16.最終準備と心残り
異世界から戻ってきて、11カ月半。
召喚されるまで、あと2週間。
7月4日、期末テストが終了した、その日の夜。
紫苑はオンラインゲームのパーティーメンバーと、持ち物の最終確認をしていた。
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腹黒小学生:
『カメラはどんな感じ?』
シオン:
『電池2個で10時間くらい持つみたいなんで、電池は20個以上は持って行くことにしました。長持ちする電池を選んでます』
ひまぽ:
『ノートの防水とか大丈夫―?』
シオン:
『ああ、そうですね。万が一に備えてジップロックに入れて行くことにします』
柚子胡椒:
『サバイバル系の持ち物は大丈夫? (‘ω’)ノ 』
シオン:
『柚子胡椒お勧めのパッケージを持っていくことにした』
すみれ:
『サプリ系は?』
シオン:
『すみれさんお勧めのサプリ系も、揃えて入れてあります。通販のURL送ってもらって助かりました』
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部屋に掛けてあるフィッシングベストを確認しながら答える紫苑。
すみれがしみじみと言った。
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すみれ:
『シオンちゃん、本当に成長したわよね。しっかりしたわ』
柚子胡椒:
『うんうん。(*´ω`*)b』
ひまぽ:
『わたしもそう思う。若者の成長はいちじるしいですなー』
腹黒小学生:
『人間って切羽詰まるとこんなに成長できるんだと思った。いい勉強になった』
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紫苑は頭を掻いた。
このメンバーに褒められるのは、ものすごく嬉しい。
それに、自分がこれだけ頑張れたのは、みんなのサポートがあってこそだ。
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シオン:
『皆さんありがとうございます。あと残り2週間、がんばります!』
すみれ:
『がんばって!』
ひまぽ:
『がんばー!』
柚子胡椒:
『 \(^o^)/ 』
腹黒小学生:
『(^^)/』
『そういえば、いつどこで召喚されるんだっけ』
シオン:
『前回は、7月15日21:45、くらいだったと思います』
『その日はイベントに行ってて、ゲームの集合時間に間に合うように走って帰ってきて、部屋に入ったところで召喚されました』
柚子胡椒:
『そっか。ゲームの集合時間直前だったんだね』
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すると、ひまぽが一瞬黙った後。
さも良いことを思いついた、という風に発言した。
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ひまぽ:
『じゃあさー、みんなでお見送りしようよ』
すみれ:
『お見送り?』
ひまぽ:
『会議システムかなんかでつないで、シオン君が召喚されるところをみんなで見よー!』
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紫苑は思わず噴き出した。
さすがひまぽさん、とんでもないことを考える。
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シオン:
『全然いいですよ。むしろ見送ってもらえたら力強いです』
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この紫苑の言葉に、チャット欄が一気に盛り上がった。
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ひまぽ:
『わーい! やたー!』
腹黒小学生:
『マジか……。それいい……。是非見たい!』
すみれ:
『きゃー♪ 異世界召喚の瞬間が見れるなんて、聞いたことないわ。興奮するわね!』
柚子胡椒:
『 (*´▽`*)わくわく 』
ひまぽ:
『よーし! 会議アプリを調べよー!』
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早くも会議ツールを何にするか検討を始める、腹黒小学生とひまぽ。
シオンは苦笑した。
どうやら、とてもにぎやかな出発になりそうだ。
でも、1人で行くよりはずっといい。
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シオン:
『じゃあ、俺、明日早いんで、寝ます』
すみれ:
『お疲れさま。後はまかせて』
ひまぽ:
『決まったら連絡するねー』
腹黒小学生;
『 ノシ 』
柚子胡椒:
『 (@^^)/~~~ 』
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おやすみなさい、と、打ち込んでログオフする紫苑。
そして、PCの電源を落とした後。
彼は、椅子の背もたれに寄り掛かると、ハアッと溜息をついた。
「あと2週間かあ……」
不安はあるが、そこまでは大きくない。
これ以上ないほど頑張ったという自負があるし、みんなにも手伝ってもらった。
これぞ準備万端だ。
しかし、1つだけ。
1つだけ、想定外の心残りができてしまった。
――柚子胡椒だ。
紫苑は、経験不足も手伝って、惚れた腫れたにかなり鈍い。
いいな、と、思う女子はいるが、好きかどうかは分からない。
そういう感じがずっと続いていた。
しかし、さすがの紫苑も、今回は自分の気持ちに気が付いていた。
自分は、柚子胡椒のことが、ものすごく好きだ、と。
異世界でシャーロット王女にずっと憧れていた。
今思えば、好きだったかもしれない。
しかし、柚子胡椒に対する気持ちは、それとは比べ物にならないほど強く重い。
ここまで人を好きになったのは初めてかもしれない。
でも……
(……俺、2週間後から異世界なんだよな……)
紫苑は、深い溜息をつくと、両手で顔を覆った。
(は~。うまくいかないな~)
実のところ、彼は柚子胡椒に会いたくてたまらない。
これから行くまで、毎日でも会いたいくらいだ。
しかし、紫苑は2週間後に異世界に行く身。
しばらく会えないどころか、下手をすると、もう二度と会えない可能性すらある。
待っていて欲しい、と、言いたくてたまらない。
でも、柚子胡椒は優しくて義理堅い女の子だ。
下手にそんなことを言ったら、彼女の人生を縛ってしまうかもしれない。
それだけは絶対に避けたい。
紫苑は息を大きく吐くと、両手で頭を押さえながら呟いた。
「……すごく会いたいけど、きっと、もう、会わない方がいいんだろうな……」
その日、紫苑はなかなか寝付けなかった。




