9 いや、羨ましくないし
攻略キャラとニアミス?
さて、今日はようやくレオーネ様との勉強会の日である。
入学して間もなく、ヒロインが転生者だと知ってからずっと待ち望んでいた邂逅だ。
そしてレオーネ様は純粋に美人なので会うのが楽しみである。
久しぶりにお姉様とゆっくり話せると思うと至福の時ですらある。
虫が邪魔だけどな!
勉強会は昼食をすませた午後からの予定なのでそれまではフリー。
虫は頭がいいという取り柄があるのでせいぜい利用してやろうと質問要項を纏める作業をしている時だった。ノックの音が響いたのは。
因みに部屋には私しかいない。ヒロインはいつも通りデートである。勉強はどうした?
もはや突っ込みも疲れるレベルだ。
ドアを開ければそこにいたのはお姉様だった。
「セルリア、良かったら一緒にランチにしない?」
「よろこんで」
秒で頷く。
お姉様からの誘いを断るはずがない。
「今日のお相手は王太子みたいよ」
「そうですか」
私がヒロインと攻略キャラとの仲をサスケに聞いたせいか、お姉様はサラッとヒロインの動向を教えてくれる。
ヒロインはだいたいデート前後に様子を教えてくれるのだが偶に何も言わない時がある。
こっちから聞くのを待っているのかもしれないが聞いてはぐらかされて終わった事もあるのでこちらの余裕がない限りは聞かない。
思わず叩きたくなるからだ。
ランチの後に直ぐ勉強会へと移動できるように勉強道具を持って移動する。
大好きなお姉様とのランチはヒロインによってストレスゲージをフルにされている私にとって何よりの癒しの時間だった。
休日なので学園の食堂は人が少ない。
ただ私たちと同じように自習室を借りて勉強する人の為に働いている人はおり、開放はされている。
因みに自習室は予約制であり、男女二人だけの場合は兄妹でもない限りは使用の許可はおりない。…というのに本日のヒロインは自習室で王太子とデートしているらしい。権力の間違った使い方である。
お姉様がいうので間違いはない。
「決まった相手がいる殿方と親しくし過ぎる事も、それを許す殿方も………死ねばいいと思わない?」
「ノーコメントでお願いします」
憂い顔を見せながら物騒な事をいうお姉様に内心で同意しつつ今はそう答えておいた。
「あと一応、みなさまフリーのはずですが?」
「表向きはね、でも内々ではとっくの昔に決まっている事よ。当然、本人も知っている事だわ」
食後の紅茶を優雅に口に運びながらお姉様はため息を吐く。そんな姿も素敵ですお姉様。
「セルリアはどうして興味を持ったのかしら?」
前世からの因縁です。とはいえず、同室なので。と妥当な答えを返す。
「あの五人の誰かを…」
「ないです」
そこは誤解されたくないのでキッパリ否定。一人声が好みのキャラがいるけど、その中の人目当てでゲームを買った口ですけど。キャラそのものは好みじゃない。なんならビジュアルも好みじゃない。
「なら安心だわ」
にっこりと微笑んだ後にお姉様は今度はレオーネ様を話題に出す。
「あの方も色ボケを婚約者に持つなんて可哀想な方ね、ご本人はとても聡明との噂なのに。…いっそあの方がトップに立たれればいいと思わない?」
概ね同意ですが、こんなどこの誰が聞いているかわからない場で物騒な話はしないで欲しい。
人数は少ないとはいえ人はいる。
「少し早いけれど、そろそろ向かいましょうか」
唐突に、お姉様は席から立ち上がる。
異論はないが何がきっかけだったのかと、訝しむタイミングだった。
いつもなら私にも確認を取るのに…と思えば原因とおぼしき人が食堂に入ってくるところだった。
関係を隠す気もないと言わんばかりにヒロインの手を取りエスコートする王太子。
少ないが周囲からの視線を一切気にした様子がない。
王太子の手前、今は口を開く者はいないが彼らが出て行ったあと、あるいはいない場でどの様な噂が流されるのか…火を見るよりも明らかだ。
「…愚行」
端的に王太子の行動を言い表したお姉様の中で王太子の評価が更に下がった瞬間である。
王太子とヒロインが席に着くまで待ってから食堂を出る。
人が少ないので動くものに注目はいくものだから、ヒロインが私の方を向いたのも不思議ではない。
しかし目が合った瞬間に勝ち誇った様に微笑むのはどうだろう?
あとやはり声を掛けてはこない。
その笑みを見て、初めてヒロインは私が転生者である事に気付いているのかもしれないと思った。
自分と違い攻略キャラと話す事も出来ない私をバカにして優越感に浸っているのでは?
いや、羨ましくないし。
みんながみんな攻略キャラとの恋愛を希望すると思わないで欲しい。マジで。
単純にみんなの憧れ王太子と仲の良い自分を見せる事が出来てご満悦なのかもしれないが。
それだって見当違いだ。
色ボケに憧れるほど頭に花は咲いてない。
すっごくムカついた。
別に好きなだけ攻略キャラとイチャイチャしてればいいし。
微塵も興味はないけど。
バカにされるのはやはり腹立たしい。
「あの女…」
お姉様もヒロインの意味ありげな笑みには気づいたらしく静かに怒っている。
ヒロイン。
世の中には怒らせない方がいい人がいます。
私の姉はその一人です。
「レオーネ様とお会いして決めましょうか…」
すごくすごく不穏な言葉を呟いたお姉様は、とてもとても奇麗だったと報告しておく。
そしてレオーネ様も奇麗な方ですよ!
私たちが虫が予約した自習室に先に着き、勉強道具を広げていた辺りで来られたのですがね?
遅れてしまって…と下位貴族である私達に詫びてくださったのです。
これは珍しい事ですよ、上位貴族はナチュラルに下位貴族を見下す人が多いですからね。あと別に時間には遅れてません。むしろもっと遅くていいんですよ?
時間よりも早くても上位貴族を下位貴族が待たせるとか変な噂が立つ原因にもなりかねないのだから。
あと所作がすっごくキレイです。
気品があって動きが洗練されている。
ゲーム通りとはいえなんでこんな奇麗な人よりヒロインを取るんだ。攻略キャラ全員バカだな。
あ、虫は除外か?
「初めましてレオーネ・ナヅ・ケオグジヤ様。私はグレース・ルト・オルレンスと申しましてケオグジヤ様の兄上であるイオリテール・トレス・ケオグジヤ様とは同じクラスで学ばせて頂いております。
こちらにいるのは私の妹ですわ」
「セルリア・フォル・オルレンスと申します、お見知りおきを」
お姉様が最初に名乗り、ついで私が名乗ってからようやくレオーネ様が名乗る。
「ご丁寧にありがとう存じます。既にご存じのようですが私はレオーネ・ナヅ・ケオグジヤと申しますわ、
本日は兄の我儘にお付き合いいただきありがとう存じます。グレース・ルト・オルレンス様」
「ケオグジヤ様がご不快でなければどうぞ私の事はグレースと。妹の事はセルリアとお呼びください」
いきなり名前で呼ぶのは無礼になるので最初は家名で呼ぶのが普通。ただし、今回は私とお姉様が姉妹であり同じ家名の為に常にフルネームで呼ばなくてはならない。
それは呼ばれるこちらも面倒なので名前で呼んでくださいと申し出たというわけだ。
「ではお言葉に甘えて。グレース様とは以前からお話したいと思っておりましたので今回の勉強会の件では兄に感謝をしております。
どうぞ私の事もレオーネとお呼びください、セルリア様も遠慮なく」
「まぁお恥ずかしい」
「光栄ですレオーネ様」
完璧淑女の二人がいる空間にいられるとか至福です。
私の事はいないものとして二人でお話していてください。ずっと観賞していられます。
内心はかなり浮かれていたのだが、表情には出さない様に頑張った。
眼福すぎて奇声を発しそうになるのを堪える。
レオーネ様が転生者だったら前世の話で盛り上がれるかなぁ、ゲームとか漫画とかアニメとかどれくらい詳しいかなぁ?
記憶が戻ってから六年ほど経っていますがその間萌え語りが出来なかったから吐き出したいんですよ。
同じ本を読んでたりすれば、違う目線から考察する事も可能だし。好みが同じだといいんだけどな。あ、でも同担拒否勢だったら、ちょっと面倒だな。
担当キャラを褒めても貶しても面倒な事になりそうだし、世界観について語れても他のキャラの話は出来ない人が多いし。なおヒロインはそのタイプっぽいと思ってます。勝手なイメージですが。
お姉様とレオーネ様は仲良く出来そうなので、今後もこの至福空間に紛れ込むチャンスがあるかもしれない。
お茶会とかしてみたい。令嬢っぽく!
脳内で今後の展望を妄想し、目の前では女神と天使が戯れている。…ここが天国かな?とかなり悦に浸っていたのだが…。
「すまない、遅れてしまった様だね」
現れた虫のせいで一気に現実に戻された。
評価、ブクマありがとうございます!
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