れているから、仕方がないことだとは思う。
それでも、人の足元を見て高額で売る、その根性は頂けない。
シオンはポケットから小さな紙包みを取り出した。
中には、すみれお勧めのマルチビタミンのカプセルが6個入っている。
当然ビタミンB1も豊富に含まれているから、まずはこれを3日ほど、水に薄めて飲ませてみよう。
カプセルを見せると、アリスが首を傾げながら言った。
「見たことがない。これは丸薬?」
「似たようなもんかな。中に、妹さんの病気に効く薬みたいなものが入ってる」
「……っ!」
泣きそうな顔でお礼を言いながら紙包みを受け取るアリス。
飲み方の説明をするシオン。
そして、早速飲ませるというアリスを残し、3人は台所に戻った。
*
アリスを待つ間。
台所の粗末な椅子に座りながら、シオンは考えた。
アリスの妹の病気が脚気であれば、3日後にはある程度効果が見えるだろう。
食欲が出てくれれば、ご飯が食べれる。
そこまでいけば、脚気については心配ない。
(でも、アリスはどうなるんだ……?)
彼女は、もうシオンの監視ができなくなるだろう。
これは相当マズイことになるんじゃないだろうか。
考え込むようなシオンの表情を見て、ウィリアムが穏やかな声で尋ねた。
「彼女たちのことが気になっている感じですか」
「うん。まあね……。俺、こういうのに詳しくないけど、アリスって立場的に結構やばいよね?」
「……そうですね。まあ、もう既に十分ヤバイのかもしれませんが」
シオンは、軽く唇を噛んだ。
もしかすると、アリスは口封じに殺されてしまうのかもしれない。
アリスが死んだら、あの妹は生きていけないだろう。
ーーそんな未来、絶対にダメだ。
何か手はないかと考えるシオン。
そして、彼はあることを思い付いた。
俺にはチート知識があるじゃないか。
シオンはウィリアムに言った。
「ウィリアム。俺と、取引してくれないか」
突然のシオンの申出に、ウィリアムが目をぱちくりさせた。
「取引……ですか。珍しいことを言いますね」
「まあな。ーー俺が出すものは、脚気の予防方法だ」
ウィリアムが、苦笑した。
「……それは大変に魅力的ですが、果たして見合う対価を用意できるかどうか……。
シオンは、アリスとアリスの妹の身柄の安全を希望する、ということですか」
黙って頷くシオン。
ジャックスが、ヒュー、っと口笛を吹いた。
「シオンかっこいいなあ。じゃあ、俺も取引に混ざろうかな」
ウィリアムが微笑んだ。
「それは良い考えですね。歓迎しますよ。ジャックス。
妹さんは辺境の地でゆっくり過ごした方が良いでしょうしね。
こちらはアリスの身柄を何とかしましょう」
「妹の方は親父に頼むよ。アリスの方は、付いてる紐の出所も確かめないといけないな」
「そのへんは任せて下さい。我々の得意分野です」
どんどんまとまっていく、今後の話。
ーーそして、この1時間後。
4人と、アリスに背負われた妹のキャロルは、闇に紛れて、この家を脱出。
その後、スラム街で彼女達を見た者は誰もいなかった。




