「ハワード家の厄介者」
ルリア様の屋敷に来て5日が経った。
左肩の傷はだいぶよくなり、マリーさんの捻挫の具合もよくなりもう一人で歩けるようになったようだ
一度メイドさんにマリーさんの部屋を教えてもらい、捻挫の具合を診察しに行ったところ
「あなたに治療などしてほしくありません!本当に医者であるかも疑わしいのに!」
「ルリアお嬢様はあなたを信用したようですが私はあなたを信用などできません!!」
怪我をしているのに本当に元気だ。
相変わらず僕のこと疑ってるようだ。
まあ年頃の貴族の女の子に近づく男を警戒するのは当たり前か、
できれば診察をしたいけど。
僕が部屋にいると興奮させてしまうから一度顔を出して終わった。
この五日間でこの世界のことをルリア様に色々教えてもらった
まず今僕がいるララノア連邦王国というのは100年前に南側のアンヘル大陸の大国であったララノア王国が周辺の国家をまとめあげ東側のロゼロム大陸に大規模な戦争をしかけ、ララノア王国が率いるアンヘル大陸が勝者となり、終戦条約で敗者であるロゼロム大陸の国家ををほとんど植民地化し大陸だけでなくこの世界でも有数の大国になったようだ。
地球の歴史でもそうだけど戦争の勝者である国は経済的にも豊かになり、世界に対して強い発言力を持つようになる。そしていくつかの国を植民地支配したララノア連邦王国が生まれた。
ルリア様の家系であるハワード子爵家はまだ貴族として歴史が浅くやり手の商人であったルリアさんの父親が貴族の爵位を金で買ったらしい。貴族の地位があれば税金面が優遇されるし、貴族の集まりである社交界に顔をだし、上位貴族にワイロを送り商売の融通も利くようになる
地球の中世時代でもあったことだ。
ルリア様自身のことは貴族が通う王立学園に通っている学生で今年で17歳になるらしい。
そして今日はこの国の医学について考え方を教えてもらう予定だ
身支度をして用意してもらってる客室のドアを開け、ルリア様が待っている部屋に向かう
「おはようございます、ルリア様」
「おはようございます、トモヤ先生」
ルリア様は子爵であり、この世界で平民である僕がさん呼びをしたら不敬罪に当たる。
ルリア様は苗字持ちの僕をどこかの国の貴族だと思っていたようだけど、ただの平民の医者であることを説明し、お互いに「トモヤ先生」 「ルリア様」と呼び合うことを了承した。
初めて合ったときからずっとルリア様はフードを被っていて言葉も少ないけど
ここ数日でルリア様とは少しだけ打ち解けられたと思う
「トモヤ先生肩の傷の具合はいかがですか?」
「おかげさまでもうほとんど治ったようです、痛みもほとんどありません」
「そうですか、それはよかったです。私自身も医学についてあまり知識はありませんが、この世界では
医学と呼ばれるものはほとんどがお医者様が出す薬を飲むというだけです」
「お医者様自体が少なく、値段も高額なのでほとんどの人は医学というものを体験したこともないとおもいます」
「医学というものがあまり浸透していないのですね、では怪我をしたり病気になったひとはどうしてるのですか?」
「治癒魔法を扱う治癒士がいるので簡単な怪我や病気は治ります。大きな怪我や病気はお医者様にかかるか、神官である高位の治癒士なら治療できます」
なるほど、この世界では簡単な怪我や病気は魔法で治るようだ。しかし大きな怪我や病気は平民や貧しい人には治すことが出来ない。
しかしどうして僕は置いといてルリーさんの捻挫を治癒士が治さなかったのだろう?
「わかりました。詳しく説明して頂いてありがとうございます」
「しかしどうしてマリーさんの怪我は治癒士の方が治療しなかったのですか?」
疑問に思ったことを伝えるとルリア様は顔を曇らせた
「当家にも治癒士の方はいますが当主であるお父様専属なのです」
「私や私の侍女を治療する治癒士はいません」
「そうなのですか、これは失礼なことを聞きました、申し訳ありません」
「いえ、大丈夫です」
おかしい。ルリア様は子爵家の長女であり、他に兄弟も居ない。
普通は爵位を継ぐものだ
そんな人物が病気になっても治さないなんてどう考えてもおかしい
「今お話にでてきたハワード卿はどちらに?数日御屋敷に滞在させて頂いてますがまだ1度も会っておりませんし、お世話になってる身ですのでご挨拶に伺いたいのですが」
「当主である父は今違う街に1ヶ月ほど視察に行っているので、明後日屋敷に戻る予定です」
「夕食の際父にご紹介しますので出席をお願いします」
「ありがとうございます、是非とも出席させて頂きます」
ルリア様の父であるハワード卿は違う街に視察に行っているのか。
しかし視察に行っている間治癒士も置かないで跡取りであるルリア様が怪我や病気をしたらどうするのだろうか?
貴族というのは家の名を残すために血がなによりも大切だ
居るべき治癒士も居ない
ルリア様を世話する専属の侍女も高齢のマリーさんだけだと聞いた
やっぱりルリア様は……
そう考えていると
ギキッー!!
馬車が止まる音がした
誰かが屋敷の前に来たようだ
「聞いていた予定より早くお父様が帰ってこられたようです」
「お父様をお迎えにいくのでトモヤ先生も一緒に来てください」
「わかりました」
ルリア様に促され部屋を出て玄関に向かう
「今帰ったぞ!」
「お帰りなさいませ。ご無事で良かったです。お父様」
当主であるハワード卿が玄関に現れた。
歳は50代くらいだろうか
目が細く
頭髪は薄い。
それによく肥っている
ガマガエルによく似ている。
イメージしていた中世の貴族ではなく日本でよく見かけた中年のおじさんのようだ
ハワード卿がジロリと僕を睨みながら
「誰だそいつは」
「こちらはトモヤ先生です」
「マリーが怪我をさせてしまったので当家で療養して頂いてます」
「先生?医者かそいつは」
「はい、お医者様と聞いております」
ハワード卿と目が合う
膝をつき礼を取りながら
「初めまして、ハワード卿」
「医者をしております立花智也と申します」
「強盗に襲われハワード家の庭に居たところルリア様に保護して頂きました」
「マリーが怪我をさせたと聞いたが?」
「はい、不審者と間違えられましたがルリア様に助けて頂きました」
「医者というのは本当か?」
「はい、医者をしております」
ハワード卿は僕を胡散臭そうに見つめながら
「まあいい、怪我が治るまでなら屋敷の滞在を許す」
「ありがとうございます、ハワード卿の寛大な心に感謝を」
よかった。いきなり追い出されたり牢に入れられたりはしないようだ……
「それよりルリア!お前の縁談話が来たぞ、相手はレンスター男爵だ!」
ルリア様に縁談話が来たようだ
年頃の貴族のお嬢様なら当然か。
「立場としては第4夫人だが貴族に嫁げるなら上出来だろう」
「まったくお前のような醜女の娘を持つとどれだけ縁談が大変か!」
そうルリア様に怒鳴りながら乱暴に上着をメイドさんに預ける
「ご苦労をお掛けします、お父様」
ルリア様はハワード卿にお辞儀しながら答える
「縁談は明日だ!フードを被るのを絶対に忘れるなよ!」
「その醜い顔をできるだけレンスター男爵に見せるな!」
「第4夫人とはいえ"瑠璃の怪物"と呼ばれる女を嫁に貰ってくれる貴族なんかおらんからな!」
実の娘に対して信じられないことを言うハワード卿に固まっていると
ルリア様は慣れたように
「ありがとうございます、お父様」
「このような醜女ですが縁談が上手くいくように努めます」
「なにも頑張らんでいい!何をしても醜女は醜女だ!」
「余計なことはせんでいいから黙ってレンスター男爵の言葉に頷いとけ!」
「申し訳ありませんお父様」
ルリア様がハワード卿に頭を下げ謝罪をする
「いつ見ても我が娘ながら醜い顔だ!どうして母親に似なかったのか!」
「縁談は明日の昼だ、醜女なりに準備しておけ!俺は商会に行く」
そう言い残しハワード卿はすぐに屋敷を出ていった
信じられない……
実の娘に対してあんな酷いことを言う父親が居るなんて……
「見苦しいところをお見せしてすいません」
ルリア様が僕に向かって頭を下げる
「いえ、こちらこそお気を使わせて申し訳ありません」
「あの……いつもああなのですか?」
「このとおり醜女ですので仕方ありません」
ルリア様は慣れたように言う。
フードで表情がわかりにくい
あんなことを言われて傷つかない女の子なんて絶対に居ない
でもこの世界で僕ができることは……
「私は明日の縁談の準備があるのでこれで失礼します」
「わかりました」
ルリア様がこちらにお辞儀し、自室に帰っていく
僕はずっと浮かんでいた疑問を聞くためにマリーさんの部屋に向かった
トントンッ
部屋のドアをノックする
「マリーさん。智也です」
「なんですか?あなたと喋ることなんかありません!」
「ルリア様について聞きたいことがあります」
「ルリアお嬢様について?」
「先程ハワード卿がルリア様に接するところを見ました」
「……部屋に入って構いません」
ドアを開け、部屋に入る
椅子に腰掛けているマリーさんが
「あなたもそこの椅子に座りなさい」
マリーさんに促され椅子に座り、対面に向かい合う
「ハワード卿にお会いになったのですね……」
「はい、先程。治癒士が居ないこともハワード卿がルリア様に対する扱いも……」
疑問に思ってたことを伝えると
マリーさんは悔しそうに
「ルリアお嬢様は本当に可哀想なお方です……」
そう言い、ルリア様について話してくれた
ルリア様の亡き母親はアリアという名の街1番の美人で有名だった。
ララノアの"瑠璃の女神"とまで呼ばれ周辺の国でも評判になる女性で瑠璃の女神を手に入れるために貴族、大商人、大貴族までもがこぞって縁談を申し込んできた。
しかしアリア様は自分の実家である小さな商会で働き、いつか好きな人と結ばれることを祈っていた
そしてハワード卿がアリア様に目をつけた。アリア様を手に入れるために多額の金銭を大貴族に払い貴族の爵位を手に入れ、アリア様に縁談を申し込んだ。
しかしアリア様は縁談を拒んだ。
縁談を拒まれたハワード卿はアリア様の実家の商会と取引している銀行と商会にワイロを送り取引を中止したり貸付を辞めるようにした
アリア様の商会は一気に経営危機になり、商会は大きな負債を抱えたそこにハワード卿が取引を持ちかけた
「私の妻になるなら実家の商会を助けてやる」
アリア様は大好きな実家の商会を助けるためにハワード卿に嫁いだ。
そしてルリア様が産まれた
ルリア様はハワード卿の家系の血を多くひいたようで幼い頃から陰口を言われていた
母親は"瑠璃の女神"なのに
娘は"瑠璃の怪物"のようだと。
それでもアリア様がご存命の間はハワード卿もルリア様を可愛がっていたようでなによりもアリア様がルリア様をとても愛していた
「あなたは私の宝物よ」
「誰よりも愛してるわ」
毎日アリア様の深い愛情を受けながら育ったルリア様は母親であるアリア様が大好きだった
ルリア様の人生が大きく変わったのは5歳のときだった
アリア様が病気で亡くなり
ハワード卿は"瑠璃の女神"を失ったショックそして母親にまったく似ていない娘を毛嫌いするようになった
病気や怪我をしても治癒士に治療させない毎日のように醜女の娘だと怒鳴られときには暴力も振るわれた
ルリア様の苦しみは家庭だけでなかった
物心がつくようになると
"瑠璃の怪物"
と呼ばれるようになりルリア様が通っている王立学院でも毎日のようにイジメにあい泣いて家に帰っても自分を受け入れてくれる母親はもう居ない
ルリア様は努力家で幼い頃から学院の成績もトップだった
礼儀作法も貴族の淑女としての振る舞いも素晴らしかった
だけどルリア様を認めてくれる人は誰もいなかった
どれだけ努力しても評価されず誰にも認められない
実の父親でさえも。
醜い容姿をしている
ただその1点で……
「私はルリア様の母親であるアリア様の乳母であります」
「アリア様がハワード卿に嫁いだときに一緒にこの屋敷へ来ました」
「私は難民でいろんな国を渡り歩き明日の希望もないときにアリア様の実家である商会に雇われたことでこの年まで生きて来れました」
「この御恩は一生忘れませんしアリア様の忘れ形見であるルリア様は私にとって実の孫同然です」
あぁ……だからマリーさんは僕がルリア様に近づいたりすることをあんなに嫌がってたんだ
もうご高齢なのにルリア様を守るために槍を持ち男の僕に向かってまで……
「ルリア様が明日縁談すると聞きました……」
「知っています、レンスター男爵でしょう」
「年は40過ぎの商人から成り上がった成金で女癖と酒癖が酷い男です」
「ただでさえそんな男に嫁ぐのは躊躇するのに第4夫人なんて……」
「ええ、名ばかりの嫁で一生愛されもしないでしょうね」
「だったらなぜ!!」
「ハワード卿は世間体のために貴族か大商人以外に嫁ぐのは良しとしません」
「それにルリアお嬢様はもう貴族の娘として若くありません、それに何度も縁談は破談になりました」
「これがハワード卿から
"離れられる"最後の機会です」
「私もこの命が尽きるまでルリアお嬢様の傍にいるつもりです」
覚悟を決めた表情でそしてどこか小馬鹿にしたようにマリーさんが僕に告げてくる
「あなたにルリアお嬢様を同情する資格も憐れむ権利もありません」
「あなたはこの家にとってただの部外者です」
「もし明日の縁談を邪魔をするなら容赦しません」
「邪魔はしません……」
「僕は部外者ですので……」
「だったら良いのです、ルリアお嬢様のことはすべてお話しました」
「早く部屋から出ていってください」
なにも言えずマリーさんの部屋を出て自室に帰る
ベッドに寝転び目を閉じながら
数日一緒に過ごしたルリア様のことを思い出す
最初はずっと目を合わせず
何処か素っ気なかった
言葉も必要最低限で自分に近づく人間を怯えているようだった
でも地球のスイーツの話をしたら
少しずつ質問が増えたこと
自分の過去の恋愛を話したら
顔を朱くしながら聞いていたこと
なによりも毎日肩の怪我の具合を聞いて包帯を持ってきてくれた
1度も"異世界人の僕"を迷惑がらなかった
あの子は
"瑠璃の怪物"でも
"醜女"でもない
ただの優しい"普通の女の子"だ
でも現代の日本ならともかくこの世界で僕にできることは何も無い
美容整形医としてあの優しい子になにもしてあげられない……
でもこのままだったらあの子はずっと自分を……
悶々としながらルリア様の縁談の日が迎えた