プロローグ:日常だった風景(1回目召喚時)
異世界召喚1回目。
それは、ある冬の日のことだった。
学園の授業が終わり、王宮に帰ろうと玄関を出たシオンを、外で待っていた体格の良い男2人が呼び止めた。
「シオン様。お待ちしておりました」
シオンは驚いた顔で2人を見ると、軽く目を反らしながら、オドオドした様子で尋ねた。
「え、えーっと、何の御用でしょうか」
「カルロス騎士団長の命によりお迎えにあがりました。一緒に鍛錬場まで来て頂きます」
シオンは顔を引き攣らせると、持っていた鞄を両手で抱え込んで、後ずさりしながら言った。
「待ってよ。今日は休みの日じゃないか」
「はい。なのですが、カルロス様が時間が取れるということで、約束した手合わせをしたいと」
シオンは、思わず身を震わせた。
剣術の師であるカルロスの言う「手合わせ」とは、相撲で言うところの「ぶつかり稽古」。
疲れ果てるまで打ち込まされ、最後はボロぞうきんのようになる地獄の鍛錬だ。
(い、嫌だ。これ以上稽古の時間が増えるとか冗談じゃない。俺は今日帰ってのんびりするんだ)
必死で抵抗しようとするシオン。
しかし、体格の良い大男2人相手になす術もなく。
「じゃあ、行きましょう」と、爽やかに連れて行かれそうになったーーー、その時。
「お前たち、何をしている!」
鋭い声が響き渡った。
振り返ると、そこに立っていたのは、金髪碧眼の美青年。
プレリウス教の枢機卿であるバクスター侯爵の長男、エミール・バクスターだ。
彼は、怯えるシオンを庇うように立つと、二人の騎士を睨みつけた。
「シオン様が嫌がっているではないか。何をしているんだ」
「カルロス騎士団長の命を受け、お迎えにあがりました」
敬礼をしながら答える騎士達。
エミールは訝しげな顔をした。
「今日は鍛錬がない日だろう。予定が変更されたのか?」
「カルロス団長が、本日時間が取れたので、手合わせしたいと。急にこうした稽古がある可能性については、事前に話してあるとのことでした」
「私には、シオン様が嫌がっているように見えるのだが?」
「……カルロス様に、多少嫌がっても連れて来いと言われておりまして……」
エミールの瞳が剣呑な光を帯びた。
「……なるほど。そちらの都合で急に決まったことにも関わらず、嫌がるシオン様を鍛錬場に引きずって行こうとしたわけか。なんと礼儀知らずなことを! 恥を知れ!」
「し、しかし、これは、元々決まっていたことで……」
エミールの剣幕に、しどろもどろになる騎士達。
―――と、その時。
後ろから「ごきげんよう」という、優し気な声が聞こえてきた。
見ると、そこに立っていたのは、目が覚めるような絶世の美女。
美しい紺色の髪と目をした、シャーロット第二王女だ。
シオンは、思わず見とれた。
何度見ても美しい。
彼女は、そんなシオンに微笑みかけると、慌てて膝をつく騎士に向かって穏やかに尋ねた。
「お話は聞かせて頂きましたわ。突然現れて、嫌がるシオン様を無理矢理鍛錬に連れて行くのは礼儀を失しておりますわ」
「し、しかし……」
「カルロスには、わたくしの方から言っておきます。あなた達はお帰りなさい」
「……分かりました」
「……失礼いたします」
やむを得ない、といった雰囲気で、戻って行く騎士達。
シオンは、ホッと胸を撫で下ろすと、2人に向かって頭を下げた。
「ありがとうございます。お2人が助けてくれなかったら、大変なことになっていました」
シャーロットが、申し訳なさそうに頭を下げた。
「本当に申し訳ありません。私達の都合だけで勝手にシオン様を呼び出したというのに、自分達の都合ばかり押し付けて。シオン様の気持ちを蔑ろにしすぎています」
「本当にその通りだと思います。申し訳ありません」
頭を下げる2人に、シオンは慌てて言った。
「そんな、頭を上げてください。お2人にそう思って頂いているだけで十分ですから。
それに、こんな貴重なものを頂いてますし」
軽く、首元と服を触ってみせるシオン。
シオンが着ているのは、“身体能力向上の魔道具”。
着用している者の魔力を吸収する代わりに、身体能力を爆発的に上げる道具だ。
膨大な魔力を持つシオンだからこそ使える、世界に1つしかない貴重な魔道具。
しかし、エミールは悲しそうに首を横に振った。
「いや、そんなものは、罪滅ぼしにもならないです」
「わたくしもそう思いますわ。本当にごめんなさい」
しょげたように謝る2人。
お世話になっている2人に、これ以上頭を下げさせるのが申し訳なさ過ぎて。
シオンは急いで話題を変えた。
「ええっと、そういえば、お2人はなぜここに?」
「今日は、 学園の隣にある教会を慰問していたのです。そこにアリスが知らせに来てくれました」
エミールは、横目でチラリと、いつの間にか横に立ってた、水色の目と髪をした小柄な女性を見た。
彼女の名前はアリス。シオン専属の世話係兼護衛だ。
エミールは、彼女に微笑みかけた。
「知らせてくれて本当にありがとう。今後も頼んだよ」
無言で頷くアリス。
何か困ったことがあったらすぐに相談してくれ、と、言い残し、教会に戻って行く2人。
シオンは2人が見えなくなるまで見送った後、ゆっくりと校門に向かって歩き始めた。
アリスも黙って後ろからついてくる。
そして、もうすぐ校門に到着する、という時。
「おーい! シオン!」
と、声を掛けてくるものがいた。
学園でできた唯一の友人である、赤髪の元気の良いイケメン、ジャックスだ。
ジャックスが尋ねた。
「さっき、遠目から騎士二人に話してたのを見たけど、何だったんだ?」
「ああ、あれはね」
かくかくしかじかと、先ほどの様子を説明するシオン。
聞き終わったジャックスは、少しの間考えるように黙った後、ゆっくりと口を開いた。
「カルロス団長は、多分、お前のことを考えて、今日誘ったんだと思う。あの人と手合わせするのが一番上達が早いって、お前も分かっているだろう?」
「……」
「無口過ぎて、何考えてるか分からないけど、あの人は多分シオンのことをすごく心配してて、何かあった時の切り抜け方みたいなのを教えたいんだと思う」
シオンは、俯きながら両手をぎゅっと握りしめた。
そうかもしれない。
そうかもしれないけど、シャーロット王女が言うとおり、俺は勝手に連れてこられたんだ。
勝手に連れて来た挙句、無理矢理、死ぬほど辛い訓練させる。
いくら俺の為と言われたって、納得がいかない。
ジャックスは、そばに立っていたアリスを軽く睨んだ。
「お前も分かるだろ。魔力の切れた魔法士が、どれだけ死にやすいか。鍛錬をすることはシオンを守ることでもあるんだぞ」
「……はい」
やや苦しそうな顔をしながら、絞り出すような返事をするアリス。
ジャックスが申し訳なさそうに笑った。
「すまないな。部外者がこんな差し出がましいこと言って。
でも、これだけは覚えておいてくれ。俺は本気でお前のことを友達だと思っているし、心配してる。
だから、困ったことがあったら、何でも相談してほしい」
いつになく真剣な目のジャックスを見て、シオンは思った。
分かってる。
シャーロット王女やエミールとは視点が違うけど、ジャックスはいつだって俺のことを考えてくれてる。
シオンは、軽く微笑みながら言った。
「そこは疑ってないよ。ありがとうな。ジャックス」
――しかし、この6か月後。
シオンは、自分をかばって死んだ仲間達を前に、激しく後悔することになる。
なぜ、あの時、もっと彼の忠告を重く受け止めなかったのか。
なぜ、もっと頑張らなかったのか、と。
1回目の召喚のお話でした。
次から、2回目召喚の話に入ります。
第2章も引き続きよろしくお願いします。




