62 続編ヒロインはツンデレを希望します
危惧している事が一つある。
転生者じゃなくても続編のヒロインの設定が“悪”よりになっている場合だ。
続編はわざわざヒロインを交代しているのだからゲーム上のユシルとはタイプが異なっている可能性は高いと私は睨んでいる。
ユシルが王道ヒロインといったタイプなので、それとの差を付ける為にも悪女よりの性格であっても可笑しくはない。ツンデレとかもありだ、素直になれない美少女とか良くない?
悪女よりもツンデレの方が対応するならマシだと思うし!
個人的には“悪”よりのヒロインって好きなんだけどね、物語としてはそっちの方が味があるし楽しめた。
でも今そんなヒロインに来られても困るんだよ、ここは王道の優しい天然タイプを所望します。
…ちょっと早めにユシルに続編のヒロインの情報を聞いた方がいいな、それによって対策が変わってくる。
あ~あ、やる事がまた増えたよ。
頭の中のやる事メモは増えていくばかりで全然減らない。ちょっとコレ大丈夫?私ちゃんと全部把握できてる?
自問に無理と返答が返ってくる。うん、ちゃんと目に見える形のメモが必要だ…とまた一枚メモを増やす。
誰かに見られても平気な様に暗号でも使って書くか。小学生の時に友達と作った簡単なやつで、日本人なら大体の人が解読可能なものだけど。
ひらがな基準で作ったものなので、この世界の人には解読できないと思うし。
でも書くのは簡単なんだけど読むとなると自分でもスラスラは読めないんだよね。ページいっぱいに書かれた文章が英語じゃなくて実はローマ字で書かれてました、とか読む気無くさない?
英語でもなくすけどさ。
五十音を数字に置き換えただけのものだから、ユシルなら読めるかな?
あ、でもユシルは反対に無理かな?
ガラケー使ってた事がある人なら直ぐにわかるだろうけど。
直ぐに脱線する脳内をまたもや引き戻してくれたのはレオーネ様だ。
「最悪病院送りかしら…」
「この世界の“病院”って社会復帰できる可能性って低いですよね?」
現代日本と比べたら医療はだいぶ未発達なうえ精神に関わるものだと“病気”として捉えられない事もある。いわゆる狐憑き、悪魔憑きといった扱いだ。
民間療法は色々あれど、基本的な処置としては隔離して閉じ込めておくのが一般的。病気扱いされていないから薬もない。
隔離する為の施設の殆どがこの世界では宗教関係の建物となっている。素行不良の家族を放り込むのにも都合がいいしね、教会は教会で口止め料という名の多額の寄付をもらう。家族からの金銭的な援助がない場合は労働力ゲットというわけだ。
もちろん、そんなところだけではないが多いのは確か。
そんな状態のところから社会復帰するには金を摘んでくれる身内がいない限りは無理。サポートしてくれる誰かがいない状態での復帰は難しい。
ある意味での姥捨て山であり厄介者を収容するのが目的という“病院”もあるという噂だ。
事が精神に関わる事なので怪我と違って目に見えるものが良くなったという視覚情報がないため、良くも悪くもいくらでも偽証出来る。治ったけど治ってないという診断を出すのも簡単だし、逆もまたしかり。
治す薬はなくても異常行動をさせる薬は存在する。…その薬のせいで可笑しくなっているなら解毒剤を飲むなり、時間を置いて薬が抜けるのを待つ方法もあるが、今回のユシルの場合は違う。まさに馬鹿に付ける薬はないというやつで自分で立て直す必要がある。
「更生…は難しいかしら?」
「あの様子だとかなりの時間が必要だと思いますよ?
反省はしている様ですが対象が限られているので。攻略キャラ以外に対しては“人間”扱いしているのかも疑問です」
私でさえモブ扱いですからね、下手をすればもっと地位が低いかもしれない。
あ、思い出したらまたイライラしてきた。クッキーでも食べて気を紛らわせよう。
せっかくの美味しいクッキーが勿体ないと思いながらバクバクと食べる。…太らないか心配だな。
私の食べっぷりに引いたのか、憐れんだのか、レオーネ様はそっと自分の分を私の方へと寄せてくれた。一応目線で問えば頷かれたので遠慮せず頂く事にした。甘いものは癒しですからね!
このままだと確実にストレス太りをするな…と予想から目を反らす為に会話を再開させる。
「少なくとも長期休暇までにごく一般的な令嬢レベルにまで教育するのは不可能だと思います」
行儀作法とかの技術面も不安はあるが最低限は実家で教育を受けてるはずですからね、精神面に比べたらマシだと思う。本当に一から教育するつもりでいないと矯正はなかなか難しい。
つまり精々今よりちょっとマシ程度にしかならないと思うんですよ、その状態のユシルを二か月放置とか…その間にまた問題を起こされてしまうと何も出来ない、お手上げだ。
あと期間を開けすぎると元の状態に戻る恐れもある。ようやくちょうゲフン、しつゲフンゲフン…教育が可能な状態になったというのに!
うっかりと人権を無視した発言をするところだった、気を付けないと…。
目下の問題は“長期休暇中のユシルの処遇”について、だ。
見張りを付けて置くことは最早決定事項だが、それだけでは直ぐにこちらが動く事が出来ない。
それは今後の事も考えると良くない事を招きそうなので対策を練って置きたいというのが本音です。
まったく、身内ですらないユシルの事で何故こうも頭を悩ませなければいけないのか。本来であれば実家での過ごし方に思いを馳せても良い時期なんですよ、今は。その前に卒業パーティーがあるけど、卒業生でもないし知り合いもいないのであまり関心がないんです。
なお長期休暇は年末年始の期間と重なっている。この世界だと年末年始は家族で過ごすのが一般的。新年は一族揃って迎える事もあるし挨拶回りもする。この辺は日本と変わらないかも。現代は昔と比べたら集まる人数も少なくなっているとは思うけど。
出稼ぎに都会に出ている人でも故郷に戻ったりする時期でもあるし、それが許される時期でもある。
学園では唯一の長期休暇なので年末年始に合わせたのだと思われる。土地によっては雪のせいで帰路の途中で立ち往生とか起こるし、本格的な冬ごもりをする前にそれぞれの家へと戻れるように長めの休みとなっている。具体的にいうと二か月半ほどになります。
そんな長い間ユシルを放置とか恐ろしい。
「出来れば続編のシナリオも聞いておきたいわね」
「そうなんですよね」
ユシルがポロポロと漏らしてはくれるのだが、その殆どが“カイ様”関連のものなので微妙だ。いや、カイ様は実行犯だけどさ。もっと全体的なシナリオが知りたい。特に“暗殺”関連のイベントについて。
たぶんシナリオの縦軸になるイベントだと思うんだよね、流石に最後の最後に襲撃イベントを起こして終わりという雑な事はしないと見ている。
個人イベントだと王太子とカイ様以外ではあまり触れてこないかもしれないが、共通イベントで匂わせくらいはすると思うんだよ。
時間経過で起きる共通イベントで伏線を張って最後にドカン!という手法だと予測している。
その辺りの事を確認したいのだけど…それに対しての時間も足りない。絶対に脱線する。
ユシルの口ぶりだと何度もプレイしたのは“カイ様”ルートだけみたいだけど、少なくとも王太子のルートは一回はプレイしている。
前作もやり込んでいたみたいだし、他のキャラも一度は攻略したと思うんだよね。
“カイ様”ほど詳細には覚えていなくとも、なんとなくでも覚えていれば助かる。
「続編で分かっている事は“王太子の暗殺”が起きる事と、その実行者が教師として潜入してくるということ、それから続編のヒロインのデフォルト名が“イネス”である事と庶民の出だという事だけですよね…?」
指折り数えて確認して見れば、情報の少なさに笑えてしまう。
ユシルに詳細を訊ねるには時間も足りないし、来年の新年度が始まる前に見つけ出すのは難しいな。
「それなのだけど…その“イネス”はどうしてこの学園に通う事が出来たのかしら?」
「あ…」
レオーネ様に指摘され、私の頭も回りだす。
この学園は貴族専門の学園だ。学園に通えるほど裕福な家の出だとしても、また優秀な人材であっても“貴族の血を継いでいない”という事実一つで門前払いされる。
なお庶民でも通える学校は存在するし、そちらの方が実力主義なところが多いので我が校よりも優秀な生徒がいる場合もある。
「考えられるパターンとしては、優秀な生徒を取り込む為に“特待生”枠を設ける事ですね」
このパターンは“魔法”が出てくる世界観に多い。
主人公は庶民の出だが、類まれな魔力を持っていたり、珍しい属性の魔力を持っていたりと世界観からして“特別”な設定がついているパターンだ。
庶民出身のヒロインの奔放さに貴族間の腹の探り合いに疲れた攻略キャラが癒されて~とかも王道パターンだし、これなら貴族だけの学園に庶民のヒロインを放り込む不自然さも薄れる。庶民だからと学園になかなか馴染めなくて…と弱音を吐かせて攻略キャラの庇護欲をそそったりも出来るしね、王道パターン。
「他は、母親が亡くなって貴族の父親に引き取られて~とか、親の再婚とか、優秀さが認められてとかで養子になるパターンですね」
ツラツラと思いつく限りのパターンを上げていく。
この辺は現代ものでも応用が利く。
「…見目が良ければ養子にする事はありえるわね、万が一高位貴族の目に留まれば出世に使えるわ」
それだとますます悪女設定もありえますね。
ブクマ、評価ありがとうございます。




