12.とんでもないお茶会
異世界召喚されてきてから、2カ月。
これまでの成果は下記。
<これまでの成果>
・騎士団の訓練に参加して、下級騎士と打ち合えるようになった
・学校で生きた知識を次々と学んでいる
シオンの剣術の上達の早さには目を見張るものがあった。
真面目に毎日鍛錬をした結果。日本での鍛練の成果もあり、通常だと半年はかかる下級騎士との打ち合いが、2週間ほどでできるようになった。
腰が低く、練習熱心なため、騎士達からの評価もすこぶる良い。
「弱いくせに練習を嫌がる怠け者勇者」と蔑まれていた前回(1回目の召喚)とは、エライ違いだ。
学校でも様々な知識を学んでおり、とても充実した毎日だ。
―――そして、学校に通い始めて、2回目の休日。
鮮やかな緑が美しい初夏の午後。
シオンは、久々に王宮を訪れていた。
シャーロット王女から、お茶会の誘いを受けたからだ。
「お茶でも飲みながら、学園の話をお聞かせてください」ということらしい。
メイドの後をついて歩きながら、シオンは思った。
(良かった。シャーロット王女はもう怒っていないみたいだ)
3週間ほど前。シオンは笑顔でめちゃめちゃ怒られた。
世話役の王女に黙って学園行きを決めたり、恩賞を勝手に決めたからだ。
シオンはとても凹んだ。
前回(召喚1回目)の恩人でもある王女を怒らせてしまった。
嫌われたんじゃないだろうか。
しかし、怒りながらも、王女は何だかんだで学校に必要なものを全て手配してくれた。
上手くやっているか気にかけて、こうやってお茶にも呼んでくれる。
彼女はやっぱり優しい人だ。
緑の美しい庭園を横切り、のんびり歩くシオン。
そして、お茶会の会場である、大きめのテラスが見えてくる場所まで来て。
彼は、眉を顰めて立ち止まった。
(……あれ? シャーロット王女の他に、誰かもう一人いる?)
誰だあれ、と、ジーッと見るシオン。
その人物は、後ろ向きに座っており、美しい金髪が輝いている。
そして、それが誰だか分かり。
シオンは思わず声を上げそうになった。
(な、なななな! なんで! エミールが! こんなところに!)
シャーロット王女と楽しそうに歓談しているのは間違いなくエミール・バクスター。
シオンが今回は距離を取ろうと決めている青年だ。
シオンは焦った。
なぜこんなところにエミールがいるんだ。
まずい! このままだと、一緒にお茶を飲む羽目になってしまう!
ど、どどどど、どうしよう!
一瞬、その場から逃げ出すことを考えるシオン。
しかし、逃げ出すより先にシャーロット王女がシオンに気が付いてしまった。
彼女は、硬直したシオンを見つけると、嬉しそうに立ち上がった。
「シオン様。よくいらっしゃいました。どうぞこちらにお座りください」
「は、はい。ありがとうございます」
逃げれない雰囲気を察し、引きつった笑みを浮かべながら、2人のそばに歩み寄るシオン。
エミールが、シオンに微笑みかけた。
「お久しぶりです。シオン様。どうしてもお会いしたくて、シャーロット様に無理を言ってお茶会に参加させて頂いたのです。ご迷惑だったでしょうか」
迷惑だともいえず、仕方なく「大丈夫です」と、答えるシオン。
エミールが嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうございます。嬉しいです」
シャーロット王女が合図すると、メイドたちがお茶を持ってくる。
そして、シャーロット王女の「はじめましょう」という合図のもと。
着地点がどこか全く読めない、不思議なお茶会が始まってしまった。
*
シャーロット王女は、にこにこしながらシオンに学校の様子を尋ねた。
クラスや担任の教師はどうか。
友達はどうか。
勉強はどうか。
シオンは、問われるまま学校での生活を話した。
クラスメイトも教師もみんな親切であること。
辺境伯の次男であるジャックスと仲良くなったこと。
選択授業では、主に歴史や政治経済を選択していること。
エミールが微笑みながら言った。
「シオン様は、噂通りとても勤勉な方なのですね。ただ、 残念なことに、学園の歴史や政治経済の授業内容はかなり偏っているのです」
「そうなんですか?」
「ええ。今の学園長が少し偏った考え方の持ち主でして。そこだけ留意しておかれると良いと思いますよ」
そんな感じはしなかったけどな、と、内心首を傾げつつも、一応「ありがとうございます。覚えておきます」と、答えるシオン。
そして、一杯目のお茶が飲み終わり、二杯目のお茶を飲み始めた頃。
エミールが、笑顔でシオンに言った。
「そういえば、今度、教会に来てみませんか。皆、シオン様にとても会いたがっているのです」
シオンは、ピシリと固まると、呻くように思った。
(ぐああああ! これ、前回(召喚1回目)と、全く同じ流れじゃねえか!)
恐らく、行ったら、有無を言わさず洗礼儀式的なものをやらされ、強制的に信者にさせられるやつだ。
そして信者になったら、前回と似たようなルートを辿ることになるに違いない。
シオンは焦った。
これは、なんとしてでも回避せねば! と。
彼は、なんとか笑顔を作ると、慎重に言葉を選びながら言った。
「私は異世界人ですので、こちらの宗教に入るのは気が引けます」
エミールが輝くような笑顔で言った。
「なんと! 何をおっしゃいますか! 我々は大歓迎ですよ! 一度見学だけでも良いのでお越しください」
見学に行ったら、そのまま入信させられるに決まってる。
シオンは、必死に日本で聞いたことのある宗教勧誘の断り文句を思い出しながら言った。
「申し訳ありません。 むこうで信仰している宗教がすでにあるんです」
「むこうの世界とこちらの世界で、信仰が違っても良いのではありませんか?」
「いえ、そういう訳にもいかないんです」
「我々は他の神を否定しませんから、心配いりませんよ」
シオンは、困り果てた。
ああ言えばこう言う、こう言えばああ言う。
断っても断ってもきりがない。
どうすれば良いのだ。
すると、黙って聞いていたシャーロット王女が、軽く注意するような口調でエミールを窘めた。
「エミール様。シオン様が困っていますよ。そのくらいにしておいてはいかがですか?」
エミールは申し訳なさそうな顔をすると、シオンに頭を下げた。
「すみません。つい熱が入り過ぎてしまいました」
大丈夫です、と言いながら、シオンは胸をなでおろした。
よかった。シャーロット王女が止めてくれて。
エミールは、にっこり笑いながらシオンに言った。
「我々はいつでも大歓迎です。困ったことがあったら是非我々を頼ってください! 教会はあなたの味方です!」
* * *
――その日の夜。
夕食と入浴を終えると、シオンは、バタン、と、ベッドに倒れ込んだ。
「つ、疲れた……」
シャーロット王女に注意されてからは、エミールの勧誘行動はおさまった。
ただ、一度警戒してしまうと、なかなかその警戒は解けず。
シオンはくたくたに疲れ果ててしまった。
お茶会終了後、シャーロット王女に、「ごめんなさい。エミールがこんなに強引に誘うだなんて思わなかったの」と頭を下げられた。
悪いのは、どう考えてもエミールなのに、責任を感じたらしい。
自分がやったことじゃないのに、ちゃんと頭を下げて謝ってくれるなんて、彼女は本当に律儀な人だ。
(……でも、またエミールを呼ばれたら厄介だよな)
今回よく分かったが、彼はかなり強引な性格だ。
たとえ、シャーロット王女が断っても、無断でお茶会に現れることも考えられる。
(……残念だけど、王女からのお茶会は当分断ろう)
死亡END回避のためだ。仕方ないよな。
ーーそして、疲れ切ったシオンは。
そのままベッドに潜り込むと、眠りに落ちていったのであった。
誤字報告ありがとうございました!
大変助かりました。m(_ _)m




