幕間「フードの少女」
「やーい瑠璃の怪物!」
「なんでお前みたいな怪物のブスが王立学院に来てんだよ!」
「そうだそうだ!怪物は怪物らしく森か山にでも篭っとけよ!」
「人間様のところに来てんじゃねーよ!」
「ギャハハ!」
7歳のときから王立学院に通うようになりこんな言葉を毎日男の子たちに投げかけられるようになった。
いや言葉だけならどれほど良かっただろう……
「オラー!勇者の剣だ!」
「怪物を退治するぞ!みんな抑えろ!」
「喰らえ!怪物め!この勇者が退治してくれる!」
私を悪者の怪物に仕立てあげていつも私を虐めてくるリーダー格の男の子と周りの男の子たちが私を抑えて棒で殴ってくる
「ドガッ!ドガッ!ドガッッ!」
痛い!痛い!
棒が頭を……胸を……お腹を
勇者役の男の子が何度も棒で私を叩いてくる。
逃げられないように体を抑えられ手で庇うこともできない……
お願いだから辞めて……
「オラッ!邪悪な怪物め!」
「どうだ!どうだ!このブス!」
「ハアーハァー……」
「疲れた。次誰かやる?」
「俺がやる!昨日魔王と正義の賢者が戦う本を読んだんだ!魔王を退治してやる!」
「さあ!この邪悪な魔王め!この正義の賢者が倒してやる」
私を棒で殴る男の子の相手が変わり、次は私を魔王と見立てて私を殴るために棒を受け取った。
やめて……やめて……私はあなた達になにもしてないじゃない……
痛みと恐怖で震えながらなんとか声がでた……
「やめてください……お願いします……」
「やめてください?……ハッハハ」
「やめてください!やめてください!オラオラ!」
男の子が私の言葉を真似しながら棒で殴ってくる
「ドガッ!ドガッ!ドガッ!」
痛い!痛い!痛い!やめて……
お願いだから……謝るから……
「お願いします!お願いします!魔王め退治だ!」
「ドガッ!ドガッ!ドガッ!」
何度も棒で殴られ続け鼻血が出て床に血が落ちる
「魔王が血を出したぞ!もうすぐで倒せる!」
「お前ら!しっかり抑えておけよ!」
「さあ魔王!トドメだ!」
男の子が大きく棒を振りかぶるのを何度も棒で殴られ腫れ上がった目で見る。
「ちょっともうすぐ先生が来ますわよ!おやめなさい!」
1人の女の子が止めに入った。
彼女はバーナード伯爵家の子女で男の子たちが可愛い可愛いといつも騒いでる子だ。
「なんだよバーナード止めるなよ」
「あなたたちがその"怪物"を叩くのは構いませんがもし先生が見たら面倒ですわ」
「私のお願いは聞いてくれませんの……?」
女の子が男の子に近寄り少し見上げてお願いする。
男の子達は顔を赤くして私から手を離す。
私を棒で殴っていた男の子は棒を放し照れながら
「しかたねーな!魔王退治は今度にするよ」
「ありがとう、私のお願いを聞いてくださり嬉しいですわ」
女の子は微笑みながらお礼を言い、そして私に向いて
「"怪物"さん、床が汚れていますわ。早く掃除してください」
「怪物の血が落ちてる教室で過ごすなど気持ち悪くてたまりませんわ」
私に掃除をしろと言い残し自分の席に帰っていった。
「やっぱりバーナードは可愛いよな……」
「ああ少し気が強いのもまた良い」
「あんな可愛い子と同じクラスになれてラッキーだったぜ……」
「あれで伯爵家の長女だろ?あんなに可愛くて家柄も良いとかほんと理想の女の子だよな」
男の子たちがバーナードさんを褒めているのを聞きながら殴られて血が落ちた床を掃除する。
「ほんと"怪物"と同じ女とは思えないぜ!」
「俺が女装したほうが絶対可愛いよな?」
「ああ可愛い可愛い。俺付き合うなら怪物よりお前のほうがいいわ!」
「こんなドブスと付き合うくらいなら死んだほうがマシだ」
黙って私とバーナードさんを比べて私を馬鹿にしているのを聞きながら掃除を続ける。
確かにバーナードさんはとても可愛い。顔が小さくて目が大きてクリクリしていて口も鼻も小さくて可愛い……
長い茶色の髪の毛がサラサラで手足が長くて体も華奢だ。
本当に美少女だ……
なにひとつ私と似ていない……
駄目だ……自分が惨めすぎて泣きそうだ……
でも泣いたらまた「怪物が泣いた」と言われて虐められる……
必死に泣くのを堪えて掃除をする。
掃除が終わり、自分の席に戻ると教室に先生がやって来た。
「おーいそろそろ授業を始めるぞ。」
「ん?おい。ハワード何だその顔は?」
先生に殴られ顔が腫れ鼻血を手で抑えているのを指摘される。
男の子達に殴られたと言ったらもっと酷い目にあう……
「さっき転びました。すいません……」
「転んだ?"怪物"も転べば血が出るんだな?みんな覚えておくように」
「人間離れした怪物でも転べば血が出るってな!ハッハッハ!」
「ハッハッハ!!」
先生が私を怪物でも血が出ると馬鹿にしクラス中がつられて笑う。
俯き少しでも顔を隠しながらみんなの笑い声を聞く。
もう消えたい……
「さあ授業を始めるぞ」
先生が授業を始めた。
泣きそうになるのを我慢しながら勉強をする。
授業自体は簡単だ。
毎日予習をして勉強をしているから授業の内容はよくわかる。
醜女なのだから勉強くらい出来ないといけないと思って勉強していたし王立学院に入学して私はずっと成績がトップだ。
そのせいで余計に目をつけられているのかもしれない。
実際にバーナードさんは……
本当は成績をわざと悪くしたほうがいいのかもしれない……
でも成績を落とすとお父様に怒られる……
「醜女のくせにまともに勉強も出来んのか!」
「醜女なりに努力しようとも思わん恥知らずが!」と……
「さて、もう少しで後期テストが始まるぞ」
「みんなしっかり勉強するように」
「え~テストかあ……」
「どうせ"怪物"がまたトップだろ?」
「"怪物"のくせに勉強はできるのが腹立つわ!文字読めるのが不思議だよな!」
「確かに!怪物はどこで覚えて来たんだよ」
「人喰って覚えたんじゃねーの?確かそんなモンスターいた気がするぞ」
……お母様が生きてた頃にお母様が毎日優しく教えてくれたの……
そんなこといわないで……
お母様との大切な思い出をそんな風に言わないで……
「私語をやめなさい。ハワードがいつも1番なのは確かだが。バーナード今回は頑張れよ?」
「いつもハワードに負けて2番だからな。バーナード伯爵家の長女が1番じゃないと立場ないだろ?」
やめて……私の名前を出さないで……
変に注目させないで……
バーナードさんは苦虫を噛み潰したように顔を歪ませた。
「わかっていますわ……今回こそハワードさんではなく私が1番になりますわ。」
「ああ。頑張れ」
駄目だ……バーナードさんが……
学院の授業が終わりわたしは足早に帰宅の準備を始める。
このままだとまた男の子たちかバーナードさんたちに……
急いで荷物をまとめ学院の玄関を出て帰る。
早く早く……
家に早く帰ろうと早足で歩きながら細い路地を曲がったところで
「ハワードさん。そんなに急いでどうされたのですか?」
路地の角でバーナードさんといつも一緒にいる女の子達が待っていた。
「少し私達とお話しません?」
リサーシャ・バーナードは伯爵家の長女でありその可愛らしくも美しい可憐な容姿でありながら学院での成績もトップクラスでまさに才色兼備の少女だ。
腰まで伸ばした長く美しい赤みがかかった茶色の髪。
人形のような小さい顔で大きくクリクリとした印象を受ける目と琥珀色の淡いオレンジ色に光る瞳。
細く小さい鼻。可愛らしい唇。
折れそうなほど細く長い手足。
白く透き通るような美しい肌。
その美しく可憐な容姿と伯爵家の家柄。
彼女に逆らえるものは誰も居ない。
すべてこの美しい容姿で許されてしまう。
もし容姿が通用しなくても伯爵家の家格の権力で済ませてしまう。
学院の入学試験で主席を奪われたときからルリアに並々ならぬ敵意と悪意を持っている。
学院の女子生徒の中で1番カーストが高く女子生徒達を仕切っているのは彼女である。
元々ルリアには入学したときには軽く喋ってくれる家格が低い女子生徒や男子生徒は居たがバーナードに目をつけられ虐められたことでルリアに近づく女子生徒は居なくなった。
伯爵家の長女である彼女は表立ってルリアを虐めたりしていないがルリアの制服を切り刻んだり持ち物を捨てたりルリアと仲良くする人間を見せしめに虐めることで牽制しルリアをどんどん孤独に追いやってきた。
バーナードはその美貌で男子生徒からの人気も高く、バーナードがお願いすれば男子生徒達もバーナードの言う通りにする。
伯爵家の家柄で学院の教師も強く言えない。
家柄も容姿も兼ね備えたまさに"女王"だ。
ルリアは王立学院に入学してから女子生徒に無視をされ、男子生徒には聞くに耐えない悪口を言われ、暴力までふるわれるようになった。
家に帰れば父親であるハワード卿に毎日のように「恥知らずの醜女が!」と怒鳴られていた。
母親であるアリアが残した小屋で毎日1人で誰にもわからないように泣くのが日課になっていた。
なにもかもが違うルリアとバーナード。
産まれ持った美貌と家柄ですべて許されてきた少女。
産まれ持ってしまった醜い顔のせいで実の父親にも愛されず外でも内でも居場所がない少女。
"同じ世界"に生まれて"同じ世界"に生きているというのあまりに残酷すぎる。
バーナードにはいつも2人の取り巻きがいる。
ルリアと同じ子爵家のナナミア・ダグラス。
男爵家のチェーダ・ケッペル。
主にこの2人がバーナードの言う通りに動き、他の女子生徒に指示をする。
「ハワードさん。少しお話しましょう?」
どうしよう……
バーナードさんが待ち伏せしていたなんて……
「聞こえませんの?早くこちらに来てください」
「……」
黙ってバーナードさんのところに歩いていく。
逃げても無駄だ……
「さて。ハワードさん、こうしてあなたを待っていたのは大切な理由があるからですわ」
理由?嫌な予感がする。
「次の定期テストを受けないで欲しいのですわ。辞退してください。」
「私には今他国の王族からの縁談話が来ております。学院で1番を取らないとその縁談話が無くなります」
テストを辞退……
できることならしたい。
だけどテストを受けないとお父様が……
「どうなんですの?ハワードさん」
「テストを辞退することは出来ませんが……」
「意図的に成績を落とします……」
成績を落とすだけならまだお父様に怒鳴られるだけで済む……
「ハワードさん。私は"辞退"しろと言いました。意味がわかりませんの?」
「辞退は出来ません……お父様に怒られます……」
「そう……それが返答ね……」
バーナードさんが合図をして周りの2人が私を抑える
「なら学校に来れなくすればいいのですわ。その醜い顔に不釣り合いな綺麗な髪を切ってやりますわ!」
バーナードは以前からルリアが自分より成績が良いのが許せなかった。
なによりも美しい自分が持っていない"瑠璃の女神"譲りの金色に光り輝く生糸のようなルリアのブロンドの髪をコンプレックスに思っていた。
「さあ!その美しく不釣り合いな髪を切ってあげますわ!」
ハサミを持ったバーナードさんが私の髪を掴みながらそう言う
「まったく!私ですら羨ましいと思うこの美しく光るブロンドの髪!前から目障りでしたわ!」
「"怪物"らしく髪も醜く切ってあげますわ!」
嫌だ!
やめてやめて……
この髪は美しかったお母様と唯一似てる髪なの……
唯一私が自分の好きなところなの……
この髪が無くなったら……失ったら……
本当に私はただの"怪物"になってしまう!
嫌だ!嫌だ!
お母様と唯一の繋がりを失ってしまう……
バーナードさんがハサミを私の髪に滑らせる
「やめてください……お願いします!」
「この髪だけは!この髪だけはやめてください……顔ならいくらでも殴っても叩いてもいいので……」
「この髪だけは……」
必死に訴えるとバーナードさんは不気味に笑いハサミに力を入れる。
助けて!誰か助けて!お願い!
髪を切られるのを誰かに助けて欲しいと必死に周りを見る。
1人の男性と目が合った。
お願い!お願いします……
助けてください!
男性は面倒くさそうに関わりたくないように私を見て去っていった……
ああ……やっぱり私は誰にも助けて貰えないんだ……
この世界で誰一人私を助けてくれる人は居ないんだ……
ハサミが私の髪を切る音がした
…………
「まったく。これで怪物らしい髪になりましたわね」
「……」
髪を切られ呆然と地面に落ちた自分の髪を見つめる。
「これで"怪物"もテストを受けに来れないでしょう!さすがです!バーナード様!」
取り巻きの2人がバーナードさんを持ち上げている。
バーナードさんは自分の赤茶色のロングの髪を見せつけるように手でかきあげながら
「さあ"怪物"さん。最後のお願いですわ。もうテストは受けないでくださいね」
「まあただでさえそんな醜い顔なのに髪も失ってまともに外も出れないでしょうけど……」
「では私達はこれで失礼しますわ。ご機嫌よう。」
バーナードさんは地面に落ちている私の髪を何度か踏み、満足そうに去っていった。
気がついたらいつも泣いている小屋に居た。
自分の切られた髪を握りしめて。
呆然としながら鏡を見る。
醜い顔にハサミで不恰好に切られた髪。
ところどころ刈り上げられたように剥げている箇所もある。
まるで頭にいくつか大きな穴が開いてるようだ。
本当に物語に出てくる怪物のようだ……
鏡に映る自分を見て切られた髪を握りしめながら崩れ落ちる。
「アァッッ……アァ……」
「ヒクッッヒクッッ……」
「ウアアアァ!ッッッウゥ……」
涙が勝手に出てくる……
溢れて止まらない……
自分がどんな声で泣いているのかもわからない。
ただ嗚咽が出てるのはわかる……
どうして……どうして……
私はこんな目に合わないといけないの……
私が何をしたの?
主席を取ったから?
いつもテストで1番だから?
バーナードさんに嫌われることをしたから?
違う……違う……
本当はわかっている。
すべては
この……この……
醜すぎる顔のせいだ……
どうしてバーナードさんは許されるの?
どうしてバーナードさんはなにをしても私と違ってみんなに愛されているの?
どうして?
バーナードさんは美しい産まれただけであんなにも……
あんなにも……許されるの?……
なんで……どうして……
こんなにも私と違うの……?
どうして……
醜く産まれるのはこんなにも……
許されない罪なの……
泣きすぎて息がしにくい……
辛い……
悲しい……
惨め……
憎い……
色んな感情が混じり合いどんな気持ちなのかもわからない……
だけど苦しいのはわかる……
胸が張り裂けそうで体が熱くて自分がなんなのかもわからない……
もうこの世界から消えてしまいたい……
息をするのすら苦しい……
"生きる"ってなんなの?
どうして……
私は"こんな世界"に生きていなきゃいけないの……?
「ルリアお嬢様、大丈夫ですか!?」
小屋の外からマリーが声をかけてくる。
「学院から帰られたようですが屋敷に居なく、小屋の前に来たらルリアお嬢様の泣き叫ぶ声が……」
「大丈夫よ……少し辛いことがあっただけだから……」
この髪ではマリーの前に出れない……
マリーを心配させてしまう……
なにかないか。
周りを見渡すと白いフードがあった……
小屋のドアを開けてマリーに姿を見せる。
「ルリアお嬢様……その格好は……」
「ごめんなさい……マリー……なにも聞かないで……」
「お願いだから……お願いだから……なにも聞かないで……」
「ルリアお嬢様……ウゥ……ウウゥッ……」
マリーは黙って私を抱きしめて泣いてくれる。
私もマリーを抱きしめてマリーにしがみついてまた嗚咽を漏らしながら泣く……
辛い……辛い……
もう嫌だ……
もう……
もうこんな世界に……
もうこんな自分で生きたくない……
こんなに惨めで弱くて……
すべてが醜い存在として……
お願いだから誰か助けて……
この地獄から誰か……
誰か……この苦しみから救って。
それが叶わないならもう誰か私を殺して。
いっその事なら私を殺してください。
神様。
この日から私はフードを被らないと人前に出れなくなってしまった。
そして
「ここはどこですか?」
「初めましてルリア様。」
「僕は立花智也と申します」
私は"瑠璃の怪物"の運命を変えてくれる人に出逢った。