03.とりあえず、筋トレだ
俺は世界を救う男になる! と、心に誓った翌日。
紫苑は、とある結論を出した。
「筋トレだ。筋トレしかない!」
この、一見、「とりあえず鍛えときゃ何とかなるだろ」的に考えたとしか思えない雑な結論。
実は、割とちゃんとした理由がある。
異世界に召喚された時、紫苑は “ 召喚特典 “ のようなものを3つ持っていた。
1つ目は、異世界人にしか使えない「光魔法」。
2つ目は、膨大な魔力。
そして、3つ目は、元の能力の底上げだ。
特に、3つ目は顕著で、日本では中学生レベルの筋力・体力だった紫苑が、異世界では一般の大人レベルの強さになっていた。
これを思い出し、紫苑は考えた。
中学生レベルが、一般の大人レベルの強さになったのだ。
高校生レベルになって行けば、きっと騎士レベルの強さになるに違いない。
加えて、彼はかなり太っていた。
入る鎧がなくて落ち込んだ気分になったし、「豚勇者」と陰口を叩かれて、嫌な思いもした。
でも、今から筋トレをすれば、確実に痩せられる。
召喚されて早々騎士レベルの強さな上に、豚勇者と陰口を叩かれることもない。
なんと素晴らしい! 一石二鳥じゃないか!
心の中で、「良いこと思いついた! 俺!」と、軽く盛り上がる、おだてると木に登るタイプの紫苑。
さっそくネットで筋トレ方法を検索する。
良い方法が見つかったら、今すぐにでも始めるぞと、気合も十分だ。
しかし、物事とはそうは上手くいかないもの。
――10分後。
彼は、スマホを片手に、頭を抱えて唸っていた。
「色々あり過ぎて、何が正しいかよく分からん……」
筋トレ情報が多すぎるのだ。
サイトによって推奨している方法も違うし、器具も見たことがないものも含めていっぱいある。
この中から自分に合うものを選ぶのは、筋トレ初心者の紫苑には無理ゲーだ。
詳しい人に聞いた方が絶対に良い。
紫苑は顔を上げた。
「筋トレといえば、あの人だよな。よし、今夜聞いてみよう」
* * *
その日の夜。
オンラインゲームにログインした紫苑は、パーティメンバーの1人である「すみれ」を探した。
すみれは、黒髪ロングの美人戦士で、職業は大楯使い。
色気たっぷりながら、戦闘中に見せる男気が頼もしい、頼れるチームの壁役だ。
紫苑が「こんばんは」と、話しかけると、すみれはすぐに応答してくれた。
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すみれ:
『こんばんは。シオンちゃん。どうしたの?』
シオン:
『あの、実は相談したいことがあって』
すみれ:
『なにかしら?』
シオン:
『筋トレしたいと思って調べたんですけど、何が良いか分からなくて。すみれさん、趣味が筋トレって言ってたんで、色々教えてもらえれば嬉しいなと思って』
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この唐突なお願いを、すみれは嬉しそうに快諾した。
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すみれ:
『全然いいわよ。筋トレなら任せて! どのくらい鍛えたい感じなの?』
シオン:
『どのくらい?』
すみれ:
『目標みたいなのはあるの?』
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ちなみに、すみれの言う「目標」の意味は、腹筋を6つに割るとか、そういう意味だ。
しかし、紫苑はそうは取らなかった。
自分が筋トレをする理由は、1つしかない。
「仲間と世界を救う男になる!」
しかし、それをそのまま書いたら明らかに引かれるだろう。
そう思った紫苑は、軽くオブラートに包んで伝えることにした。
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シオン:
『俺、人と世界を救える感じになりたいんです!』
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この、全くオブラートに包めていない、事情を知らない者が聞いたら痛すぎる目標に、すみれは明らかに困惑した様子で黙り込んだ。
どう反応したら良いか迷っている、そんな感じだ。
しかし、さすがは年長者。
しばしの沈黙の後、彼女は大人の余裕を見せた。
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すみれ:
『そうね。何にせよ、大きな目標があるのは良いことよね』
『その他に目標はないのかしら』
シオン:
『他には、そうですね……。あ、痩せたいです!』
すみれ:
『なるほど。ダイエットしたいのね!』
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まともな目標が出て、どこかホッとしたような、すみれ。
身長と体重を問われ、紫苑は恥を忍んで嘘偽りない真実を書き込んだ。
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シオン:
『身長173cm、体重〇〇kgです』(※伏字)
すみれ:
『そう。少しぽっちゃりさんなのね。標準体重+25kgくらいってところかしら。この感じだと、運動とかしたことない感じ?』
シオン:
『はい。なので、なるべく初心者向けの運動が希望です。家でできる系の』
すみれ:
『そうね……。じゃあ、まずは無理しない感じで、体を動かすことに慣れたり、正しいフォームを身に着けた方が良さそうね』
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そう言うと、すみれは3本のDVDを紹介してくれた。
1本目は、柔軟体操プログラム
2本目は、筋トレプログラム
3本目は、ダイエットレッスンプログラム。
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すみれ:
『私が師事している先生がプロデュースしたDVDよ。正しいフォームが身に付くから初心者さんにお勧めね。この3本を見ながら、とりあえず1週間やってみたらどうかしら』
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紫苑は感心した。
自分だったら絶対に思いつかない方法だ。
それなら無理がないし、素人が自己流にやるよりずっと効果が高そうだ。
彼はお礼を言うと、すぐにネットでDVDを注文。
そして、翌日。
届いた箱をバリバリと開けると、期待を込めながらDVDの解説書を読んだ。
「ふんふん。なるほど。10分、20分、30分コースがあるんだ。とりあえず、やってみるか」
リビングのテレビの前に立ちながら、とりあえず初心者10分コースを選択する紫苑。
流れてくるポップな曲を聞きながら、彼は気合を入れた。
「よし! やるぞっ!」
――しかし、その30分後。
紫苑はテレビの前で、浜辺にうちあげられたトドのように、ぐったりと横たわっていた。
「し、しんどい……。しんどすぎる……」
彼は己の運動不足を舐めすぎていた。
まさかこんなに動けないとは。
筋トレと柔軟体操のDVDはまだ良かった。
両方とも10分だから、プルプルしながらも何とかこなせた。
しかし、ダンスレッスンプログラムは滅茶苦茶だ。
30分間休む間もなく、「ヘイ! 動け!」と指示される。
こんなん普通出来ないだろ。
お陰で、足が生れたての小鹿状態だ。
「これを毎日はしんどすぎるな……」
いつものクセで、「こんなの、やってもやらなくても変わらないんじゃん?」と、諦めようとする脳。
しかし、紫苑は意思の力で、そのだらけきった脳を張り飛ばした。
「仲間と世界を救う男が、こんなDVDに屈してどうするんだ!」
決めたんだろ、やるって!
それに、ここで止めたら、親身にアドバイスをくれた すみれさんに失礼だ。
美人の期待を裏切るとか、カッコ悪すぎるだろ!
がんばれよ、俺!
そんな訳で、この日から。
紫苑は毎日2時間、テレビの前でヒィヒィ言いながら筋トレをすることになった。
やや説明回、終了。
明日からくるっと展開していきます。