09.入寮とジャックス
本日2話目です。
異世界召喚されて、1ヶ月半。
天気の良い、春の午後。
シオンは、王立学園学生寮の自室で荷物の整理をしていた。
部屋があるのは、上級貴族専用フロアである最上階の3階。
20畳ほどの広さの部屋に、センスの光る備え付けの家具。
風呂やトイレはもちろん、使用人用の部屋も付いており、広いテラスからは学園所有の庭園が一望できる。
学生寮とは思えないような、素晴らしい部屋だ。
箱に詰めて持って来た荷物を、確認しながら片付けるシオン。
本を本棚にしまい、用意してもらった衣類をクローゼットにしまう。
そして、最後に箱の底に残った布包みを見て。
シオンは片手で頭をガシガシと掻きながら、困ったように呟いた。
「問題は、これをどうするか、ってことだよな……」
布包みの中は、シャーロット王女がくれた、”身体能力向上の魔道具” 。
見た目は、何の変哲もない黒いハイネック半袖Tシャツなのだが、着ると魔力を吸収するかわりに、身体能力を著しく向上させる希少な魔道具だ。
―――前回。
この魔道具は、外に出るのを怖がるシオンに、「これを着れば安全だ」と、貸し与えられた。
着るだけで強くなれる手軽さが気に入り、シオンは完全に依存。
結果として、訓練を怠り、破滅の道を進んでしまった。
だから、2回目の今回は、絶対に貸してもらわないぞ、と心に決めていたのに……。
「手に入っちゃったんだよな、これが……」
今回は外に出るのを怖がっていないから無縁だろうと思っていたのに、なぜか渡されてしまった。
しかも、シャーロット王女に「常に着用して下さいね」と、約束させられてしまうというオマケ付き。
ここまでくると、もしかして呪いのアイテムなんじゃないか、と、疑うレベルだ。
シオンは、身震いした。
呪いはないにしても、縁起が悪いことに間違いない。
幸い、よく似た下着を柚子胡椒からもらっている。
心配してくれたシャーロット王女には申し訳ないが、魔道具を着ているフリをして、柚子胡椒のくれた下着を着ることにしよう。
魔道具自体は、見つからない場所に隠しておけばいい。
シオンは、右手を前に突き出すと、はめていた腕輪に魔力を込めた。
「<開け>」
腕輪が一瞬光り、シオンの前方に、オーブントースターほどの大きさの箱が現れる。
中に入っているのは、シオンが日本から持ち込んだ荷物たちだ。
シオンは、魔道具の入った布袋をを小さく丸めると、箱の中に押し込んだ。
スペースがもったいないが、ここなら人に見つからないし、失くすこともない。
そして、箱を空間に戻し。
気分を変えるように、ノートを開いて、『やることリストNo.3』をチェックした。
―――――
<やることリスト> No.3
・学園でジャックスと友達になる
・剣の先生を見つける
・魔法の先生を見つける
―――――
学園に入学してすることは、3つ。
前回の友人であるジャックスと友達になることと、剣と魔法の先生を見つけること。
ちなみに、ジャックスとは、異世界でできた数少ない友人の1人だ。
学園の同じクラスで、何かとシオンの世話を焼いてくれた。
魔王戦も一緒に戦い、最後は一緒に死んだ、信頼できる仲間でもある。
シオンは考えた。
まずは、ジャックスと友達になりたい。
剣と魔法の先生については徐々に探していけばいい。
時計を見ると午後4時。
休日前のこの時間であれば、彼は訓練場にいるはずだ。
「よし。では、いよいよジャックスに会いに行きますか」
* * *
シオンは、3階用の階段を降りると寮を出た。
緑豊かな広い構内を横切り、敷地の端にある鍛練に向かう。
歩きながら思い出すのは、友人のこと。
――前回。
ジャックスは、教室でボッチだったシオンに明るく話しかけてくれ、気が合ったことから、行動を共にするようになった。
シオンのことを真剣に考え、辛口意見も言ってくれた、本当の友達。
(今回も同じように友人になれるだろうか)
期待と不安が入り混じった気持ちになるシオン。
そして、歩くこと10分。
彼は、学園の敷地内の端にある、鍛練所に到着した。
鍛練所は、巨大体育館のような場所で、中では3,40人ほどの生徒が、思い思いの訓練をしている。
シオンは、入り口に立って、生徒1人1人の顔を、目を凝らした。
帽子を被っている者についても、丁寧に見ていく。
そして、端の方で剣を振っている長身の生徒を見つけ。
彼は、喜びに声を震わせた。
「……いた。ジャックスだ」
燃えるような赤い短髪に、赤銅色の瞳。
いかにも体育会系といった精悍な顔立ちの彼は、辺境伯家(公爵家相当)の次男、ジャックス・ プロディアだ。
懐かしさと嬉しさでいっぱいになり、大きな声で呼ぼうとするシオン。
しかし、彼はすぐ重大な問題に気が付いた。
(……見つけたはいいけど、どうやって話しかければいいんだ)
よく考えてみれば、今回の彼とは初対面。
いきなり「よー! ジャックス!」なんて叫ぶのは、明らかにおかしい。
(しまったな……。会うことばかり考えていて、話しかける方法とか全然考えてなかった)
どうしたものか、と悩むシオン。
と、その時。
視線を感じたのか、ジャックスが木刀を振る手を止めて、シオンの方をチラリと見た。
前回のクセで、思わず手を振るシオン。
そして、「し、しまった……!」と、狼狽えていると、ジャックスがつかつかと歩いて来て、不思議そうな顔でシオンを見た。
「ええっと、何か用?」
「あ、いや、すみません。知り合いと間違えてしまいまして」
汗をかきながら謝るシオン。
ジャックスは、そんなシオンをジーッと見ると、「分かった」といった風に、ポンと手を叩いた。
「その髪と目の色。もしかして、タダ・シオン?」
シオンは軽く目を見張った。
え? なんで俺のこと知ってるの?
「はい。そうですけど……、なぜそれを?」
「お~。やっぱり! 親父……じゃなくて、プロディア辺境伯から聞いたんだ。すごい奴が学園に入学する、って」
「……へ?」
「流行病を押さえた上に、大貴族会議で、あのバクスター侯爵を相手に我を通した、って聞いたぞ」
すごいなお前、と、感嘆の目を向けてくるジャックス。
シオンは遠い目をした。
自分はただ、従者が付けられたくなくて頑張っていただけなのに、まさかそんな話になっていたとは。
そんなシオンを他所に、ジャックスはニカッと笑うと、手を差し出した。
「俺の名前は、ジャックス・ブロディア。ブロディア辺境伯家の次男だ。敬語はいらない。よろしくな!」
「俺は、タダ・シオン。こちらこそよろしく」
差し出された暖かい手を握り返しながら、シオンは泣きそうになった。
またこんな風に話ができるだなんて、夢のようだ。
ジャックスが言った。
「お近づきのしるしに、何か食べに行かないか? 俺、腹が空いててさ」
「いいね!」
ジャックスは、楽しそうに笑いながら言った。
「よし行こう! 何となくだけど、シオンとは気が合いそうな気がするよ」
前回と変わらない、飾らぬ言葉と屈託ない笑顔。
シオンは、目を瞬かせて涙を誤魔化すと、震える声を懸命に抑えながら答えた。
「……ああ。俺もそう思うよ」
その後。
2人は、にぎやかにしゃべりながら、夕暮れの気配が混じり始めた校内を、ゆっくりと歩いていった
この世界の階級は、下記な感じです。
王族 > 公爵 >= 辺境伯 > 侯爵 > 伯爵……




