30 犬に褒美をあげましょう
褒めればやる気がでます。
お姉様の部屋に戻ると犬がキラッキラの瞳で正座して私の帰りを待ってました。え?犬?
そういやまだ褒めてなかったな、と幽霊作戦の後に褒めると約束した事を思い出す。レオーネ様に教えていただいた褒め方のコツは忘れました。名前を呼んで褒めるという事しか思い出せない。
「サスケ…」
褒めるのは今なのだろうか?
伺いながら名前を呼べば興奮を抑えきれていない声でサスケはまくし立ててくる。
「俺、感動しました。あのアバズレに対しての絶縁宣言とその後の取り巻きに対する凛とした振舞い。教師を経由してアバズレにダメージを与え、取り巻きその二に対しても本題に入らせる前に話を終える…見事な手並みでした!」
列挙されると自分がした事が悪く感じてしまう。
いや、私はそこまで悪くないよ。むしろ良く耐えたよ、色々と。
あと騎士はともかく王弟を取り巻き呼ばわりもどうかと思うよ、どうせ調べて背景を知っているだろうに。
「相手が強く出てこなかったからね」
口で言い負かせる相手であった事と、どちらかといえば気弱で押しの弱い相手だった事が幸いした。
「まぁ、あの小僧がセルリア様の肩を掴んだ時はその手を切り落としてやろうかと思いましたが、思いとどまって良かったです。セルリア様のカッコいいところが見れたんで」
カッコよかっただろうか?
物騒な言葉が飛び出していたが実行されなかったので無視をする。て、ちょっとまった。
「もしかして見てた?」
「俺はセルリア様の護衛っすから!」
いい笑顔で返されました。
「え~と、いつから?どこまで?」
「今日はずっとセルリア様の護衛をしてたっす!あのアバズレが何をしてくるかわからないからっす!」
一令嬢がいきなり実力行使に及ぶ事はないだろう、実際ユシル本人がした事は朝に話しかけてきて勝手に撃沈しただけだ。
「あ、アバズレの見張りは他の者がちゃんとやってたっすよ!今日は休み時間の度に取り巻きに相談という名の愚痴り大会をしてたっす!」
「うん、それは予想してた」
でなければ騎士と王弟が私の元に来る事はなかっただろう。
「あいつ最低っすね!いや、それは前からわかってた事っすけど全部セルリア様が勝手に怒って自分を虐めていると説明してたっすよ!」
「……へぇ」
懲りてないというか分かってないな、やはり。
「王太子と虫は話は聞いてても鵜呑みにしている様子はなかったそうっす、でもルオイ・テラ・トレストはだいぶ同情的だったみたいっすから…きっと近いうちに接触してくるっすね」
ルオイ・テラ・トレストは攻略キャラの侯爵の名前だ。
ゲーム上では既にトレスト侯爵の名を継いでいるが、レオーネ様のおかげで父親がまだ現役なので彼は嫡男で跡取り息子という立場。
学園を卒業したら本格的に父親を手伝う事になるとは思うけど、自身の地盤固めをしてからの方がスムーズに跡を継げるので侯爵を名乗れる様になるまであと数年はかかる。
ビジュアルとしてはクール系で、氷の貴公子とかそういったあだ名がついても可笑しくない見た目と性格だった。
最初はめっちゃツンツンしているキャラなんだよね、嫌味という名の喧嘩を毎度吹っ掛けてくる様なキャラだ。
そうなる原因(父親の死)が排除されている今は幾分かマシになってるだろうけど。
ストーリー的には、ある意味での王道といえるもので…本当に騎士の中の人が声を当てていてくれればと悔やんでならない。声の質は低いんだよね、低くて…なんというか棒読みだったんだよね。
当時は新人さんだったのかもしれないし、もしかしたら別の分野の人が何かの縁で声を当てていたのかもしれない。
せっかく人気がでそうなキャラだったのに声が残念すぎた。いや、声質的には悪くないと思う。あの棒読み感が抜ければ普通に良い声といえる。…好みかどうかは別だが。
あまりの棒読みに耐えられず彼の声はオフにしてルート攻略をしていた。…棒読みで口説かれても騙されてるよ!というツッコミが止まらなかったものですから。
「え~面倒だなぁ…」
「セルリア様の命令ならやっちゃうっすよ?」
どう漢字変換しても不穏にしかならない発言は止めて欲しい。思わず頷きたくなるじゃないか。
「…後始末はどうすんの?」
「なんとかなるっすよ!」
ならないと思うよ、全員子爵家より爵位が上なんだからもみ消せない。例え爵位が下でももみ消してはいけない。
身分を笠に着て犯罪行為に走ってはいけません。
「面倒だけど危害を加えられたわけじゃないから止めて」
「セルリア様がそういうなら止めておくっす、今は」
だから不穏な言葉を付け足すのは止めてくれ。すっごく残念そうに言うのも止めて欲しい。
このタイミングで褒めるとサスケの危険思考を助長させるだけでは?
せっかく思い出したのに躊躇ってしまう。
いやいや初志貫徹。ここで褒めなければまた忘れてしまう、私の事だから。
「サスケ…」
「なんすか?」
何故かサスケの頭に垂れた耳が見える。幻覚が見えるほどに疲れているのだろうか?今夜は早めに寝よう。
「まだ幽霊作戦のお礼を言ってなかったよね、本気でビビったわ、ありがとう」
褒めるのに慣れていないせいで嫌味を言っている様に聞こえる言い方をしてしまったが、サスケは満足したらしい。
「セルリア様は豪胆ですからね、ちょっとやそっとの事じゃ驚かないと少し本気を出したっす」
豪胆はきっと女子に向かって言う褒め言葉ではないと思う。遠回しに可愛げがないっていってない?そして私の事も驚かせるつもりだったという事か?
「だってセルリア様が余裕だとあのアバズレも驚かないじゃないっすか!」
「いや、普通の令嬢なら驚くでしょ」
十分怖かったよ、アレ。でも種明かしされてる私より早く復活して追いかけてたなユシル。実はお化け得意なのかな?
「アバズレは普通じゃないっすよ」
真顔で言われてしまうが否定できない。確かに普通の令嬢ならあんな風に攻略キャラにちょっかいを出さないと思う。でもお化けが苦手かもしれないじゃん。
「それで?これからどうするっす?」
正座の姿勢のまま首を傾げて訊ねてくるサスケを見て、ふいにサスケも(続編の)攻略キャラだという事を思い出す。
昨日はレオーネ様の思い人が思いがけずに判明して、ざっと人となりを聞いても来た。
わんこタイプの後輩キャラだなという感想だった。
とにかく素直で可愛いタイプだと惚気られた。
攻略キャラではあるので能力は高め、ただ完璧王子様といった設定でハイスペックの王太子には一歩及ばずといったところか。
レオーネ様が見る限りは「兄上はすごいです~」とブラコン気味なところがあるらしい。
なお王太子も第二王子も共に正妃の子なので王位継承権は生まれた順番となっている。
…ゲームでは優秀な兄に勝てずコンプレックスを抱えている~といったところかな?
第二王子のゲーム上でのストーリー予測は簡単だがサスケの予測は難しい。どこかの貴族の落胤だったとしても年齢から生徒として学園に通うとは思えない。
教師という枠は既に王弟というインパクトも強いキャラがいるので、ただの教師というだけではないと思う。
王太子妃になる可能性のあるヒロインを影から護衛している…という設定はどうだろうか?うん、ありそうじゃない。それならサスケの忍者という特性も活かせるし。
ゲームではセルリアの執事っていう役どころじゃなさそうだし、今なんでオルレンス子爵家に雇われているのか謎だ。どこで改変が働いたのだろうか?
「特に思いつかないので静観します、今はレポートを仕上げる」
ぶっ飛んだテーマを面白そうと許可してくれたシルノイ先生の為にも、それなりに筋が通ったものを書き上げなくてはならない。
実際の戦争をいくつかピックアップして、そこに“魔法”という概念をぶち込んだ場合どうなるのか?という対比を書こうと思う。近代兵器を古代の戦争に持ち込んだ場合にどうなるのか?と似たような結果になりそうなので、考察は多少は楽だ。現代知識万歳!
もっと役立てる方法はあると思うが前世もポンコツなため活かせる知識がない。
家電の使い方は知っていても作り方は知らないものですから、似たようなものの発明も無理。基礎知識が圧倒的に足りない。情熱もハングリー精神もない。今あるもので十分です。貴族万歳。
「じゃあ、必要な資料を集めるの手伝うっす」
今、信じられない言葉を聞いた。
サスケが自発的に私の世話をやくとか初めてじゃないか?あれ?なんの為の専属かな?
キラキラと期待に満ちた目が向けられている、パタパタと揺れる尻尾の幻覚も見える。これはもしや幽霊作戦の功績を褒めた事による効果だろうか?
褒められる喜びに芽生えたとか?
チョロくね?今までの主を主と思っていない雑さはどうした?
「じゃあ…お願いしようかな」
せっかくやる気になったのだから水を差してはいけないと、まだ自分がどんな資料を求めているのかも分からずに適当に指示を出す。
「小規模戦闘と大規模戦闘、大差がついたものとついてないもの、それぞれ昔のものと最新のものが書かれた本があれば持ってきて」
「了解っす!」
大雑把な指示に嬉しそうに頷いたサスケは目の前から姿を消した。
ああ、ようやく一人になれたと安心したのも束の間、今度はお姉様が戻ってきて色々と聞かれる羽目になった。
「それで?ターレ・エオ・イエウール卿が昼休みに、リオルド先生が放課後にお話をしにきたのね?」
「はい、用件を詳細に聞いたわけではありませんが、まずユシルについての事だと思います」
「おおかたセルリアを悪者にして謝罪をしろと強要しに来たのでしょうね?」
ふぅ、とため息を吐くお姉様に同意する。他に私にどんな用事があるというのか。
「メルーセの報告でも、あなたに無下に扱われて悲しいというような事をそれぞれに訴えていたそうよ?」
「私は真実しか言ってませんけどね」
多少の誇張はしてしまったかもしれないが嘘は言っていないはずだ。
「でも話の内容を聞かなかったからこそ相手からはコンタクトを取ってくるでしょうね、あなたを謝らせるのに成功すれば彼らの株も上がるもの」
「話を聞くのも嫌なんですけどね」
「得るものはストレスだけですものね」
お姉様が同情を込めた同意をする。これからの対策としては一人にならず人の目があるところにいるという事だろうか?
話を聞いて終わるならそれもアリだが、私が謝らない限り終わらないのなら単なる徒労で終わる。
「イオには私から話しておくわね?セルリアに非はないと」
「え?だめですよ」
そんなお姉様自ら虫と接触するとか。
「大丈夫よ、イオはちゃんと話せばわかってくれるから」
にこりと笑むお姉様の虫へと向ける信頼にこそもの申したい。なにちゃっかりとお姉様に信用されているのだ。
やはり虫は花に近づけてはいけない。同じクラスだから物理的に難しいのかもしれないが。そこはメルーセに頑張ってもらいたい。
要注意人物の欄に赤ペンで虫の名前を書いておくようにとお姉様がいない時に話しておいた。後でお姉様に報告がいくのは承知の上だ。
殺虫剤で駆除できれば楽なのになぁ…、とサスケがさっそく集めてきた本に目を通しながら思う。
あ、今度は直ぐにサスケを褒めました。
ますますやる気を出してくれて嬉しいです。漢字変換は怖いので諦めました。
評価、ブクマありがとうございます!