02.これからどうするべきか考える
元の世界に戻ってきた翌日の早朝。
夜が白み始め、チュンチュンという鳥の鳴き声と共に、新聞配達のバイクの音が聞こえてくる時間帯。
紫苑は、PC画面から顔を上げると、眉間を揉みほぐしながら、ため息交じりに呟いた。
「やっぱり、1年前に戻ってる……」
昨晩、オンラインゲームをログオフした後。
紫苑は、自分の記憶をもとに、ネット検索しまくった。
アイドルや女優の結婚。
ゲームや漫画、アニメの内容、など。
なぜこんなことを調べまくったのかというと、どうしても「過去に戻ったのが信じられなかった」からだ。
紫苑は、思った。
召喚された日時に戻るなら話は分かる。
別の世界に行っていたから、時間が経っていなかった、的な話だ。
半年後とか3日後に戻って来た、でも分かる。
異世界とこっちは時間の流れが違う、的な話だ。
しかし、戻ってきたのは、召喚される1年前。
元に戻るどころか、時間が巻き戻っている。
なにかの勘違いじゃないだろうか。
しかし、一晩かかった調べた結果。
アイドルや女優は結婚しておらず、噂があるくらい。
ゲームや漫画は発売されておらず、アニメに至っては、まだ放送すらしていない。
他にも色々調べたが、全ての事実が、紫苑が召喚される1年前に戻ったことを指し示していた。
「なんだよ、これ。意味不明すぎるだろ……」
紫苑は途方に暮れた。
日本に戻ってこれたことは、めちゃくちゃ嬉しい。
自分が行方不明になって大騒ぎになっていないのも僥倖だ。
だが、召喚1年前に戻ってくるのは頂けない。
つまりこれは、1年後にまた異世界召喚されてしまう、ということじゃないか。
ピピピッ ピピピッ
――と、その時。
枕元の目覚まし時計が鳴った。
時計を見ると、朝の7時。
夏休みに入ったのに、アラームを切り忘れていたらしい。
紫苑は、椅子から立ち上がると、固まり切った体をググーッと伸ばした。
ベッドに歩み寄って、枕元のアラームをOFFにする。
そして、カーテンを開けて、暑くなりそうな気配のする外を見ながら、ホウッと息を吐いて呟いた。
「とりあえず、何か食べて、それから考えるか」
* * *
―――1時間後。
大好物のカップ焼きそばを食べ終わった紫苑は、1階の居間にあるソファに、だらけた感じで足を広げて座っていた。
「は~。食事はうまいし、クーラーは涼しい。やっぱ日本は最高だな」
ちなみに、この家に住んでいるのは紫苑1人。
両親は海外に赴任中で、帰ってくるのは年数回。
海外への引っ越しを嫌がった紫苑が、1人で残った形だ。
紫苑は、リラックスした気分で、太った体をソファに横たえた。
ここ最近野営続きだったため、クーラーのついたリビングが天国に思える。
――そして、しばらくダラけた後。
紫苑はソファに座り直して、ハアッと息を吐いた。
永遠にダラダラしていたい気分だが、そろそろ真面目に考えるべきだろう。
彼は額に手を当てると、ため息交じりに呟いた。
「問題は、これから、どうするか。だよな……」
異世界で読んだ本によると、召喚される人間は、”生年月日“、”遺伝子情報“、 “ 星の動き“ の3つの要素から決められるらしい。
となると、紫苑が1年後に異世界召喚されることは確実。
逃げることは不可能だ。
(てことは、1年後にまた召喚されて、ミノタウルスに殺される可能性があるってことか……)
死ぬ直前の出来事を思い出し、思わず顔を歪める紫苑。
あれをまた体験することを考えると、体がヤバイほど震えてくる。
もちろん恐怖もあるが、それ以上に強く感じるのは、身を焦がすような激しい後悔。
厳しい鍛練が面倒で、努力せず、チートと魔道具に頼り切った。
周囲の人々の優しさに甘え、面倒や大変な物から逃げた。
異世界から勝手に呼ばれただけだし、を免罪符に、努力しないことを正当化した。
そして、その結果。
大切な仲間達と、憧れていた女性を無残に死なせた。
自分の愚かさをあれほど呪ったことはない。
人の命がかかっているのだから、全力でやるべきだったのだ。
「……でも、過去に戻ったってことは、みんなを死なせないように努力できるってことだよな」
なぜ召喚1年前に戻ったのかは分からない。
でも、これはきっと感謝すべきことだ。
1からどころか、0からやり直すチャンスを与えられたのだから。
紫苑は、こぶしをグッと握りしめて立ち上がった。
心を入れ替えてがんばろう。
後悔しないように、やれることを全てやろう。
今度は、今度こそは、絶対にみんなを死なせない。
紫苑は、握りしめたこぶしを上に上げて叫んだ。
「俺は、今度こそ誰も死なせない! 俺は仲間と世界を救う男になる!」
多田紫苑、17歳。
彼は、この日、本気で努力することを心に誓った。