09.剣術の稽古と2学期の始まり
元の世界に戻って来て、1カ月半。
異世界召喚まで、あと10カ月半。
残暑が厳しい9月。
ここまでの、成果は下記。
<筋トレ・体重>
・すみれの作った筋トレプログラムに加えて、バランスボールを導入した
・筋トレの一環として、剣術の素振り稽古を始めた ★New!
・大好物のカップ焼きそばを食べる頻度を、1日1個⇒3日に1個に減らした ★New!
・体重が7kg減った!
<勉強>
・サルでも分かっちゃうぞ!シリーズの、政治経済入門を読破
・中国歴史漫画全巻に挑戦中
異世界で、紫苑には1つ大きな心残りがあった。
それは、「剣術の習得ができなかった」ことである。
異世界の剣術は、「ローズタニア流剣術」。
8種類の基本型を組み合わせて発展させるのが特徴の流派だ。
初心者は、まず8種類の基本型の練習を徹底的に行い、徐々に組み合わせや応用の練習を行っていく。
連続技など見た目の派手さとは裏腹に、地道な練習が物をいう実戦的な剣術だ。
前回の紫苑は、地道な練習が嫌で、サボりにサボりまくった。
師であるカルロス騎士団長にお尻を叩かれて、なんとか8種類の基本型は習得したものの、強い魔物相手に通用するレベルに至らず、腰の剣は飾り状態だった。
紫苑は思った。
前回は、魔力が切れたら何も出来ず、結果、仲間を死なせた。
今度は、剣術を身に付けて、魔力がなくなっても戦える男になろう。
あと、単純に、剣が使えた方がカッコいい。
そんな訳で、筋トレのお陰で体が動くようになってきた紫苑は、異世界で習った剣術の練習を始めた。
最初は、鏡の前で、カルロスの言葉を思い出しながら、型を意識した素振りの練習。
次に、木刀を手に入れ、庭で素振りの練習。
思ったよりも覚えており、8種類の基本型は問題なくクリア。
前回は、知識の習得だけで終わった、型の組み合わせ練習も視野に入ってきた。
異世界でサボった分、これからも地道に練習を続けていくつもりである。
―――そして、9月1日、2学期初日。
紫苑は、緊張しながら学校の廊下を歩いていた。
異世界召喚されていた期間を含めて、約1年振りの登校。
久々の学校は、とても平和でにぎやかだ。
懐かしい気持ちで階段を上り、教室に入る紫苑。
すると、窓際に座っていた男子2人が、紫苑に向かって手を挙げた。
「よ~。久し振りですな」
「例の映画見た?」
2人とも、漫画やアニメが好きな趣味仲間だ。
紫苑は自席に鞄を置くと、少しだけドヤッとした顔で2人に近づいた。
「おはよう。久し振り」
ちなみに、なぜ紫苑が、少しドヤッとした顔で近づいたのか。
それは、彼に謎の自信があったからだ。
(俺、ちょっとカッコよくなったんじゃね?)
夏休み中、 “ 世界を救う男 “ を目指して、毎日筋トレと勉強に励んだし、何といっても異世界帰りだ。
表面には現れない、なにかオーラのようなものが変わっていても不思議はない。
これは、友人2人に「多田君、カッコよくなったね!」と言われてしまう感じじゃないだろうか。
ちょっぴりドキドキしながら2人のコメントを待つ紫苑。
そんな紫苑に目もくれず、夏休みのアニメ映画の話に熱中する2人。
そして、我慢できなくなった紫苑が、自ら「俺、なんか雰囲気変わってない?」と切り出すと、2人はポカンとした顔で紫苑を見た。
首を傾げ、ちょっと不安そうな紫苑をしげしげと見る。
そして、分かった! という風に、1人がポンと手を叩いて言った。
「ああ! もしかして、ちょっと痩せた?」
「あ、本当だ。すごい! ちょっと痩せてる!」
すごいすごいと褒められ、まあな、と、照れつつも、紫苑は内心しょんぼりした。
褒められたのは嬉しいけど、期待してたのとなんか違う。
そんな紫苑の心など露知らず、再び映画の話に熱中する2人。
紫苑は内心溜息をつきながら思った。
「世界を救う男への道は、まだまだ遠いな」と。
* * *
その日の下校時間。
紫苑は帰る準備をしながら、そっと周囲をうかがった。
夏休み明けのせいか、全体的ににぎやかで浮かれた雰囲気だ。
黒板の前には、いつも通り、カースト上位の運動出来る系男子達が集まって、大声で笑い合っている。
以前の紫苑は、彼等に対して苦手意識のようなものを感じていた。
自分の方が劣っているような、相手に馬鹿にされているような、そんな感覚だ。
しかし、今は不思議と何も感じない。
もしかすると、感覚のようなものが変わったのかもしれない。
部活に向かう生徒を横目で見ながら、帰路につく帰宅部の紫苑。
足早に歩きながら、彼はこれからのことについて考えた。
(とりあえず、学校は以前の通り無難に過ごそう。
そして、なるべく早く家に帰って、異世界に行くための準備をしよう)
元の世界に戻ってきて1ヶ月。
あっという間に時間が経った。
うかうかしていたら、あと11か月ぐらい、すぐに過ぎてしまうに違いない。
紫苑は、改めて気を引き締めた。
学校とトレーニングの二足の草鞋は大変に違いない。
でも、俺は世界を救う男だ、これぐらいで音を上げていられない。
彼は拳をグッと握りしめると、無言で、その拳を天に向かって力強く突き上げた。
(よし、がんばるぞ!)
そして、彼は、横を歩いていた女子高生たちの、「なに、あの人」という、冷たい視線をものともせず。
颯爽と家に向かって走っていった。




