03.帰還方法の入手
異世界召喚されて、4日目。
冬の静かな午後。
シオンは、シャーロット王女と護衛騎士2人と共に、王宮の廊下を歩いていた。
「図書館は王宮の端にありますので、少し歩きます」
王女の説明に、無言で頷くシオン。
彼は、王女の少し後ろを歩きながら、何気なく周囲を見回した。
赤いふかふかの絨毯が敷かれた大理石のような廊下に、同じく赤い絨毯に覆われた立派な階段。
高そうな美術品があちこちに飾られている。
以前はあまり気が付かなかったが、今見ると、贅を尽くしているのが分かる。
(この王宮、こんなに豪華だったんだな。金かかってそうだな~。その金ってどこから来てるんだろ。やっぱり税金かな?)
日本での勉強の甲斐があり。
前回の、「ほえ~、広~い、きらきら光ってる~」というサル並みの感想から進化し、そこそこ賢い人類レベルの感想を持つシオン。
そして、歩くこと10分。
一行は、見上げるように大きい扉の前に到着した。
「ここが図書館ですわ」
中に入ると、そこにあったのは圧巻の光景。
シオンの通っていた高校がすっぽり入るであろう広さの空間に、本がぎっしり詰まった本棚がずらりと並んでいる。
シャーロット王女が入って行くと、司書と思われる男女5人が出てきた。
「ようこそお越しくださいました。お話は聞いております」
「本日はよろしくお願いします」
「はい。では、早速ご案内させていただきます。禁書室ですので、護衛の方はここでお待ちください」
責任者らしき男性と、司書らしき女性2人に案内されて、階段を降りるシャーロット王女とシオン。
地下には、鍵が何重にもかかった丈夫そうな扉があり、司書2人がかりで鍵を開ける。
そして、重い扉を開けて中に入ると、そこは全体が石でできた小さな図書館だった。
天井には、複数のランプがかかっており、室内を静かに照らしている。
秘書の一人が、奥に入って一冊の本を取ってきた。
「こちらでございます」
シャーロット王女は中身を確かめると、にっこりと笑ってシオンに手渡した。
「これが昨日申し上げたものですわ。伝承によると、辞書だそうです。かなり古いものですので、扱いにご注意ください」
シオンはシャーロットから手記を受け取った。
ボロボロまではいかないが、所々黄ばんだかなり古い手帳で、表紙には現地語でこう書いてあった。
『異世界語辞書』
シャーロット王女の見守る中、丁寧に一枚一枚をめくって内容を読むシオン。
そして数分後。
シオンは顔を上げた。
「なるほど。これは確かに召喚された日本人が書いたものようですね」
「では、 信じていただけるということですか」
「日本人が召喚されたということについては、信じます。ーーーそれで、この部分を写させてもらっても良いでしょうか」
シオンの申し出に、シャーロット王女は意外そうな顔をした。
「ええっと、それは、どのような内容でしょうか?」
「この世界の文字の読み方についてです。私の国の言語と違う点が分かりやすくまとめられているので、今後の参考にしたいなと思いまして」
「そうなのですね。そういうことでしたら、わたくしは構いませんが……」
司書をチラリと見る王女。
司書が頷いた。
「お取りになった許可に写本の許可も含まれております。我々は見ている前でしたら、写されても結構です」
「それでしたら大丈夫ですわね。どのくらいかかりますか?」
「そうですね。他の箇所も読みたいので、3時間ほどあれば」
それでは3時間後に参ります、と、笑顔で去っていくシャーロット王女。
シオンは、椅子に座って持参したノートを開いた。
ボールペンを取り出して、本を写し始める。
そして、写しながら、彼は心の中でガッツポーズを決めた。
(よしよし! 上手くいった!)
作戦を練ってきたとはいえ、びっくりするほどスムーズだ。
4日目にして、重要アイテムGETは素晴らしい。
俺って、実はすごいんじゃないだろうか、と、考え始める、おだてるとすぐ木に登るタイプのシオン。
ちなみに、シオンが写している本は、もちろん辞書ではない。
200年前に召喚された日本人が書いた、この世界についての手記だ。
内容がバレると処分されると思ったらしく、辞書風に書いたらしい。
本の主な内容は下記である。(旧仮名遣い等は翻訳)
・作者の名前は、清水勝利
大正時代生まれの日本人で、畑で農作業をしていた帰りに突然地面が光り、召喚された
・当時の天才魔法士ラーラ・ムークが、瘴気が別世界からきていると断定。別世界の人間になら消せるだろうと召喚を行ったところ、自分が呼ばれてしまった
・魔王を倒し、英雄になり、その後は王の側近として農業の発展に力を尽くした
・ラーラ・ムークと共に、日本への帰還方法を探したが難航。見つかった時には、すでに60歳を過ぎており、帰還を断念した
手記には、帰還のために必要な準備や魔法陣について日本語で詳しく書かれており、最後にこう書かれていた。
『もしも次に日本人が召喚されることがあれば役に立つだろうと、この手記を残すことにする。
君が帰還を望む場合は、なるべく早く魔王を倒して瘴気を消し去り、信用できる魔法士に帰還させてもらうことを推奨する。
ただし、帰還の方法があることについては、最後まで黙っておくことを強く勧める。さもないと逃亡を恐れ、監禁される可能性がある。
ここは日本ではない。価値観が違うことを留意するべきである。』
記載されている帰還方法を写しながら、シオンは清水さんに同情した。
この人は、ずっと帰りたくて、諦めずに帰還方法をずっと探し続けたのだろう。
しかし、見つかったのは、召喚されてから40年後。
諦めざるを得なかった時は、さぞ悔しかっただろう。
写しを終わったシオンは、手記をパタンと閉じると、本に向かってお辞儀をした。
(ありがとうございます。あなたが生涯をかけて調べた帰還方法。きっと使わせて頂きます)
そして振り返って、後ろに立っていた司書2人に尋ねた。
「どのくらい時間が経ったでしょうか」
「2時間ほどです。シャーロット様をお呼びしましょうか」
「いえ、大丈夫です。ところで、本を借りることはできるでしょうか」
「はい。シオン様の図書館の使用許可をいただいておりますので、禁書は無理ですが一般の本でしたら可能です」
シオンは考えた。
日本で色々な本を読んだ経験を踏まえると、歴史を学ぶには、英雄譚や伝記物から入るのが一番とっつきやすい気がする。
とりあえず、腹黒小学生さん形式で、子供向けの簡単なものから読んでみよう。
彼は立ち上がりながら言った。
「子供が読むような 英雄譚や伝記を何冊かお借りできますか。読んでみたいのです」
その後、
シオンは、司書に勧められた子供用の本を5冊ほど借りると、
笑顔で迎えに来たシャーロット王女と共に、夕日が差し込む部屋に戻った。




