06.ブラックな研究所と恩賞
異世界召喚されて、11日目。
ウィリアムが突然現れた翌日朝。
シオンは眠い目をこすりながら、まずい朝食をもそもそと食べていた。
(昨日はついつい話し込んじゃったな~)
――昨夜。
シオンはウィリアムに、日本で学んだ流行病に関係ありそうな知識を話した。
地球でも、黒死病やコレラなどの流行病で、たくさんの人が亡くなったこと。
それらをどうやって解決したのか。
下水の整備、マスクや手洗いの推奨、予防接種など。
メモを取りながら、時々質問を挟みながら、熱心に耳を傾けるウィリアム。
熱心な聴者に支えられ、日本で勉強した内容について熱く語るシオン。
そして、気がつけば、夜明け前。
さすがに眠いなと欠伸をするシオンに、ウィリアムは深々と頭を下げた。
「本当に、本当にありがとうございます。これほど有意義な時間を過ごしたのは初めてです」
「それは良かったです。何か疑問点があったら、また聞いてください。分かれば全然答えるんで」
「……これほどの知識を出し惜しみなく話し、更に協力を申し出て下さるなんて、あなたはなんて……」
感動したように呟くウィリアム。
そして、「この恩は必ずお返しします」と言うと、静かに立ち去っていった。
――この時のことを思い出しながら、シオンはニンマリした。
あんなに感謝してもらえるとは夢にも思わなかった。
何だかすごく良いことをした気分だ。
日本でがんばって勉強した甲斐があったというものだ。
寝不足ながらも充実した気分のシオン。
そして、朝食を食べ終わり。
もうひと眠りしようか、などと考えていたーーー、その時。
コンコンコン
ドアをノックする音が聞こえてきた。
続いて、メイドの「ウィリアム・ラディシュ様がいらっしゃいました」という声。
「……え?」
シオンは驚いて目を丸くした。
確か、5時間くらい前に別れたばかりだよな?
何かあったのだろうか。
急いでドアを開けると、そこには笑顔のウィリアムが立っていた。
目の下には見事なクマができている。
彼は優雅にお辞儀をすると、にこやかに言った。
「シオン様。お迎えにあがりました」
「……へ?」
驚きすぎて固まるシオン。
あれ?
俺、何か約束してたっけ?
記憶にないんだけど。
戸惑うシオンに対し、「さあ、行きましょう」と、微笑むウィリアム。
その自信ありげな微笑みに、シオンは思った。
眠かったからよく覚えてないけど、多分、何か約束したんだな、俺。
そうだ、きっとそうに違いない。
もうひと眠りしたいとこだけど、約束したなら仕方ない。行くか。
「分かりました。ちょっと待っててください」
シオンは部屋に戻ると、ベッドの中からリュックサックを取り出して背負った。
その上から半袖のローブを羽織る。
そして、驚くメイド2人に「ちょっと行ってきます」と告げると、部屋の外で待っていたウィリアムと共に廊下を歩き出した。
――そして、歩くこと5分。
ウィリアムが低い声で言った。
「察して頂いてありがとうございます。横やりが入りそうな気配がありましたので、申し訳ありませんが、勝手に既成事実を作らせて頂きました」
シオンは首を傾げた。
横やり? 既成事実? なんだそれ?
彼は、全然察してなかった。
もしも、シオンがここで、「それってどういう意味ですか?」と聞けば、未来が少し変わったかもしれない。
しかし、残念なことに、彼は、よく分からないことは とりあえず流す性格だった。
彼はすぐに「まあいっか」と流すと、ウィリアムに尋ねた。
「これからどこに行くんですか?」
「研究所です。少し歩きます」
2人は、王宮を出ると、朝の爽やかな空気の中を歩き始めた。
庭園と庭園の間を、歩くこと10分。
ウィリアムが、緑に囲まれた2階建ての茶色い建物を指差した。
「あれが、私が所属する研究所です」
「ほ~。静かで良い所ですね」
「周囲に余計なものがないので、研究がはかどって助かっています」
合理的な雰囲気がするエントランスを通り抜け、2階に上るウィリアム。
少し薄くなった赤い絨毯がひいてある長い廊下を足早に歩くと、一番端の部屋にシオンを招き入れた。
「私の研究室です。少々散らかっていますが、どうぞお入りください。」
部屋は、書斎風の広い部屋で、壁一面には立派な本棚。
真ん中には資料がたくさん乗った大きな作業机があり、いかにも忙しい研究者の部屋といった風情だ。
ウィリアムはシオンに椅子を勧めると、自らも正面に座り、深々と頭を下げた。
「まずは、改めてお礼を言わせて下さい。昨晩は本当にありがとうございました。
シオン様の話を研究員達にしたところ、症状は違うものの、感染経路等については ”コレラ” に近いのではないかという話になり、今急ピッチで検証しているところです」
「え! 俺が話したのって5時間前くらいですよね?」
「はい。あの後すぐに研究所に戻って、残っていた研究員達に話をした次第です」
シオンの目が点になった。
あの時間から研究所に戻るウィリアムも凄いが、あの時間に残っている研究員も凄い。
なんてブラックなんだ。
ウィリアムの話によると、2週間後に、月1回開かれる大貴族会議があり、そこに向けた資料を作っているらしい。
「昨日までは打開策が見つからずに徹夜だったのですが、お陰様で、今日からは解決に向けた徹夜ができそうです」
超ブラックなこと言いながら微笑むウィリアム。
そして、真剣な顔をすると、こう切り出した。
「今回の発表は、未だかつてないほど画期的です。確実に国王陛下より相当な恩賞が与えられるでしょう。
大きな恩賞には調整が必要ですので、今のうちにシオン様の希望をお聞かせ頂ければと思っております」
シオンは目をぱちくりさせた。
「……ええっと、それは、俺も何かもらえるということですか?」
「もちろんです。望めば、領地や爵位も手に入るかと」
ウィリアムの言葉に、シオンは思わず後ずさりした。
「いえっ! 俺は爵位とか領地とか、そういう面倒そうなのはいらないですっ! 俺、生粋の庶民なんで!」
「……それでは、王都の屋敷などどうでしょう? 昨日、王宮は住みにくいとおっしゃっていましたよね?」
シオンは考え込んだ。
王宮の部屋は嫌いじゃない。
豪華だし、至れり尽くせりで面倒を見てもらえる。
でも、いつも監視されている気がして、自由じゃないのだ。
そういう意味では、王都の屋敷も悪くないかもしれないが、ここで望むものはアレしかないだろう。
「何でもいいんですよね?」
「はい。大抵のものは大丈夫だと思います」
自信満々に頷くウイリアム。
じゃあ、大丈夫そうだな、と、シオンは口を開いた。
「では、俺は、王立学園への入学を希望したいと思います」
予想していた形とは違うものの、何とか学園入学の目処がつき、ホッとするシオン。
しかし、この後。
学園入学を巡り、一波乱起きることになる。




