50 先人の知恵を借りましょう
ついに50話です!
休みが終わるのは大概において憂鬱な気分になるものだが、今回はその比ではなかった。ブルーマンデーとか目じゃないくらい教室に向かうのが嫌だった。
ユシルにサスケを会わせた結果、得られた情報はいっぱいあったが失ったものも多かった。主に精神的なものが削られた。特に被害を受けたのはサスケだ。
元から私の護衛要員ではあったようだが、ユシルの見張りをするのは嫌だと珍しく我儘をいったらしい。上下関係でいうとサスケは使用人の中でも地位が低いようだ。
サスケの過去を聞いた事を他の人にはまだ内緒にしておくという口止めの交換条件として私からもお願いした。アッサリと認められたので本当に“命令権”が便利すぎると思い知った。…今度町で評判のお菓子とか買ってきてもらってもいいだろうか?
誘惑に抗うのが大変です。
現在は主に交代でユシルの見張りについているそうだが、彼女はこの休みの期間をカイ=サスケを探す事に費やしたという報告を受けた。横でサスケが顔色を青くさせていたのが可哀想だった。
「どうしてサスケに執着しているのかしら?」
というお姉様の最もな疑問には「顔が好みだったんですよ」と正解のようであり不正解のような見解を述べると納得された。
「顔はいいものね、サスケ」
しみじみと納得するお姉様に昔に言われた事を思い出す。…深い意味などないと信じている。
「あの女から逃れられるなら顔の皮を剥いでもいいっす…」
「グロイ事いわないでくれる?」
そうとう追い込まれているサスケの言葉に有名な推理小説の登場人物が思い浮かんでしまう。申し訳ないが側に置くのは嫌だ。
「まぁ、サスケがこういう状態なのでユシルの見張り役は他の人に任せたいんですけど…」
「セルリアがそういうなら仕方ないわね。元々メインはセルリアの護衛なのだし」
「軟弱ですね」
お姉様も大概だが、メルーセは直球で酷い。
「メルーセ先輩も同じ目に合えばわかるっすよ!」
ちょっと涙目で抗議するサスケを全く取り合わずにメルーセはため息を吐いた。
「では私はシフトの組みなおしをする必要が出来ましたのでお暇します」
「ええ、また何かあったらよろしくね」
「俺も影から見守ってるっす!」
メルーセが退席し、サスケもまた姿を消す。
明日はいよいよ休み明けとなりユシルと顔を合わせるのもあの時以来となるのでちょっと緊張する。
レオーネ様との作戦は授業が終わってからになるが、情報は手に入っただろうか?
こっちも手ぶらではアレなので、役に立つかわからない情報は仕入れたけど…。
「来年度になれば同室は解消されるだろうし、例え同じクラスになっても関わらなければいいわ」
「……そうですね」
例え違うクラスになったとしても関わらないという選択肢はないのですが…という事実はお姉様には隠しておく。更にいうなら来年は要監視対象が一人増えるという頭の痛い事実も伏せる。
続編のヒロインはせめて中身もヒロインだったらいいと願わずにはいられない。
明日、ユシルがどんな行動を取るのか予測できないのが辛い。
今まで通り、こちらを気にしつつも話しかけてはこない…というスタンスだと嬉しい。だってまだ何もレオーネ様と話し合ってないのだから。
この日は体力気力の回復の為に少し早めに就寝する事にした。
明けて翌日。
学年末テストも終了したし、後は学年最後の締めくくりである卒業パーティーを残すだけなので、自然とその話題が上り教室の空気は緩く浮かれている。
テストが返却されれば補講を受ける者も発表されるので、それまでは油断はできない。とはいえ今回のテストはお姉様とレオーネ様が勉強を見てくれたおかげで補講だけはないという自信はある。…他の不安で頭がいっぱいのため傍から見ればどう映っていたかはお察しだ。
結果としては予想通り補講は一つもなかった。むしろ本当に成績優秀者クラスを望めそうな成績だった。
まぁ余計な憂いが出来た気もするが問題は一つ解決したと言ってもいい。これで残りはユシルの問題だけになった。…それがまた厄介なんだけどね。
そのユシルの様子だが、こっそりと伺い見たところソワソワした様子を見せていた。おそらくサスケを探しに行きたいのだろう。今頃はきっと教室が見える位置の木の上にいると思われる。
窓の外を見るフリをして確認したがどこに潜んでいるかはわからなかった。忍者すげぇ!
授業が終わるとユシルは速攻で教室を出て行った。それを見届けてから私も寮へと戻る。今日は待ち望んでいたレオーネ様とのお茶会だ。
約束の時間までは得られた情報をもう一度確認して過ごした。
私が持っている情報はサスケの過去とユシルの実家での待遇など。ユシルの事はともかくとして、サスケの事はどこまで話していいのか悩む。うちの秘密とかレオーネ様相手でも勝手に教えるのはどうだろうか?
と思ったのだが、隠し通せるものでもなくほぼ全部白状した形になった。
「というわけで、サスケはいわゆる暗殺者養成所の出身みたいなんですよ。それに失敗した結果なぜかうちで雇うことになり私が“サスケ”という名前を付ける事になったんですが、本来なら仕事を終えて戻る事で晴れて一人前になり名前――おそらく“カイ”という名前を貰う事になったと思います」
「つまりは卒業試験の様なものなのね、ずいぶんと物騒だけど」
さすがは現代の創作物に慣れているレオーネ様だけあって理解が早い。非人道的な行為だと思うけれど創作物ではわりとある設定なのも確かだ。
「…見習い同士の殺し合いはしないのね?」
「思うんですけど、あれって非効率ですよね。せっかくお金と時間をかけて育ててきたのに必ず半分の人数にするんですから」
実力の強い者を残す形になるなら良いのかもしれないが、最初の相手選びで弱い者と当たらせる必要が出てくる。
互いに情を抱いている同士を最終試験で殺し合いをさせるというのがセオリーだが、それだと実力が高い者同士で争わせる事にもなって単純な戦力補強という意味では勿体ないのでは?
情に惑わされて強い方が死ぬ場合も十分にあるしね。主人公の方が弱いのに生き残っちゃったとか、その最終試験の相手が中盤からラストにかけて復活して主人公を動揺させるとかも定番だ。
「まぁ、その試験の意義は深く考えないでおきましょう。今は関係ないし」
「そうですね」
下手に知識があるせいで思考が脱線しがちだ。時折修正を掛けながら作戦会議を続ける。
「他に私が持っている情報ですと…ヒロインは実家では肉体的な暴力はあまり受けていない事と、いわゆるネグレクトの様な扱いを受けている…って事ですかね。あ、暴言は精神を抉ってくるようなものから「平民の子のくせに!」というテンプレ台詞を正妻やその子供から言われていたみたいです」
「それもありがちね~、ネグレクトと言っても実母との関係は悪くなかったのでしょう?」
「はい、実母との関係は良好だったみたいです」
ユシル本人が聞けば機嫌を害しそうなノリで話題にする。ユシルが本当に“友人”ならばもう少し同情もしたのにと思えば罪悪感が刺激される。
「ヒロインの場合、人格形成には“前世”の方が大きく関わっているでしょうね」
「なんか幼い感じですよね、言動が。もしかしたら若くして亡くなったのかもしれません」
幼い方が思い込みが強いものだし…いや、電波はまた別?
でも自分がプレイしていたゲームに似た世界に転生、しかもヒロインに…となれば中二病が刺激されても可笑しくない。特に前世で発病して治っていなかった場合はやっぱり自分は特別だったと思い込んでしまっても不思議ではない。
「サスケに会わせて現実を思い知ってもらおう作戦は失敗したわけですが…」
「そんな作戦名が付いていたの?」
「いま適当に付けたものです」
呆れた視線を向けられるがツッコむのも面倒とスルーされた。
「私の方はお父様に“王太子の暗殺”の噂があるという事を知らせておいたわ。学生の信憑性の低いものだと前置きして、だけれど事が事だけに一応報告を…という体をとってね」
「実際にその計画がどこかで進行している可能性は高いですけど…情報源が情報源ですからね、本当の事はいえませんよね」
言ってしまえば一人の女生徒の妄想でしかない。
「ええ…その“噂”をどこで聞いたのかと問われて誤魔化すのが大変だったわ」
「ご愁傷さまです」
相手はケオグジヤ侯爵、自分の父親であると同時に国の重鎮でもある。
事も大きく…心中で自分がするのではなくて良かったと胸をなでおろす。
「それで?何か分かりました?」
「今のところ何も。本当に噂でも起きていれば探りの入れようもあるでしょうけど、現段階では念のために調べておこう…程度のものね」
「そこで上手く当たりを引けるといいですけどね」
「ゲーム上でハッキリと犯人が示唆されていると楽なのだけど…」
「ゲームですからねぇ」
そこで二人そろって溜め息を吐く。
犯人がシナリオに深く関わっていない限りはそういう事件があっただけで終わっても仕方がない。
メインはあくまでヒロインと攻略キャラとの恋愛を描く事で暗殺云々はそれを盛り上げるスパイスでしかない。
「それこそヒロインのシナリオの進め方で犯人が変わるパターンだってありますからね、ゲームだと」
暗殺をシナリオのメインに絡めるのならヒロインがターゲットにした攻略キャラが暗殺に関わっているというパターンにする場合がある。
Aを攻略するならAが犯人で、Bを攻略するならBが犯人とかね。
続編はそういうパターンでないのが救いといえば救いか。
「来年度が来るのが怖いわ…」
「下手をしたらヒロインを二人も相手にしないといけないですからね…」
だからこそ今のうちにユシルをどうにかしたい。
「ヒロインを正気に返す方法とかないですかね?」
「参考までに、今まで読んだ本ではどうしてたかしら?」
「う~ん…」
前世では悪役令嬢ものの本も読んだし、その中にはユシルの様にゲームだと思い込んだヒロインを無事に退けるパターンもいくつかあった。それらを必死に思い出す。
「とことん現実だと教え込むくらいですね」
「具体的なやり方を聞いているのだけど…」
「ゲームとの差異を淡々と説明し、自分が取り返しのつかない事をしているのだと時間をかけて諭す事で憑きものが取れた様に大人しくなります」
「…既にしたわね」
「そうなんですよ…」
今まで私が読んできた話だと当に現実だと認識してもいい頃なんだけど。
「…中二病なら時間が解決してくれるのに」
「長い人だとかなり引きずるらしいですよ」
妄想の自分と現実の自分とのギャップに耐えられなくて完治…という言い方もアレだがする者も多いと思うが、そもそも現実の自分から逃避する為に中二病になる人もいる。
それでも社会人を経験して罹患している人は少ないだろうと思うけど。
「いっそ排除した方が……」
「危険思想はダメですよ」
発想が物騒なものになっているレオーネ様に忠告し…いや、それはアリかも?と閃く。
レオーネ様はそこまで物騒な事は思っていなかったと思うけど。
「ねぇレオーネ様?悪役令嬢しかり、ヒロインしかり、定められた“物語”を改変するのはいつでも“転生者”ですよね?」
何も本当に排除しなくとも、近いことをするだけでいい。
「…あなたの方が危険思考じゃないかしら?」
否定はしきれませんが、安全面の確保はします。
私の“作戦”を聞いてレオーネ様は引きつった笑みを浮かべるより他なかった。
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