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番外 レオーネは違和感と戦う

本日2話目の投稿です。

レオーネの幼少時代のお話。

国内でも有名なケオグジヤ侯爵家の末娘として生まれたレオーネは、齢七歳にして常に違和感と戦う日々を過ごしていた。

己が持つ価値観と、世間、それも貴族間での価値観がそぐわない事を常に意識させられる。

違和感の最たるものは己の家族関係だった。

父親たるケオグジヤ侯爵には二人の妻がいた。まずその時点で違和感が生じる。妻が二人ってなんだよ、と。

しかし貴族に於いては公的に複数人の妻を持つことが許されていたし、平民であっても公にはできなくとも愛人がいる家庭はあっただろう。

侯爵令嬢という高い身分ゆえに自分が第二、第三夫人…いわゆる“愛人”という立場に置かれる確率は極めて低い。しかし自分が正妻になったからといって夫が“愛人”を持つ事を止められるわけでもない。

相手の身分が下であれば、実家の権力を使い表向きに“愛人”を持たせる事は止められるかもしれない。しかしそれでは本質的な解決には至らない。

夫となる人物には自分一人にだけ恋愛感情を抱いて欲しいのだ。

誰かに憧れるくらいなら許せても、自分以外の誰かに愛を囁いている姿は想像といえど我慢がならない。それは浮気ではないのか?浮気は許されない事ではないのか?

自身の世話をしてくれる侍女に問いかければ「それが理想ですけどね、現実とはかくも厳しいものです」と悟った表情をされてしまった。いったい彼女に何があったのか、問いかけたくともそれを許してくれる雰囲気は微塵もなかった。

またの機会にしようと幼いレオーネは賢明にも諦めた。

可笑しな事はまだある。

己の二人の兄についてだ。

まだ幼いながらも貴族の世界で生きてきたので将来家を継ぐ事になる長男が大事にされるのはわかる。次男以下は基本は長男に何かあった時のスペアだし、娘にいたっては有力な家との縁を繋ぐ為のただの道具だ。

そういう考え方があるのはわかる。

わかるのだが、こうまで扱いが露骨になるのかと…自分と血の繋がっている母親と兄、ついでにそれを黙認している父親にも嫌悪感が湧いてくる。

目の前で繰り広げられる茶番じみた悲劇に己も参加しなくてはならないのか…。知らず知らずのうちに年に似合わぬ重い溜息が漏れ出る。

ケオグジヤ侯爵には現在三人の子供がいる。

正妻が産んだのは長男と、末っ子のレオーネの二人。

第二夫人の女性が産んだ次男で三人。

さて、ここまで聞けば大抵のものはお分かりかと思うが、後継ぎである長男と、偶々近い年齢に生まれたこの国の王子二人の嫁候補となるレオーネと違い、異母兄であり次男であるイオリテールの扱いは良くなかった。

良くないという控えめな表現では問題があるほどに扱いは悪かった。

正妻が父親と同じ侯爵家の出身という事と、第二夫人が子爵家の出身という事も。

正妻はプライドが高く気が強いという性格をしていた事も、第二夫人が気の弱い、自分が我慢をしていればいいのだという耐え忍ぶのを良しとする性格だったのも、何もかもが悪い方へと話が転がる形となった。

せめて異母兄が異母姉であったのなら、また話は違ったのだろう。

母親は子爵令嬢だったとしても、第二夫人の娘だったとしても、その子供は法にも世間にも認められたれっきとした侯爵令嬢だ。使い方によっては利益を生む道具になる。

しかし異母兄は異母兄だった。しかも長男と年が近い。これで長男よりも出来が良ければ侯爵家の跡取りとなる可能性が出てきてしまう。

それが正妻には我慢がならなかった。

夫の愛情を奪い、更に息子から後継ぎの立場まで奪うのかと本人達の考えとは違うところで嫉妬の炎を燃やし二人に辛く当たるようになる。

使用人たちは同情しても助ける事は出来ない。庇えばその矛先がこちらに向かってくる。首になるのも困るが悪い噂を立てられては生きていく事すら出来なくなる。

唯一注意できる立場のケオグジヤ侯爵が注意しても怒りが強くなり、ますます強く当たる事になるという悪循環。結局は黙って傍観しているか、跡取りは長男だと約束して慰めるしか出来ない。

母親を真似て長男は第二夫人と半分血が繋がっている異母弟に辛く当たる。母親がそうしているのだからと、それが悪いことだという自覚もなく平気で酷い事をする。

そしてそれをレオーネにまで強要してくるのだ。

冗談ではない。

母親にある意味で洗脳されている長男を止める事は四つも年が下のレオーネには物理的に不可能だったが、折に触れてそれは恥ずかしい事だと、ゆえに自分は絶対にしないと説明した。

立場を代えーー自分がされたらどう思うのかーー人を代えーーレオーネがされたらどう思うのかー―何度も何度も根気よく諭す。

傍から見れば妹が兄に物の道理を説くという逆転現象に映っただろうがレオーネは違和感を持たなかった。むしろ子供に(・・・)大人が(・・・)知らない事を、道徳を、教えるのは当然という自負があった。

異母兄の方にも卑屈になるな、そんな理由がどこにあると発破をかける。

意地悪する人をどう思うのか、そんな人の下で働きたいと思うのか、全てに首を振る実の兄にでは仲良くしましょうと説いて無理やりに一緒に遊ばせた。

すると虐めるよりも、虐められるよりも一緒に遊んだほうがずっと楽しいという当たり前の事実に気づいた兄と異母兄は互いに心の距離を詰めた。

異母兄は自分の立場というものを良く分かっていた。

自分の母とも相談し、自分は絶対にケオグジヤ侯爵家を継がないという誓約書まで用意して正妻に僅かばかりの安心を与えた。

レオーネも自身の母に対して苦言を放つ。

「その様な器の小さい者が将来の王妃の母親になるのですか?

宮廷でもその様な振る舞いをすれば、王族の方にどう思われるか…その様な母を持つ娘を王族の一員に迎えたいと思いますか?

例え隠していたところで人は周囲の者の雰囲気から察しましょう」

レオーネ自身は別に王妃になりたいなどとは思っていない。

侯爵令嬢としての勉強もそれなりに大変だが、王妃となればこの比ではない事くらいはわかる。それだけ国を背負うという責任は重い。

しかし母親の暴走を止めるには彼女のプライドを刺激するのが一番だとも結論を出し実行する。すなわちレオーネが王妃候補となる障害になるつもりかと。

実の娘にこうまで言われた事と、変わってしまった長男を見て正妻は自分の味方は誰もいない事を知る。

正妻に甘言を放ち助長させていた一部のものはレオーネが父親に報告して既に退職させている。

心が粉々になりそうな正妻を救ったのは皮肉な事に自身を追い詰めた娘だった。

「お母様、私は笑っているお母様が大好きです。…気付いておられますか?ここ数年、ご自身が笑っていない事に」

レオーネは涙を流して母親に縋りつく。堪り兼ねた様に長男も飛んできて抱き着いてくる。

二人ともが自分の事が大好きだと、だから笑っていて欲しいと、その為なら嫌な事でも頑張ると健気な発言までしてくれる。

「お母様、僕はどれだけイオリテールが優秀だとしても、ケオグジヤ侯爵家を継ぐのは僕しかいないのだと皆に認めさせてみせます」

「お母様、私は王妃候補として恥ずかしくない淑女になりますわ」

「あなたたち…」

冷えて凍っていた心が溶かされていく心地がした。

直ぐには無理だ。けれど二人がいてくれるのなら、もう少し優しい人間になれるかもしれない。

「不満はお父様に直接いいましょう、もっと私も構ってくださいと」

「そうです、お父様を見返してやりましょう!」

二人の子供に励まされる形で夫たるケオグジヤ侯爵に今までの積もり積もった愚痴を吐き出した。

第二夫人に対しても腹を割って話せば…案外と話しやすい事がわかった。これは第二夫人の人柄によるところが大きい。

自分との器の違いに夫が惚れるのもわかると思わず納得してしまった。

それからは二人だけのお茶会の頻度が増した。特に夫に対しての愚痴に付き合ってくれるのが嬉しい。時に賛同し、時に思いがけない夫の気持ちも聞けた。

夫はちゃんと自分の事も愛していてくれた!ただ自分は嫌われている…と思えば怖くて積極的に話しかける事が出来なくなったと聞いた時は嬉しかった。

愛しているからこそ嫉妬するのだと、恥ずかしさを堪えて告白すれば夫婦間は劇的によくなった。

第二夫人への嫉妬は今でもするし、相手もそうであるだろう。

けれどもどこか戦友の様な共感も互いにあった。

距離感はこれからも日々を重ねていく事で測っていくしかないけれど、間違えてしまった時はまた子供たちが正してくれるという信頼があった。

自分よりもよっぽど大人だった子供たちや第二夫人は大丈夫だろうが、もしもの時は自分も間違いだと言える人物でありたいと…そう考える様になった。



数年もすれば以前からは考えられないほど良好な家族関係になっていた。

一家の長であるケオグジヤ侯爵と、正妻とその子供二人に第二夫人とその子供が一人。

合計六人で食卓を囲む事が珍しくはない光景になったころ。


レオーネはやはり何かが違うと首を捻ったが、とりあえず平和だしいいかと納得する事にした。

この時に戦っていた数々の違和感が“前世”のせいだと気付くのは…もう少し後の事だ。



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