11.模擬戦
本日3つ目です。ご注意ください。
学園登校初日の放課後。
ポカポカ陽気が気持ちの良い昼過ぎ。
シオンは、ジャックスに連れられて、王宮敷地内にある騎士団の訓練場に来ていた。
訓練所に隣接している古い建物を見上げ、シオンはごくりと喉を鳴らした。
前回、大嫌いだったこの場所。
まさか、自ら来ることになろうとは。
緊張しながら、ジャックスの後に付いて中に入るシオン。
そこにはたくさんの騎士が立っており、そのうちの1人が嬉しそうにジャックスに話しかけてきた。
「お久しぶりです! ジャックス様! ご無沙汰しております」
「おお! 久し振り!」
辺境伯領出身らしいその騎士と、仲良く話し始めるジャックス。
騎士がシオンに目を向けた。
「そちらの方は?」
「タダ・シオン殿だ。剣術に興味があるっていうんで、連れて来た」
少し緊張しながら、「初めまして」と、挨拶をするシオン。
このやり取りを聞いていた周囲の騎士達が、一斉にざわめき始めた
「おい。あれ。もしかして、あのタダ・シオン様なのか?」
「黒目黒髪、間違いない。あのタダ・シオン様だ!」
その異様な反応に、シオンは思わず後ずさった。
(え? “ あのタダ・シオン様 “ ってなに?)
そして、逃げる間もなく。
シオンは、あっという間にガタイの良い騎士達に囲まれて口々にお礼を言われる、という、未だかつてない体験をすることになった。
「ありがとうございます! あなたのおかげで、我が領土で流行病を防ぐことができました!」
「見たことがないほど、斬新かつ素晴らしい計画書でした!」
状況に付いていけず、目を白黒させるシオン。
銅像の件といい、今回といい。どうやら流行病の件が、思った以上どころか、思った10倍以上に大きな話になっているらしい。
そして、騎士達の興奮が最高潮に達した時。
入り口の方から、低くてよく通る声が聞こえてきた。
「何事だ」
振り返ると、そこには立派な鎧を身にまとったガタイの良い男が立っていた。
茶色い髪に茶色の瞳。
一目で騎士と分かるような、鍛え抜かれた体と精悍な顔つき。
日本の武士を思わせる寡黙な雰囲気。
この国最強の騎士である、カルロス・ソラドだ。
尊敬してやまない騎士団長の登場に、さっと並んで直立不動の姿勢をとる騎士達。
ジャックスが胸に手を当てて、丁寧なお辞儀をした。
「お久し振りです。カルロス騎士団長」
「久し振りだな。ジャックス。――そちらは?」
「我が学友、タダ・シオン殿です。剣術に興味がおありとのことで、お連れしました」
ピクッと表情を動かすカルロス。
2人の方に歩いて来ると、シオンの目を見ながら大きな手を差し出した。
「初めてお目にかかる。私はこの国の騎士団長。カルロス・ソドラだ」
「はじめまして。タダ・シオンです」
手を握り返しながら、シオンはカルロスの顔を見た。
(相変わらず迫力あるな~)
前回は、この雰囲気が苦手で、怯えてばかりいた。
でも、今のシオンは、彼が本当はとても優しいことを知っている。
カルロスがシオンに尋ねた。
「剣術に興味があるそうだな。経験は?」
「数ヶ月ほどですが、習ったことがあります」
「実戦経験は?」
「少しだけ」
嘘にならないように慎重に答えるシオン。
なるほど、と、考えるように目をつぶるカルロス。
そして、目を開くと、シオンを真っすぐ見て言った。
「よし。では、戦ってみるか」
* * *
――15分後。
やたら人が集まっている訓練場の片隅で。
訓練用の防具を身につけたシオンは、溜息まじりに木刀を振っていた。
(くそっ! なんでこんなことになってるんだよ!)
カルロスの教育方針は、「男は黙って、1に模擬戦、2に模擬戦」だ。
前回も死ぬほどやらされたし、今回も覚悟はしていた。
でも、心の準備ってもんがあるだろうが!
初対面に模擬戦とか、どんだけなんだよ!
「いやー、いいもん見れそうだ」
楽しそうに笑うジャックス。
シオンは、思わず彼を睨みつけた。
「いいもんじゃねえよ! 模擬戦なんて1年ぶり以上だよ!」
「そうなのか? それにしちゃ、なかなかサマになってるぞ、素振り」
「素振りと模擬戦じゃわけが違うだろ! しかも、めっちゃ人が集まってきてるし!」
「そりゃ、カルロス騎士団長の模擬戦なんてなかなか見れないからな。集まってもくるだろ」
――と、その時。
訓練場に現れたカルロスが、大きな声でシオンを呼んだ。
「始めるぞ」
シオンは、のろのろと訓練場の中央に向かって歩き出した。
心の準備とかないのかよ、とは思うが、ピンチは急にやってくるもの。
こんなことでビビっていたら、世界を救う男にはなれない。
いつも通り、「俺は世界を救う男になる」と、いう、万能な呪文を心の中で唱えながら、所定の位置に着くシオン。
中央に立っていた副団長が、シオンとカルロスの双方を見ながら言った。
「勝負はどちらかが参ったと言うか、私が勝負ありと判断するまでです。急所への攻撃は禁止します。よろしいですね」
「ああ」
「はい」
返事する両者。
よろしい、という風に頷くと、副団長が大声で叫んだ。
「では、始め!」
副団長の声が響くと同時に。
シオンは思い切り地面を蹴って、カルロスとの間合いを一気に詰めた。
彼の記憶によれば、前回最後の模擬戦はほぼ秒殺。
こてんぱんにやられて終わった。
しかし、今回は、日本で案山子相手の地道な訓練をがんばってきた自負がある!
前よりは絶対にマシなはずだ!
努力の成果を見せてやる!
先手必勝! とばかりに、がら空きに見える胴体部分に向かって、鋭く剣を振るシオン。
ガキンッ
涼しい顔でシオンの剣を防ぐカルロス。
シオンは、軽く後ろに下がりつつも、再び剣を打ち込んだ。
左右にステップを踏みつつ、次々と剣を打ち込む。
鍛錬場が、わあっ、と盛り上がった。
「意外とやるな!」、「大したもんだ!」、「がんばれよ!」と、いう声が聞こえてくる。
しばらくして。
黙ってシオンの攻撃を受けていたカルロスが、急に一歩後ろに下がった。
(く、くるっ!)
見覚えのあるモーションに、慌てて防御の姿勢を取るシオン。
カルロスは、剣を構え直すと、 目にも止まらぬ速さで連撃を仕掛けてきた。
カルロスの代名詞とも言うべき、「8連撃」。
「……っ!!」
ガキン、ガキン、と、金属音を鳴り響かせながら、何とか連撃を防ぎ切るシオン。
おおっ! と、どよめく会場。
カルロスが、若干目を見開いた。
そして、もう一度。
今度はフェイントを入れた手加減なしの連撃が飛んでくる。
これには、さすがにシオンも受けきれない。
ガキンッ
4連撃目に、持っていた剣が弾き飛ばされ。
気が付くと、シオンは剣を喉に突き付けられながら、地面に座り込んでいた。
「ま、まいった」
わあっ、と盛り上がる会場。
すごいぞ! よくやったな! といった声が聞こえてくる。
駆け寄ってきたジャックスが、興奮したように言った。
「すごいな、シオン! よくあの連撃を防いだな!」
まあな、と答えつつシオンは頭をポリポリと掻いた。
かなり手加減されていたし、あの連撃なら、前回死ぬほど受けたからな。
何か考えるように、じっとシオンを見るカルロス。
そして、しばらく黙った後、ゆっくりと口を開いた。
「……見事だった」
「ありがとうございます!」
「これからも、ここで剣術の稽古を続けると良い。我々騎士団はお前たちを歓迎する」
ありがとうございます、と頭を下げる、シオンとジャックス。
カルロスは、軽く頷くと、「皆にお前達の面倒を見るように伝えておく」と言い残し。
踵を返して去って行った。
(は~。なんとか乗り切った!)
気が抜けたシオンは、地面に大の字に寝転んだ。
前回よりもずっとカルロスの動きに付いていけた。
段違いに強くなっているのを感じる。
日本での案山子相手の地道な鍛錬が実を結んだ形だ。
嬉しくなったシオンは、右手のこぶしを握ると、グッと空に突き出した。
(よーし! この調子でがんばるぞ!)




