89 手がかりを手に入れました
ちょっとサクラくらい仕込んで起きなさいよ!と脳内ではお節介なおばちゃんが騒ぎ出した頃、店の入り口の方から、なんだか聞き覚えのある声がした。
営業スマイルを崩さなかった店員さんは、ちょっとばかり安心した様にどうぞと答える。
僅かな間があり人を避けつつこちらへと来たのはメルーセだ。
「本当に痛みはないのですか?」
「はい、大きな音が鳴るだけです。
ただ誤った使い方をすると痛みが出てしまいますので…」
店員さんはメルーセに自分が持っていたハリセンを渡し、痛くない叩き方というものをレクチャーする。
しっかりハリセンの面の部分を当てること。斜めに叩いたりしないこと、蛇腹の折り目部分が当たると痛みが出てしまう事などを説明する。
「では、行きます」
一通りの説明を受けてから振り下ろされたハリセンは先ほどよりも大きな音が鳴り、再度人々の身を竦ませる。
「大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫です。お姉さん上手ですねぇ」
音の余韻が無くなってから声を掛けたメルーセに店員さんは笑顔で請け合い世辞も忘れない。
メルーセが返したハリセンを高く上げて宣伝する。
「と、この様に“痛くないハリセン”は罰ゲームの盛り上げに最適です!店員に言っていただければ試し打ちも出来ますので、お気軽にお声がけくださいね~。
気になる方はぜひ購入してくださいませ」
にこにこと笑う店員は最後に購入を勧めたが無理強いはせずに一礼をしてから場を離れる。それを見送った人々は元の買い物を続ける者と、興味を引かれたのかハリセンを見に来る者もいた。
その人たちに場を譲ったが私の手にはハリセンが持たれたまま。
「セルリア、それどうするの…?」
恐る恐るといった感じで問いかけてくるユシルに「買おうかと思ってる」と素直に答えれば定規の恐怖を思い出したのか顔を青くさせた。
定規で叩く気はないけど、これなら叩ける。ずっとずっと欲しいと思っていたものが見つかったのだ。買わない手はない。最近は必要ないと思っていたがあった方が安心。
そう高いものではないし…と満足げにハリセンを見る私にユシルは涙目だ。
使い道なんて一つしかなく、正解でもある。
「ではお持ちしますので、他の商品を見てきたらいかがですか?」
確かに、重くはないがかさばるので狭い店内を見て回るには邪魔か。
メルーセの言葉に有り難く甘えてハリセンを預ける。
「コレンス嬢はいかがされますか?」
ユシルの手にも先ほど返しそびれたハリセンが握られているので気を利かせたのかメルーセが問いかけた。
「私はいらないわ…」
暗い声を出すユシルは手に持ったハリセンを返しに、先ほどよりも人の減った壺へと向かった。
その後の買い物は通常通り。
気になる商品を手に取り、値段を確認し、買うものは手に持ち買わないものは棚に戻す。
値段としては手ごろなものが多く、また珍しいが見慣れたものが多かった。
実用性はないのに妙に引かれる飾り物だとか、配るのに適したお菓子だとか。
小物の類はハンカチに手のひらサイズのぬいぐるみ、栞や羽根ペン、可愛い表紙のメモ帳などの文房具あり…既視感を助長させる。はて、私が今いるところはどこだっけ?
小さな買い物かごがポイントに置いてあるのもまた懐かしい。
最初は手に持っていた
とりあえず本来の目的――使用人に渡す手土産には日持ちしそうな個包装の飴、瓶入りをいくつか買う事にした。
一人に一個は無理なので、中身が一個ずつ分け与えられるぐらいの数。その瓶も小物入れとして使えそうな物。
「あ、すみませ~ん」
「はい、なんでしょう?」
声を掛けた店員は先ほどデモンストレーションをした店員さん。
同じ様に営業スマイルを浮かべて質問する。
「先ほどの…え~と……」
「ああ、ハリセンですか?」
バッチリ顔を覚えられていたようで、直ぐに何を聞きたいか分かったようだ。
「ええ、それです。初めて見るもので驚きました。あれだけ大きく音が鳴るのに痛くないなんて…」
「それがポイントなんですよ、王都でもあれを売っているのはうちの店だけだと思いますよ」
にこにこと珍しいものだとアピールをしてくる店員さんに頷く。
「面白い商品ですよね、考えられた方は天才だと思います」
「やっぱりそう思いますか!あれを考えたのはまだお嬢さんと年の変わらない方なんですよ~!」
少し大仰に褒めてみると購入意思アリだと思ったのか、単に自慢したいのか嬉々として語りだす。
「え、そうなんですか!凄いですね!」
「はい、そうなんです。次々と新しい商品のアイデアを思いつかれるので、旦那様が自分の店を出したらいいと出資したんですけどね、見ての通りの繁盛ぶり!」
「え?もしかして他の商品もその方が考えたのですか?」
「ええ、このお店の商品は全てお嬢様が考えたものです」
その“お嬢様”に心酔している様子の店員さんは、私が欲しい情報を渡した事に気付かない。
「まあ、女性の方なんですね」
意外だと驚いたフリをするとますます気を良くしたのか、こそりと耳打ちをしてくる。
「宜しければ本店の方にもいらしてくださいませ、こちらにはない商品も本店の方には置いてありますので。
髪飾りなどはそちらの方が豊富ですよ」
私の手にあるバレッタを見てか、店員さんはそう勧めてくれた。
「ぜひ行ってみたいですわ!…その本店のお店の名前を教えていただけますか?」
ごくりと、僅かに緊張して問いかければ店員は少々お待ちください。と言って奥へと引っ込んでいってしまう。
言われた通りに店員の姿を目で追いながら待っていれば直ぐに戻ってきた。
「こちらをお持ちくださいませ」
そう言って渡されたのは小さな名刺。
黒字に黄色の文字で書かれているのが店名だろう。
「…プラネタラ」
そこに書かれた文字を読むと店員は頷く。
「きっと気に入る商品がありますわ」
「…ありがとう存じます、きっとお伺いいたしますわ」
必要な情報を提供してくれた店員には私が出来る最上級の礼を取り、ハリセンを持って待機しているメルーセの元へと移動する。
「メルーセ、これも一緒に買いたいのだけど…」
お財布はメルーセが持っているので受け取りに来たのだ。
「では会計を…」
「いいわ、自分でする。それより…」
私が新たに持ってきた商品を受け取ろうとするメルーセの申し出を断って先ほど手に入れたばかりの名刺を渡す。
「こちらが本店なのですって。言ってみたいからサスケにどこにある店なのか調べてもらって。
それから凄い話を聞いたのよ…ここの商品は“お嬢様”が考えたのですって、どんな方かしら?」
声を潜めたのは周囲に聞かれたくはなかったから。
店員がハリセンの時と違って大声で宣伝をしなかった理由と私の方の理由を合わせた結果。
このお店が支店だというのなら本店に興味を持つ者もいるだろうに。あまり公に繋がりを見せたくない事情があるのかと気を遣った。
私の方でもあまり公に“お嬢様”とやらに興味を持っていると知られない方がいいが、サスケに“お嬢様”を調べる様に指示が行く様にしなくてはいけない。
優秀な忍者の事だから、言わずとも調べてくれると思うが念のためというやつだ。
そして、店員があまり宣伝したくない様子の“本店”の存在をどうして私に教えたのか…。
答えはきっと“ハリセン”に反応した人をチェックしたいからだ。
珍しい形のものに興味を持ったとしても、それをどう使うのかなんて分からないだろう。あの店員がデモンストレーションをして初めて興味を持った客はいたけれど。
あの“ハリセン”を見て一目でそれが何に使われるのか分かる人なんて同じ転生者しかいない。
誰が転生者か分かっていた方が色々と有利になる。その為の撒き餌なのではないか?
…とはいえ、あまりいい方法ともいえないけどね。
相手がこちらを転生者だと確信するのには時間がかかる。本店への名刺はもらったが行かなければ私がどこの誰かまでは調べようがない。
年齢や格好から貴族=学園の生徒という予測はついたとしてもね。
それよりもこちらの方が良い情報を手に入れた。
確定ではないけれど、店員さんが言っていた“お嬢様”が探している続編のヒロイン“イネス・コーネリアス”である可能性は大だ。




