18.1年……、いや、1年半
異世界から戻ってきて、12カ月。
召喚されるまで、あと1日。
7月17日、終業式。
浮かれながら教室を出て行くクラスメイト達をながめながら、紫苑はノロノロと帰る準備をしていた。
明日の夜から異世界。
学校ともしばらくお別れだ。
何となく名残惜しくて、鞄を片手に、校内をウロウロする紫苑。
そして、図書館に寄って新刊コーナーをながめていた時。
突然、ポケットのスマホが震えた。
――――
柚子胡椒:
学校の校門のところで待ってるんだけど、もしかしてもう帰った?
――――
(なっ! ゆ、ゆゆゆ、柚子胡椒っ!!!!!)
紫苑は、人目も気にせず図書館から飛び出した。
何か話しかけられたような気もするが、そんなものには目もくれず。
廊下を爆走し、階段を飛び下り。
上履きを持って帰るのも忘れて、慌ただしく靴を履き替え。
そして、玄関をダッシュで飛び出し、息も荒く校門に到着すると。
そこには制服姿の柚子胡椒が立っていた。
艶のある黒い髪を下ろし、グレーのスカートに薄手の白いベスト、白いシャツに赤いリボン。
着崩したりせずきちんと着てるところが、なんとも柚子胡椒らしい。
紫苑が、「ご、ごめん。待たせた」と、両手を膝についてゼイゼイ言っていると、柚子胡椒が申し訳なさそうに言った。
「突然ごめんね。邪魔しちゃいけないと思ったんだけど、どうしても渡したいものがあって」
紫苑は、思わず片手で胸を押さえた。
可愛い、可愛すぎる、キラキラだ。
久々に見た柚子胡椒は、破壊力抜群だ。
制服も超似合ってる。
紫苑は、息を整えながら言った。
「いや、全然いいよ。その……。来てくれて、ありがとう。……それで、渡したいものって?」
「ここで渡すのもなんだから、お昼食べながらでもいい? お昼まだだよね?」
「ああ、うん。まだ。……ええっと、ファミレスでもいい? 今、夏塩プリンフェアやってるんだ」
柚子胡椒は嬉しそうに笑った。
「うん! 楽しみ!」
* * *
2人は、学校から10分ほど歩いたところにあるファミレスに入った。
お昼時間が過ぎているせいか、店内にはあまり人がいない。
2人は、窓際の席に座ると、それぞれランチセットとデザートの塩プリンを注文。
ドリンクバーを選ぶと、すぐに料理が運ばれてきた。
「「いただきます」」
とりあえず、食べ始める、2人。
紫苑は、チラリと柚子胡椒を見た。
久し振りのせいか、見慣れない制服姿のせいか、妙に緊張する。
それは柚子胡椒も同じらしく、何となく目をそらしながら無言でもぐもぐしている。
そして、食事が8割ほど済んだ頃。
柚子胡椒が、ポツリ、と、言った。
「明日の夜に出発だっけ」
「うん」
「準備大丈夫?」
「おかげさまで完璧だよ」
「そっか」
スプーンを見つめながら、沈黙する柚子胡椒。
そして、しばらくそのまま黙った後、顔を上げて、紫苑の目を見た。
「実はさ、渡すものが2つあるんだ」
彼女は、横に置いてあったリュックサックを開けると、封筒を取り出した。
「これは、みんなから」
「みんなって、チームの?」
「うん。4人で内容を考えて、腹黒小学生さんが文章を作った、異世界で読む用の手紙。困った時とか、落ち込んだ時に開けて読んで欲しい」
紫苑の目が潤んだ。
まさか、ここまでしてくれるだなんて。
「……ありがとう。むこうで困った時とか落ち込んだ時に読むよ」
うん、と、にこっと笑う柚子胡椒。
そして、彼女はリュックサックから割と大きな包みを取り出した。
「あと、これ。2つ目は私から」
紫苑は目を見開いた。
まさか柚子胡椒から何かもらえるなんて!
「ありがとう。開けてみてもいい?」
こくりと頷く柚子胡椒。
なんだろう? と、ウキウキしながら包みを開ける紫苑。
そして、中を見て、広げて。
目をパチクリさせた。
「ええっと……? これって、下着?」
中から出てきたのは、服が2枚。
色は真っ黒で、首元はハイネック、かなり短めの半袖。
どうやら有名スポーツメーカーのものらしいが、見まごうことなき下着だ。
紫苑は思い切り首を傾げた。
高そうで丈夫そうはあるが、これは間違いなく下着だ。
なぜこのタイミングで下着なんだ。
しかも、同じやつを2枚。
解説を求めるように柚子胡椒を見る紫苑。
彼女は、くすくすと笑うと、真面目な顔になって言った。
「異世界の話をしてくれた時に、いつもこういうの着てた、って話をしてたでしょ」
「あ、ああ、うん」
「それを聞いていて、何となく、これが良い気がしたんだよね」
シオンは手元の下着をながめた。
確かに、言われてみれば、向こうで着ていたものとそっくりだ。
でも、なんで?
「ええっと、これをくれる理由を聞いてもいいかな?」
「うーん。 勘?」
「か、勘」
「うん。何となく役立ちそうな気がしたんだ。むこうは冬スタートなんでしょ?」
紫苑は、戸惑った。
確かに、冬スタートだ。
でも、わざわざ日本からこれを2枚も持って行くほどではない。
それに、衣服に関しては異世界の方が発達している面もあるから、そもそも必要ない気がする。
(……でも、まあ、俺のことを気遣ってくれたってことだよな)
確かに、役に立つかどうかは分からない。
でも、その気持ちが嬉しいじゃないか。
せっかく柚子胡椒がくれたんだ。
役に立たなくたってかまわない。
着ていこう。
「分かった。着て行かせてもらうよ。ありがとう、柚子胡椒」
柚子胡椒は、嬉しそうににっこりと笑った。
「うん」
* * *
――ーそして、5時間後。夏の夕暮れ。
2人は、駅に向かって歩いていた。
ファミレスは1時間半ほどで出たのだが、少し歩かないか、と、紫苑が誘い。
その後、 暑いし疲れたからどこかに入らないか、と、柚子胡椒が言い。
カフェに入って話をしていたら、そのまま夕方になってしまった。
「ごめんね。忙しいのに時間使わせちゃって」
「いや、いいよ。色々話せて楽しかった」
少し涼しくなった夕暮れの住宅街を通り、ゆっくりと駅まで歩く2人。
そして、駅が見えるところまで来て。
突然、紫苑が立ち止まった。
つられて柚子胡椒も立ち止まる。
紫苑は、少しの間、迷うように黙った後。
軽く息を吐いて、小さな声で言った。
「俺さ、自分がどうなるか、よく分かんないんだ。
日本にいつ帰って来れるかも分からないし、そもそも帰れるかも分からない」
黙って話を聞く、柚子胡椒。
紫苑は、息を軽く吸い込むと、覚悟を決めたように言った。
「でも、絶対に帰ってくるから、1年……、いや、1年半だけ。その……、待っていて欲しい」
驚いたような顔をする柚子胡椒。
そして、彼女は嬉しそうに笑うと。
自分の小指を、紫苑の手の小指にそっと絡めながら、恥ずかしそうに言った。
「……うん。待ってる。だから、早く帰ってきてね」
紫苑は、そっと彼女の細い小指を握り返しながら、決意を込めて言った。
「うん。頑張るよ」
気がつけば、空は美しい茜色。
2人は照れたように微笑み合うと、ゆっくりと駅に向かって歩いていった。




