53 悪役令嬢に成りきります
トルクすごいっ!!
内心で絶賛する。
今までユシルがこちらの思い通りに動いた事がなかっただけに、名前ではなく家名で呼ばれたという小さな事で感激してしまう。
このまま作戦通りに進んでいく事を願わずにはいられない。
「ユシル…」
声を掛ければ反抗心が残った目を向けてくるがトルクの存在があるからか何もいわない。
私よりもそちらの方を警戒しているのがわかる。トルクが少しでも動けば体が反応してビクつくからだ。
とはいえ恐怖で委縮させる手段はこのまま続けると悪手となる。
ゲームの情報を知りたいのに、それを話されるとトルクがフリーズしてしまう瞬間が必ず訪れるからだ。
その事実に気付いているのかいないのか、ユシルの態度からはイマイチ読めない。
サスケに捲くし立てていた様子を見ると気付いてなさそうでもあるが、それだとこの世界を“ゲーム”だと信じ込む根拠が一つなくなってしまう。
気付いているならトルクに捕まった時に試してみる手もあったのだが、恐怖で頭が回らなくなるのも良くある事だ。
ただ、もしも気付いていないのなら教えたくはない情報だ。
この事実が知られれば私とレオーネ様がいなければ簡単に逃げ出す事が出来てしまう。かといって私たちがずっと見張っているというのも難しい。したくもないし。
「あんまり怖がらせて話が出来なくなっても困るし、少し下がってて」
「しかし…」
適当な理由をつけて下がらせようとしたが躊躇われる。だが、私が命令を撤回しないので渋々と指示に従う様子を見せた。
「首と胴体を繋げときたかったら、お嬢さんの問いには素直に答えるこった」
入ってきたドア付近で待機する前に脅しを掛けていくのを忘れない。
「返事はどうしたっ!」
「ひっ、は、はい!」
答えが直ぐに返らなかったのが気に障ったらしく怒鳴りつけたトルクにユシルは慌てて何度も頷いた。
トルクが味方でいる事に感謝しつつ、実家での様子との違いに内心で恐怖を抱く。
普段はよくお菓子をくれる気のいいおじさん…という感じなのに。
確かにガタイもいいし、顔もどちらかといえば強面といわれる顔をしているが、それを払拭できるほどに気さくな雰囲気を醸し出しているというのに!
私もお姉様も誰もトルクを怖がってはいない。むしろ気安く声を掛ける。
庭に植えて欲しい花があれば直接交渉が基本です。
トルクがバランスを考えて厳選した木や花を配置していますからね、大抵は頷いてくれますが偶に無理と断られます。妥協案として植木鉢をくれました。
最終的に枯らしてしまったとこまでがセットの懐かしい思い出です。
食虫花に虫を与え過ぎてはいけないそうです。溶かすのに結構なエネルギーを消耗するらしく、食べ過ぎると消化にエネルギーを取られるのが理由だそうだ。ナマケモノかな?と思ったのは内緒です。満腹でも餓死するとか怖すぎる。
面白いからといって何度も葉を触るのも弱らせる原因となります。
私が育てられるのは強い種類の花だけだと言われてしまったので今は大人しく見るだけに留めている。それも触れるのは禁止されているけどね。
さてさて、それでは悪役令嬢パートツーと行きますか。
今まではユシルが思い通りに動いてくれなかった為に散々失敗しましたが、今度こそやり遂げなくてはいけません。
縛られたままなので芋虫の様に這いつくばるしかないユシルに対してニヤニヤとした笑みを浮かべる事で恐怖を煽ります。
「いいざまね、今まで散々好き勝手やってきたのに…」
実感がこもっているぶん感慨深い気持ちになる。ユシルの瞳は恐怖に揺れつつも折れていない。
「ユシルには色々聞きたい事があるんだけど…まずは“王太子暗殺”の件から聞こうかな?
どこで知ったの?」
てっとり早く“ゲーム”という単語を引き出したかったのでゲームでしか得られない情報を聞き出す事にした。サスケについてでもいいのだが、影で隠れて聞いているサスケに精神的なダメージがいく恐れもある。何よりサスケの名を出せばユシルが暴走する可能性が高い。
「そんなのセル…オルレンス嬢には関係ないじゃないですか」
背後からのトルクの睨みによって危ういところで“オルレンス嬢”と呼んだユシル。
「関係ない?自国の“王太子暗殺”が本当に関係ないとでも思うの?」
心底呆れ果てて問いかける。
「しかも実行者の目星も付けているのに、それを報告もせずに野放しにしてるし…」
サスケはうちの使用人なので実際に報告をされたらオルレンス家に害が及ぶ可能性が出てくる。
もちろん暗殺なんて企んではいないだろうけど、他の件でボロが出てくるかもしれない。
領地では必要な事でも国から見ればアウトな事もある。
例えば軍事。
領地によって持てる兵力の最大は決まっているが、領地の状態によってはそれを超えてしまう事がある。
野盗が多いとか、野生の獣が多いとか、災害が多いとか理由があっての増強だとしても“法律だから”と言われたら従うより他ない。
数の上限を超える様な事があれば書類上は別の職に就いている事にしてしまえばいい。
サスケやメルーセ、それにトルクはコレに当たるのではないだろうか?
兵士と違って特に上限は決まってないし。
「それどころか盛大に愛の告白までしてたよね?」
フラれてたけど、と小声で付け足せばそこが腹の立つポイントだったらしく反論してくる。
「フラれてないわよ!今はまだカイ様の好感度が低いだけだもの」
「ああ、そこはどうでもいいの。今ここで問題にしているのは何故“一介の男爵令嬢”が“王太子暗殺”なんて大それた計画の事を知っているのか?だもの」
「それは…」
さすがに自分が持っている情報の大きさに気付いたのか口ごもる。
「因みに私は上に報告済みよ?だからこそ彼が派遣されたのだもの」
上=レオーネ様なので嘘は言ってない。今回の“作戦”にトルクが派遣されたのも本当の事だ。ただ勘違いさせる言い回しをしているだけ。
「ハッキリ言った方がいいかしら?遠回しに言ったのでは理解できないでしょうしね?」
完全に小バカにしつつ、ユシルにとっては衝撃的な一言を放つ。
「あなたが“王太子暗殺”を企てた犯人の仲間だって疑っているの。…いえ“疑い”ではなく“事実”なのでしょうけど」
私が転生者ではなく、この世界に生まれたただの住人であればそういった思考展開をしても可笑しくはない。
「王太子たちに近づいたのも仲間の手引きのため、そうなんでしょう?」
侯爵や騎士に対して散々責め立てた“思い込みによる決めつけ”をユシルに対して行う。どれだけ嫌なものか身を以って知るがいい。
「そんな、私がそんな事をするわけないでしょう!?」
与えられた衝撃に暫し呆然としていたユシルだが、このままではヤバいと思ったのか言い訳をしてくる。
「その証拠はどこにあるの?言っておくけど今までの振舞いから“証拠はないけど信じて”なんて戯言は言うだけ無駄だから」
「………」
今まさに言おうとしていたのかユシルはパクパクと数度口を開閉させた後に結局は何も言わなかった。
「ほら、何も言えないって事はやっぱりそうなんでしょう?」
「…違うわ」
「…違わない。だから好きでもない殿方に媚を売っていたのでしょう?」
「私はそんな事してない!」
「それを誰が信じるの?
散々マナー違反の振舞いをしてきて、高貴な方々以外とはクラスメイト達とも交友してこなかったのに?」
本当のスパイならその辺もそつなくこなしそうですけどね、いざという時にアリバイの一つでもしてくれそうな人の存在は貴重だ。科学捜査が出来ない世界では証言一つで冤罪が発生する。
証拠はでっち上げでも十分な効力を発揮するはずだ。
「ねぇユシル?私はこれでも心配しているのよ?」
激しく責め立てた上で急に親身な素振りを見せれば動揺する。上手く出来ているかはわからないが一応飴と鞭のつもりだ。
「だって同室ですもの」
ユシルと目線を合わせる為に跪き、そこで笑みを浮かべて更に突き落とす。
「さすがに死なれたら夢見が悪くなるものね?」
「………え?」
言われた意味が分からなかったのか、それとも理解したからこそか。動きが止まり瞬きすら出来ないでいる。
「だって当然でしょう?“王太子の暗殺”なんて企てたのだもの、見せしめの為にも処刑されて当然じゃない?」
クスクスと笑いながら一度かけた梯子を自らの手で落とし勝ち誇る。
「ああ、きっと楽に殺してはもらえないでしょうね?
お仲間のことを全部教えてもらわなければいけないのですもの、素直に“お話”出来ないのなら…酷い事もされるでしょうね?」
そこで意味ありげにトルクへと視線を向ければ、頷く代わりに手を上げて答える。…その手に握られているのはナイフと共に。
「いやぁぁぁぁっつ!!」
ようやく自分が置かれている状況を実感したのかユシルは声を限りに悲鳴を上げた。
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