魔法世界史:魔法と電気
火力発電や、原子力発電が湯を沸かして発電するように。
魔法の存在する世界でも、魔力で湯を沸かして発電するのではないか。
ポール・アンダースンの『大魔王作戦』や、ラリイ・ニーヴンの『魔法の国が消えていく』的な小話を、魔法の存在する地球の歴史で描いてみました。
電気の歴史は、魔法と同じくらい古い。
〈雷〉などの雷撃系魔法は、天から落ちる雷と同じものである。特徴的な火傷をみればすぐにわかる。
雷撃系の魔法は特性が偏っており、対策はたやすい。エジプトには避雷針を背負わせた奴隷兵を前に出して雷の威力を減衰させたらしき壁画がある。
アレク“サンダー”大王は、自身の広域雷撃魔法をファランクス兵の持つ長槍に落とし、付与魔法として戦った。だがこれは、熱狂的に大王を支持する兵がいてこそ可能な、捨て身の戦術である。大王の東征軍では、兵はこぞって落雷による火傷を聖痕として見せびらかし、大王への愛と忠誠を示した。
アレク“サンダー”大王没後、雷撃系魔法は廃れた。
古代地中海文明の次の覇者であったローマは、雷撃系より炎熱系の魔法を好んだ。
風呂を沸かせるからである。
ローマ人の風呂好きは有名で、新しい浴場を建てるため諸国を征服したのだといわれているほどだ。
これはあながち嘘ではない。
日々、浴場の湯を炎熱系魔法で沸かすには、大量の魔力を必要とする。
増え続ける魔力需要を満たすため、ローマが選んだのが奴隷制度だ。初期には神殿で奴隷を生贄としてローマの神々に捧げて土地に魔力を流していたが、これでは回復に時間がかかる。
奴隷を生贄に捧げるよりも多くの魔力を、迅速に集めるためローマには闘技場が建設された。闘技場で奴隷剣闘士を戦わせ、観劇するローマ市民の熱狂から魔力を集めるようになったのである。
そして集めた魔力で風呂を沸かした。
やがてローマは魔力の枯渇と蛮族の襲撃によって滅びるが、効率よく湯を沸かすために特化した魔法技術の数々は、後の魔法発電所に受け継がれる。
奴隷を生贄に捧げてまで風呂に入ったローマの悪名のせいで、中世以後、ヨーロッパでは入浴の風習が廃れた。
中世ヨーロッパに浸透したキリスト教は、祈りによって回復する魔力のみを善とし、それ以外の魔力の補充を悪とした。
世俗領主は、それでは不足する魔力を、馬上槍試合によって補充した。ローマの闘技場の縮小版である。後に世俗領主とカソリックは、共に手を携えて十字軍遠征という形で宗教的熱狂を起こす仕掛けを実行に移すようになる。
一方で、敬虔な修道士たちは、隠棲して祈りの日々を送り、わずかな魔力をいかに使うかに心を配った。文献に残った修道士の思索は、現代魔法科学の視点では誤りも多いが、ルネサンスへの扉を開いたのも、彼らである。
最初の魔法発電の仕組みが作られたのは、他の多くのものと同じく中華文明だ。九世紀のことである。
現在のように炎熱系魔法を使うタイプではなく、運動系魔法によって円盤を回転させ、電磁誘導によって発電する。生み出された電気は、皇帝の宮殿を光で照らしたという。
魔法発電の技術は西に渡り、インドではヒンドゥー寺院で祝祭に用いられた。
さらにイスラム文明を経由した魔法発電は、ヨーロッパへ渡った。
どの文明圏においても、魔法発電は実用性の乏しい技術とみなされていた。電磁誘導に必要な回転運動を得るためには、生み出される電力より多くの魔力を消費するからだ。
魔法発電の転機は十八世紀に訪れる。スコットランドの発明家ジェームズ・ワットが炎熱系魔法による蒸気機関の改良を行ったことで、魔力消費を抑えた回転運動が持続可能になったのだ。ワットは幻の鉱物と呼ばれる“石炭”を掘り出すため蒸気機関による排水装置を作ったのだが、残念ながら“石炭”は存在せず鉱山は閉鎖。ワットの業績としては蒸気機関だけが残った。
蒸気機関と魔法発電の組み合わせは、十九世紀のイギリスに産業革命を起こした。ロンドンの街は電気灯によって照らし出され、蒸気自動車が湯煙をあげて煉瓦道を走った。
もしもワットが求めた“石炭”が実在していれば、製鉄にも応用がきいて鉄鋼の量産が可能となり、安価になった鉄鋼によって鉄道が普及した可能性もある。
魔法発電所の普及により、地球全体の文明は飛躍的に進歩した。
炎熱系蒸気機関の回転運動が生み出した電力が、無線通信を実用化したのだ。
〈遠話〉の魔法に頼らない遠距離通信は、魔力に新たな道を開いた。
遠く離れた土地で、何十人もの術者が無線連携して行う儀式魔法の実用化が進み、天候操作さえ可能になった。
どこまでも届く音楽で人々を熱狂させ、魔力を回収する演奏家や歌手は、国家戦略さえ左右する存在となった。
魔力が蒸気を生み。
蒸気が回転運動を起こし。
回転運動が電気を発生させる。
そして今や、電気が魔力を産出するのだ。
飛躍的に増大した魔力と儀式魔法は、地球文明をいかなる道へ導くのだろう。
反重力魔法を実用化し、星の世界へ向かうのか。
降神魔法を実用化し、神に世界を捧げるのか。
あるいは、破滅的な世界大戦を生じさせるのか。
地球文明の行く末は、我ら一人一人の選択にかかっている。