59 追い詰めすぎた?
更新再開です、よろしくお願いします。
ユシルは授業にも出ずに部屋に篭り、食事もあまり取っていない様だと報告がされる。
それはさすがに体を壊すのではないかと心配したが、特に出来る事はなかった。
食事は寮母さんが届けているが、そのままの状態で部屋の前に置かれている。…一週間後とかにしないで良かったと思った。下手したら死んでしまう。
そして約束の三日後、私は久しぶりに自分の寮部屋へと足を踏み入れる事にした。
自分の部屋でもあるが礼儀としてノックはしたが返事はない。
少々の躊躇いを感じたが結局はドアを開け中へと入る。
部屋の空気は淀んでいたしカーテンが閉められているせいか暗い。
私の後に部屋に入ってきたメルーセは「失礼」と断りを入れてからカーテンと窓を開けて空気の入れ替えをする。
授業が終わった平日なので窓の外は夕暮れに近いが、それでもどんよりとした空気感は薄れる。
さてユシルは…と見るとベッドの上が人型に膨れており、間違いなくそこだろうと思わせた。
「ユシル…!」
一応声を掛けたが案の定反応はない。
頭まで被っていた布団を引っぺがせば大分窶れた様子のユシルがボンヤリと虚空を見上げていた。…明らかに精神を病んでいる状態にやり過ぎたかと後悔に襲われる。
「で、考えは纏まった?」
しかし元々は自業自得だと心を鬼にして問いかける。
声に反応したのか、虚空を見上げていた視線が私の方を向く。
「セルリア……」
徐々に意思がハッキリしてきたのか、掠れた声で私の名を呼んだかと思うとみるみるとその目から涙が溢れてきた。
「わた…し…、ちが、う……」
この三日の間、碌に発声をしていないのか上手く言葉が紡げない様だ。加えて喉に空気が入った事によりゴホゴホと咳き込む。
痛々しい姿だ。
この様子を見る限りは自分の行いを反省している様だが…今までが今までなのでまだ油断は出来ない。
とりあえず水を飲ませ様とすればメルーセが私の代わりに動いてくれた。あまりユシルと接触させない様にという配慮だろう。
衰弱してただ座るのもキツそうなユシルに枕を背もたれ代わりにして座らせたあと、メルーセは私の後ろに下がった。
「ユシル…」
頭の中で何から話そうかと考えながら、今度は優しく声をかけた。
憔悴した様子を見せるユシルと視線を合わせる。
「自分が誰かわかった?」
最初からこの問いは酷かとも思ったが、自覚してもらった上で立ち直ってもらう必要がある。
おそらく自分も含めて“本来の人格”には戻らないと思う。戻ったとしても、今の私達の記憶が完全に消えるわけではないと思うのでやはりゲーム上の性格とは変わってしまうはずだ。
完全に“セルリア”だった頃の記憶は前世の記憶ほどではないがやはり曖昧になっている。しかし、その時から前世の感覚に影響されていたので、記憶を思い出さずに成長してもゲームとは多少性格の変化はあったと思う。
レオーネ様の様に。
そして“それ”はユシルも同じ。
「私は……」
問いかけに答えようとするがその先は続かない。…本当は自分で気付いて欲しいのだが、それはまだ難しいか。
「じゃあ教えてあげるね?」
恩着せがましく言いおいてから。
「あなたは“ユシル・ミラ・コレンス”」
そう、当たり前の事を教える。
「そんなわけないじゃない!私が“ユシル”じゃないって……セルリアが否定したのよ!!」
激昂するユシルに頷く。
「それも事実ではあるよ、あなたはげぇむに出てくる“ユシル”じゃない。
でも、この世界とは別の世界で生きた記憶を持っている“ユシル”であるのも間違いないんだよ」
まるで禅問答のようだな、と他人事の様に思う。
「記憶が戻ってしまった事で、その“記憶”に振り回されてしまっただけ。
その“記憶”がなかったら故意に王太子たちには近づいたりしなかったんじゃない?」
ゆっくりと、言い聞かせる様に問いかける。
「…記憶が戻らなかったら?」
「そう、げぇむの記憶がなかったらユシルはどうしてた?」
「それは…」
今まで考えた事がなかったのだろう、私の問いにユシルは自分の心、あるいは過去へと意識を向ける。
沈黙が続くが促しの言葉はかけなかった。ジックリと考えればいいと思う。
「…わからないわ、でもアルレール様たちに自分から話しかけたりはしなかったと思う」
長い沈黙の後に首を振りながら答えられた。
うん、それがこの世界の貴族の常識だ。自分よりも高位の貴族に気安く話しかけたりなんてしない。誰か、既に知り合いの人物に仲介してもらうという方法が一般的だ。私がレオーネ様やイオリテール様と出会った時の様に。
相手に声を掛けてもらう為にワザと近くで物を落とすとかの荒業もありますけどね、そのやり方は知られ過ぎていて下位の者が高位の者に対してした場合、目撃されれば顰蹙を買う行為でもある。それこそワザとじゃなくともそう見られてしまう。
反対ならまだ風当たりも弱いものだけど。
確かゲームでのヒロインと攻略キャラの出会いにはそういう出会いもあったと思う。
誰が相手だったかな?
まぁ思い出せないからいいや、私には関係ないし。
「あの幽霊も探さなかったよね?」
「……ええ、探しようがないわ、知らないのだもの」
サスケの話題を出すのは少し心配だったが、ユシルはゆっくりと考えた後に憑き物が取れた様に淡々と答える。
「今も…自分が“主人公”だと思っている?」
確信となる問いかけに、ユシルはハラハラと涙を零す。しまった、まだ早かったかな?
「思っているとも、思っていないとも言えるわ。私は“幸せ”になる為に生まれてきたんだもの」
「それは“ユシル”に限っての事じゃないよ、生まれて、生きている限りは“幸せ”になりたいと思うものじゃない?」
何を幸せと思うかは人それぞれだけど。
「私だって“幸せ”になりたいよ?既に十分幸せでもあるけど」
ゲームとは違ってお姉様も健在だしね、家族仲も良好だし、貧乏というわけでもない。
上を望めばキリがないが、現状で満足もしている。…とはいえ現状維持は長くは続かないのも分かっている。
いずれ私かお姉様のどちらかが家を継がないといけないし、継いでも継がなくても貴族の娘として生まれた以上は誰かと結婚しなくてはいけない。いつまでも実家に寄生するわけにはいかないのだから。
お父様の事だから、人格に問題がある人と結婚させる様な事はないだろうけど“良い人”であっても恋愛の意味で好きになれるかは別問題だ。
それに自分が好きになっても相手も自分を好きになってくれるかもわからない。
恋愛結婚が出来る貴族はきっと稀。でも婚約したり、結婚した後に“恋”へと発展するのも良くある事だ。
「ユシルは…母親の事をどう思ってた?」
記憶が戻る前から大切だったと思われる、私が知る唯一の人物だ。
「おかあさま…?」
答える声は幼くて、零れる涙の量が増す。
「私、お母様に酷い事をしたわ。大好きだったのに…“記憶”を取り戻してからはお母様の事なんて考えなかった」
両手を顔に当てて泣き崩れるユシルに困ってチラリとメルーセの方を見れば、今は動ける様で一つ頷いた後に私のスペースからタオルを取り出して渡してくれた。ちょっと視線をやっただけで必要としているものを理解してくれるとか、優秀な人はやはり違う。
そのタオルを渡せば素直に受け取り顔へと当てた。
この反応からすると母親に対してちゃんと愛情を抱いていたと知ることが出来たので、良かったと思った。
これで実は憎んでました。とか言われたら救われない。
「ユシルは…今までの行いを母親が知ったらどう思うと思う?」
もしもユシルの母親が他人を不幸にしても自分の幸せを一番に考えろという精神の持ち主だった場合、確実にマズい問いだが…。
「悲しむと思うわ…」
ヒロインの実の母親が、そんな事を思うはずがない。
ブクマ、評価、感想いつもありがとうございます!
更新頻度は落ちますが、更新再開させて頂きます。
週一くらいのペースになると思いますが、よろしくお願いします。




