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異世界召喚を命じられた魔術師から言わせてくれ



「王国に仕える魔術師達よ。時は来た。この世界を救う勇者を異世界から召喚するのだ」


(急に呼び出されたと思ったら……このジジイ、世迷い事をドヤ顔で言いやがった)


 国家魔術師のテトは呆れ顔で、玉座にいる国王を見上げた。 


 (おごそ)かで絢爛(けんらん)なる謁見の間。

 王だけではなく、この国の重鎮たる人物達や、国王直属の騎士達が並んでいる。皆が一様に口を噤み、王の言葉だけが室内に響いていた。


「ひと月前に魔王が復活した事は知っているだろう。我が国にも三日前、辺境を護衛する騎士達から魔物が出現したと報告があった。魔王を野放しにしてしまえば、この国だけではなく、世界が破滅へと向かうだろう。そうなる前に、異世界から勇者達を召喚して、魔王を討つのだ」


 魔王。

 世界に厄災をもたらし、恐怖のどん底に突き落とす存在。


 この世界にいる人間達では歯が立たず、異世界から召喚した勇者達の手により魔王を倒したという伝承がこの世界に残されている。

 異世界人達は、この世界の人間では比べ物にならない程の強さや魔力を持っているという。


 千年に一度復活する魔王を倒すべく、異世界召喚を行うのが、この世界のアホな決まりとして存在していた。


 国王の熱弁を右から左に受け流すテト。この場にそぐわない不真面目なテトの態度に、部下の魔術師が慌ててローブの裾を掴んで無言のまま注意する。

 この部下が女性なら、不安そうに上目遣いでローブを握り締められるというシュチュエーションにキュンとくるだろう。

 しかし、悲しい事に部下は年上の男。野郎にやられても気色悪いだけで、テトのテンションはさらに急降下した。


「これは、世界平和の為の大いなる役目。さあ、魔術師諸君。王国に伝わる勇者召喚の儀式に取り掛かるのだ!」


 片手を高らかに上げる国王。本人は名演説をしたと思っているのだろう。胸を張って、『決まった』と言わんばかりのドヤ顔をキメる。

 しかし、動き出さないテトや不安げな顔でテトを見つめたまま動かない魔術師達を見て、国王は「あれ?」と少し焦った顔になった。


「魔術師長〜!」

 部下が再びテトのローブを握り締め、救いを求めるような涙目で訴える。

 年上のおっさんの涙目は精神的に堪えるからやめてほしい。

 テトは苦い顔をして溜め息を吐くと、国王を見上げて片手を上げた。


「王よ。発言してもよろしいでしょうか?」

「お? よ、よかろう」

 反応があった事に安堵したのか、国王が頷く。テトはもう一度深く息を吐き出すと、口を開いた。


「ぶっちゃけ、やりたくないっす。まじふざけんなって感じっす」


「魔術師長ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」

 テトの発言に、部下が涙を飛ばしながら叫んだ。やばい。鼓膜がやばい。絵面もやばい。

 テトの発言を理解出来ないのか、国王は呆然としていた。


「き、貴様! 王に対して何だその口は!!」

 王の側に控えていた宰相が、テトに向かって激昂する。テトは頭を掻きながら、口をへの字に曲げた。


「えー? だって異世界召喚って簡単に言ってくれちゃいますけど、色々大変なんですよ? 違う世界同士を繋ぐ時に起きる歪みとか、それによって消費されるこの世界の魔力のバランスを取らなきゃいけないとか。どんだけ残業させられるか考えるだけでも憂鬱です」


 国王はまだショックから立ち直れていない様子だ。一国の王という肩書きを持っているのに、自分の思い通りではない展開への理解が遅れて大丈夫なのだろうか?


「しかし、他の国では、勇者召喚を成功させているぞ! 自分が出来ないからと、あれこれ言い訳を並べて恥ずかしくないのか!! 口ばっかりが達者な若造が!!」


 さらに顔を赤くして喚く宰相に、テトはやれやれと深い溜め息を吐いて笑う。


「宰相様ともあろう御方が、若造に比べて随分と世間知らずでいらっしゃる。異世界から勇者を召喚させた国の現状を知っておられぬとは……」

「何!?」


 テトは靴のつま先で床をタンと鳴らす。靴に仕込んでいた魔術紋が反応し、テトの頭上に映像が映し出された。


「異世界召喚を行った国で起きた事を収めた映像です。このように、異世界から来た勇者は『勝手に召喚された』と主張して国から金を巻き上げ、国民達に『俺は勇者だ』と言って盗賊紛いの恫喝・暴行を働いています。『異世界生活を満喫しよう』など宣って、やりたい放題ですよ」


 テトが魔法で出した映像には、勇者が『新しい技の試し斬りだ』と言って他国の民を傷つける場面や、『レアアイテムよこせ‼︎』と店から金品を強奪する場面、村娘を力で屈服させて無理やり自分のものにしようとするものが流れた。


 国王も宰相も映像を見て唖然としている。


「まあ、異世界から召喚された勇者の言い分も理解できるんですよね。突然知らない世界に連れて来られるなんて『ふざけんな!』って感じでしょうからね。鬱屈した感情から、このような非行に走ってもおかしくないでしょう」


 テトが流した映像は、他国にいる友人の魔術師からもらった物だ。友人は自国の王に命じられて、勇者の異世界召喚を行った。


 勇者達から『家に帰して』と責められ、召喚した勇者が非人道的な行為をすれば『お前が召喚する人間を間違えたんだ! どうしてくれる!!』と王や国民から責められ、友人は心を病んだ。


「し、しかし! 魔王を野放しにしておくべきではないだろう!? この世界の人間は、魔王に手も足も出せないのだぞ!! 対抗出来る勇者達を召喚せず、このまま滅ぶのを待てというのか!?」


 駄々をこねる子供のように憤慨する宰相。テトは腕を組んで首を傾げた。


「ていうか俺、前から思ってたんですけど、逆にしたらいいんじゃないですか?」


「逆?」

 訝しげに問い返す宰相に、テトは頷く。


「異世界から来た人間は、この世界の人間より鬼畜すぎる程に強いじゃないですか。十年以上死線を潜り抜けてきた騎士達三十人がかりでも、異世界から来た女の子一人倒せないって聞きましたよ? 異世界人的に言うと『チート』と呼ばれるものらしいですけどね。真面目に生きているのが嫌になるくらいだと聞きます」


 謁見の間にいた騎士達の内、勇者召喚を行った国出身の数名が頷く。

 彼らは勇者に圧倒的な負けを喰らって自信喪失の末に放浪の旅に出て、ふらついていた所をこの国の騎士団長にスカウトされた有能な騎士達だ。


「こっちに異世界の人間を呼ぶんじゃなくて、そんな強い人間がわんさか蔓延(はびこ)っている異世界に、魔王を送っちゃえばいいんじゃないっすか?」


 テトの発言に、謁見の間が静寂に包まれる。

 

 テトの友人の魔術師が異世界人から聞いた話によれば、異世界は争いもなく平和で、召喚された全員が剣を握った事すらなかったという。

 平和ボケするような世界で生きて来たにも関わらず、聖女の称号を持つか弱そうな女の子が『きゃー! 怖いー!!』と言いながら、筋骨隆々の男達を片手で蹴散らす悪夢の光景を作り出していたらしい。


 いや、それならもう、そいつらの世界に送れば魔王瞬殺だろう?

 

「た、確かに……」

「王!?」

 納得したような国王の呟きに、宰相が驚く。


「異世界に魔王が送られても、異世界人ならプチッと潰せるでしょうから問題ないですし。異世界人も異世界に送られずに済むし。この世界も平和になって良い事づくめですよね。魔王を異世界送りにするのも、勇者の異世界召喚と原理は一緒だからコストの違いはない。異世界人達のアフターフォローをしなくて良いから、こっちの方が国家予算を抑えられておすすめですよー」


 テトは畳み掛けるように利点を口にする。宰相は疑いの目を向けているが、国王は「なるほど」と頷いている。場の流れは、完全にテトに向いていた。


 テトは映像魔法を使い、『いかに異世界召喚をする事がデメリットになるか』と『魔王異世界送りによる平和的解決方法』を国王にプレゼンした。

 宰相が何かを言っても、最終的に決めるのは一国の主だ。



 プレゼン後……。


「魔術師達よ! 今より、世界平和の為に、魔王を異世界送りにする儀式に取り掛かるのだ!!」

 

(はい。ちょろい)


 都合よく丸め込まれてくれた国王に、テトは恭しく礼をする。


「国王の仰せのままに」



***

 


「魔術師長! あんたは!! もう! 王様に対して、あんな口を!! 宰相様にも! 首を刎ねられたらどうするんですか!?」


 謁見の間から出て、魔術師達が使っている一室に戻ると、部下がテトのローブの襟元を掴んで前後に揺さぶって怒鳴った。

 テトはガクガクと揺れながら、飄々と笑う。


「いや、俺が首を刎ねられるわけないし。物理攻撃カウンターの魔法陣を体に仕込んでるから、攻撃してきた奴が死ぬだけだから大丈夫だって」

「そういうことじゃないんですよ! このお馬鹿!!」

 若干、女性っぽい言葉遣いになりながら、部下は涙目で訴える。


「あんたが天才なのはわかりますけどね! 国に仕える身なんですから! ちゃんと立場を考えて発言してください!!」

「へーい」

 やる気のないテトの返事に、何を言っても無駄だと悟った部下は深い溜め息を吐く。


「まあ、私も異世界召喚には反対ですから、魔術師長の言葉には助かりましたが……」


「逆に魔術師達の中に賛成する者は誰もいないだろうな。宰相以外のお偉い様も、周りにいた騎士達も異世界召喚には乗り気じゃなかったみたいだし。本当、上に立つ人間が浅はかだと下の人間は苦労するよなー」


「浅はかでなくとも、上の人間が礼儀知らずだと下の人間は苦労しますよ? 私は今日の謁見で寿命が三年は縮みました」


 棘を刺してきた部下から目を逸らし、テトは魔法書を手にする。


「さて、王命もらったし。魔王を異世界送りにする儀式に取り掛かるかー」


「あ、逃げやがりましたね。というか、本当にやるんですか? いきなり魔王を送るなんて、異世界の人に迷惑かかりませんか?」


「ああ、大丈夫だろう。異世界にはそういうのを『ゲーム』だと言って張り切る英雄願望を持った人間がいるらしいし。さっき言ったように、化け物並みに強い人間ばっかりだからなー」

 

 テトは浮かべていた笑みを消す。


「あれ? ぶっちゃけ魔王可哀想じゃね? 知らない世界に飛ばされたと思ったら、自分はか弱いベイビーで、周りはゴリラ並みの猛者ばかりだぞ? せっかく千年の眠りから目覚めて世界を破滅させてやろうとしていたのに。……まあ、いいか」


 魔王を哀れに思いながらも、しれっと開き直ったテトは儀式の魔法陣を描いて笑う。


「これも世界平和の為ってね」



***

 


 国家魔術師達による『魔王を異世界送りにする術』は無事成功し、この世界に平和が訪れた。


 異世界へ送られた魔王に付けた映像記録用の魔法道具には、『ふざけんな! ゴリラ共ぉぉ!!』という魔王の断末魔と共に、異世界人による『魔王フルボッコ』が記録されていた。


 その映像を見たこの世界の人間全員が『異世界人、まじやべえ』となり、魔王が現れたら異世界から勇者を召喚するというアホな決まりは消滅した。



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