(閑話)はじめての街へ
学園寮に引っ越した翌日。
よく晴れた、初夏の雰囲気漂う爽やかな朝。
筋トレと朝食を終えたシオンは、鼻歌交じりに体を濡れタオルで拭いていた。
今日は、ジャックスに誘われて、街に行く予定だ。
昨日一緒に夕食を食べた際に、「明日街に行く用事があるんだけど、一緒に行かないか?」と、誘われたのだ。
(いや~、楽しみだな~。どんな街なんだろうな~)
シャーロット王女が選んでくれたという緑色の服を着て、ワクワクしながら寮の外に出るシオン。
寮の正面口に停めてあった黒い馬車の扉が開いて、笑顔のジャックスが出てきた。
「おはよう。いい天気だな」
「そうだね。晴れて良かったよ」
「よし。じゃあ、行くか」
2人を乗せた馬車は、街に向かって走り出した。
ややはしゃいで馬車の外をながめるシオン。
前回も、ほとんど行ったことがなかった街。
めちゃくちゃ楽しみだ。
ジャックスが尋ねた。
「何か見たいものあるか?」
「そうだな。食材とか、調理器具とか見たいかな」
「へ~。料理するんだな」
「ちょっとだけね。久々に故郷の料理が食べたいと思ってるんだ」
王宮の部屋には常にメイドや護衛がいたため、まずい料理が出てもそのまま食べるしかなかった。
でも、寮ならば部屋に食事を運んでもらえるし、部屋で料理もできる。
生臭くてエグみたっぷりの薄塩味料理ともおさらばだ!
馬車は、しばらく野原の一本道を走ると、街の外れにある停留所のような所に停まった。
どうやらここから歩きらしい。
馬車を降りた2人は、街の中央に向かって歩き出した。
建物は主に3階建てで、写真で見たヨーロッパの風景に近い。
過去、ヨーロッパ人と思われる異世界人が建築を伝えたという伝承が残っているので、その影響かもしれない。
シオンは浮足立った。
見るもの全てが初めてだ。
楽しい! 超楽しい!
そんなシオンを見て、ジャックスが不思議そうに言った。
「なんか、ヤケに楽しそうだな」
「そりゃそうだよ。街に来たの初めてだもん」
シオンの言葉に、ジャックスが呆気に取られたような顔をした。
「……え? 初めて?」
「うん。初めて。――お! あれ市場だよな?」
「あ、ああ。そうだな。行くか」
「うん!」
考えるように黙り込むジャックスを他所に、さあ、食材と料理道具を揃えるぞ! と、意気込むシオン。
しかし、その10分後。
彼は大きな壁にぶち当たっていた。
「フ、フライパンがないっ!」
異世界の焼き料理は、「火で炙る」が主流らしく、フライパンがない。
鍋は売っているが、寸胴鍋のような大きいものばかりで、手軽に仕えそうなものがない。
そして、極めつけが、
「肉屋がワイルド過ぎるっ!」
冷蔵庫がないせいで、売っているのは全て塩づけ肉。
生肉はないかと言うと、店の裏の動物小屋に連れて行かれた。
大量購入限定で、鳥や豚的な動物をその場で捌いて売ってくれるらしい。
シオンは頭を抱えた。
これは流石に想定外過ぎる。
部屋で気軽に料理ができる雰囲気じゃない。
興味深そうにシオンの様子を見ていたジャックスが、尋ねた。
「察するに、材料とか道具がないって感じか?」
「うーん、……なくはないんだけど、サイズが全然違うんだよな」
「そうか。うまく生かせそうなものはないのか? 英雄譚で出てくる、『折れた剣先を槍の穂先にして勝利をおさめた』って感じにさ」
なるほど、と、シオンは考え込んだ。
確かに柚子胡椒も、サバイバルの極意は、「あるものをいかに活用するかだ」と、言っていた気がする。
逆転の発想……、逆転の発想……
そして、閃いた。
これ、ベーコンなら作れるんじゃないか?
ベーコンなら材料は塩漬けの豚バラ肉だけだし、寸胴鍋を燻製機に見立てればいい。
問題は燻製する時に使うチップ(木くず)だが、果物の木を細かく削って乾燥させればできる気がする。
これをジャックスに相談すると、彼は面白そうな顔をした。
「へえ。塩漬け肉を煙で焼く?感じか。そりゃ斬新だな。今の話を聞く限り、あとは乾燥した木くずが必要なんだな」
「どこかで手に入らないかな。出来れば香りの良い果物の木がいいんだけど。それか、使い古した酒樽とか」
「酒樽なら、うちの領地に腐るほどあるぞ。送ってもらうか」
「え、いいの?」
「ああ。面白そうだし、俺も食べていんだろ?」
「もちろん!」
その後も、あちこち見て回る2人。
そして、歩き疲れた頃。
2人は昼食のために1軒の食堂に入った。
ジャックスがよく来る、辺境料理が食べれる店らしい。
適当に注文して待っていると、店のお姉さんが白いシチューのようなスープを運んで来た。
一口飲んで、シオンは目を丸くした。
「あれ? 生臭くない?」
エグくて薄塩味だけど、王宮で出される料理にいつも感じていた生臭さがない。
なんでだろう、と、考えていると、ジャックスが言った。
「ああ。塩漬けの家畜肉を使ってるからだな」
ジャックス曰く、王侯貴族が好んで食べるのは、山野で狩ってきた山鳥などの野生動物らしい。
道理でクセがある訳だ、と、納得するシオン。
「じゃあ、一般の人は家畜肉の塩漬けを食べてるってことか」
「ああ。ただ、肉は高価だから、王都以外の人間が食べれるのは祭りの時くらいだけどな」
少し顔が暗くなるジャックス。
その後、2人は食事をしながら、お互いの話をした。
ジャックスの領地のこと、シオンの通っていた高校のこと、など。
そして、食後のお茶を飲んでいた時。
ジャックスが、低い声で尋ねた。
「そういえば、さっき、街に来るのは初めてだって言ってたけど、あれって本当か?」
「ああ。うん、本当」
「……それは、今まで誰も街に誘ってこなかった、ってことか?」
シオンは頭をポリポリ掻いた。
「いや。研究所のウィリアムには何回か誘ってもらってたんだけど、忙しそうでさ……。つい遠慮しちゃった感じだな」
シオンの言葉に、ジャックスが苦笑した。
「ああ~。なるほどな。あの人は今激務だもんな。それは俺でも遠慮するな。
――でも、シオンの世話係はシャーロット王女だろ? 誘われなかったのか?」
シオンは考え込んだ。
そういえば、前回も含めて、シャーロット王女に街に散策に出ようと誘われたことがない。
「……そういえば、誘われたことないね。安全を心配してる感じなのかな」
ジャックスが苦笑した。
「王都ほど安全なところはないと思うぞ。俺達みたいに平民のフリをして買い物をする貴族も多いし、衛兵の数も多い。スラムに行かない限り安全だ」
確かに、と、シオンは思った。
前回も今回も、「学園や街は危険です危険です」と言われていたが、実際来てみると全く危険な感じがしない。
学園も街も、日本とほぼ変わらない治安の良さだ。
一体なにを危険だと言っていたのだろう、と、考え込むシオン。
ジャックスが溜息をついた。
「シャーロット王女を、小一時間ほど問い詰めたいところだけど……、もう済んだ話だしな」
自分に言い聞かせるように呟くジャックス。
そして、切り替えるようにニカッと笑うと、シオンの目を真っすぐ見て言った。
「よし! これからは色々な場所に行こう。この国にはまだまだ良い所がいっぱいあるからな」
「おお! 本当!?」
「ああ。良く学び、良く遊べ、っていうのが、うちの家訓だからな。是非案内させてくれ!」
笑顔で言うジャックス。
やった! 今回は色々な所に行けそうだ! と、思いながら、シオンは満面の笑みで頷いた。
「ありがとう! よろしくお願いします!」
――その後、ジャックスの買い物を済ませた後。
2人は夕日で赤く染まる空を背に、馬車に乗って学園に帰った。




