01.やってきました、2周目の異世界
「黒目黒髪! 膨大な魔力! 間違いない。異世界人だ!」
「召喚成功ですな! やりましたな!」
わあっと湧き上がる大きな歓声。
ふと、我に返ると。
シオンは固い床の上に座り込んでいた。
ステンドグラスのような細工が施された立派な天井。
鮮やかな壁画が描かれた真っ白い壁。
ひんやりとした空気。
王宮内部にある祈りの間だ。
シオンを遠巻きに見ているのは、ローズタリア王国の重鎮達。
刺繍が施された立派なローブを身にまとい、品定めするような目でシオンを見ている。
前回(1回目召喚)と全く同じ光景に、シオンは気を引き締めた。
さあ、ここから異世界生活の始まりだ。
彼は、召喚されたことに驚いたフリをしながら、さりげなくポケットをチェックした。
ファスナーはしっかり閉まっており、上から触った感触も変わりない。
中身が無事かどうかは別として、どうやら荷物の持ち込みには成功したらしい。
良かった、と、胸を撫でおろすシオン。
―――しかし、安心したのも束の間。
突然、眩暈と頭痛がシオンを襲った。
続いて来たのは、胃から何かがこみあげてくるような、ひどい吐き気。
シオンは口元を押さえながら、真っ青な顔で床に倒れこんだ。
異常に気付き、シンと静まり返る、祈りの間。
「ど、どうされましたか。顔色が悪いようですが」
恐る恐る近づいてきた若い男に対し、 シオンは呻くように言った。
「き、気持ちが悪い……」
* * *
――数時間後。
シオンは、巨大な天蓋付きベッドの上に寝かされていた。
大騒ぎで運ばれたのは、豪華な調度品が置いてある広い部屋。
前回(召喚1回目)も与えられたシオンの部屋だ。
窓からは、冬の午後の日差しが差し込んでいる。
彼は、ようやく頭痛の収まった頭を撫でながら、ハアッと溜息をついた。
(死ぬかと思った……)
召喚酔い、と言ったら良いのだろうか。
後から遅れてやってくる、脳や内臓を直接揺さぶられるような、体験したことのない感覚。
滅多に乗り物酔をしないシオンも、これには流石にぐったりだ。
シオンが動いたことに気が付いたのか。
部屋の隅で控えていた2人のメイドが、遠慮がちに声を掛けてきた。
「……お加減はいかがですか」
若いツンとした美人と、いかにもベテラン風な中年女性。
前回と同じ2人に懐かしさを覚えながら、シオンは努めて他人行儀に言った。
「……まだ、気持は悪いですけど、大分収まりました」
「それはようございました。何かお持ちしましょうか」
「いえ、大丈夫です。――すみませんが、1人にしてもらえませんか」
戸惑ったように顔を見合せる2人。
シオンが、 人がいると気が休まらないと言うと、ベテランメイドの方が、分かりました、と、頷いた。
「では、私共は部屋のドアの外に控えておりますので、何かありましたら、枕もとのベルを鳴らしてくださいませ」
* * *
メイド達が部屋を出て行った後。
シオンは、ベッドの上に立ち上って、天蓋に付いている薄手のカーテンを閉めた。
薄暗い天蓋の中で、ずっと着ていたフィッシングベストと、柚子胡椒がくれた黒の下着を脱ぐと、体をググーッと伸ばした。
(はあ~。身軽になった。生き返る)
召喚酔いがおさまって体調が良くなってきたせいか。
服を脱いで身軽になったせいか。
久々に感じる異世界の空気に、高揚してくる。
シオンは、枕元にあった寝間着らしき服を着ると、湧き上がる興奮を静めようと、筋トレを始めた。
まずは、腕立て伏せ。
(いちっ、にっ、さんっ、よんっ……)
続いて、腹筋、背筋。
そして、最後に軽く柔軟体操をした後。
シオンは、大の字になってベッドに寝転ぶと、天蓋に描かれている不思議な模様をながめながら、小さく呟いた。
「ついに来たな……」
長いような短いような準備期間1年を経て。
とうとうやってきた2周目の異世界。
「うお~、なんか、すげー緊張するな~。ここから本番だもんな。これから1年、がんばんないとな」
まずは、荷物の確認だ。
シオンは、勢いよく起き上がると、胡坐をかいて座りながら、荷物のチェックを始めた。
カメラ、電池、救急セット、ノート、筆記用具、LED懐中電灯、折り畳みリュックサック、などなど。
数を数えたり、動作を確認したり、丹念に調べる。
そして、壊れたり足りないものがないことを確認。
脱いだ服と一緒に、折り畳みリュックサックの中に丁寧にしまい込んだ。
(荷物の持ち込みは大成功だ)
(ここまで頼もしく思える荷物を持ち込めたのは、みんなのお陰だな)
日本の仲間達に感謝するシオン。
そして、リュックのポケットからメモ帳を取り出すと。
腹黒小学生に勧められて作った、「やることリストNo.1」の、ページを開いた。
――――――――
<やることリスト> No.1
・シャーロット王女に会う
・前回召喚された日本人の手記をGETする
・ローズタニア王国について勉強する
―――――――
ちなみに、このやることリストはNo.3まであり、それぞれの時期に必要なことが書かれている。
わりと雑で忘れっぽい性格をしているシオンの強い味方だ。
メモを見ながら、シオンは考えた。
(とりあえず、まずはシャーロット王女に会うことだな)
シャーロット王女とは、この国の第2王女。
聖女と呼ばれる美しい女性で、前回(召喚1回目)においての、シオンの恩人でもあり憧れの人でもある。
彼女に会えば、手記が手に入るし、ローズタニア王国についても勉強できる。
まずは彼女に会おう。
シオンはノートをリュックのポケットにしまい込んだ。
早く行動したいと気が焦る。
しかし、彼は自分をなだめるように、ゆっくりと深呼吸した。
異世界生活は始まったばかり。
焦りは禁物だ。
(とりあえず、今日のところは体力を回復させて、明日から行動開始しよう)
気持ちを落ち着けるように小さく息を吐くと、ベッドに潜り込むシオン。
そして、隣に隠すように寝かせてあるリュックサックのポケットを探り。
薄型のパスケースを取り出した。
パスケースを開くと、そこには、ファミレスで はにかむように笑っている柚子胡椒の写真。
(今頃、何してるんだろうな……)
写真を見ながら、シオンは溜息をついた。
別れてまだ数時間しか経っていないのに、もう会いたい。
俺って、思ったより重症だったんだな。
再び溜息をついて、パタンとパスケースを閉じるシオン。
そして、パスケースを枕の下に入れると。
「絶対にハッピーエンドで終わらせて、日本に帰るぞ!」と、決意しながら、ゆっくりと目を閉じた。




