16 本命発覚?
大声に振り返ればちょうど出入り口を塞ぐ形で誰かいる。
小柄なその人物は隣にいる人物を置いて真っすぐに中心に向かって駆け寄る。
他が見えてないらしく危ない。人にぶつからずに済んでいるのは周りが避けている為だ。
前面の三分の一はステージとして使用中で、残りの四分の三が座席になっている。その座席の半分ぐらいの位置で目的の人物を見失ったらしく止まる。
どうして見失ったのかがわかるのかって?
周りの人がみんな避けたからですよ。今はポツンと一人で突っ立ってます。
おかげでここからでも誰が来たのかわかる。ヒロインです。
まぁ声からわかっていた事でもある。
キョロキョロと辺りを見回した後にまたどこかへと行ってしまう。…一緒に来ていた人を置いて。
なんか「カイさま~」とか呼んで消えた。
まるで台風一過である。
ヒロインが去った後も周りはサワサワと落ち着かないし、自然に置いていかれた人物にも注目が集まる。
居たたまれなくなったのか、正気に戻ったのか講堂を出て行ったので誰かは確認できなかった。まぁ後でサスケに確認すれば判明するか。
近くにいた人は普通に誰か分かっただろうし。
思わぬところでヒロインの本命の名前が発覚した。
私が知るどの攻略キャラの名前とも違うからやはり続編のキャラの可能性が高い。必死具合から考えてもね。
全然別の知り合いの可能性もあるから、ヒロインの交友関係に同じ名前の人物がいないかも合わせて探させようかな?
あ~でもなぁ。
もしも本命が私が思う人物だったりすると果てしなく面倒な事になりそう。
先行きは不安しかなく、今すぐにヒロインを追いかけて問いかけるつもりにはなれない。
レオーネ様にも相談したいし。
うん。
後に回そう。
今はホラ、お姉様とレオーネ様の晴れ舞台を応援する時ですし!
騒ぎの元凶となったヒロインもいなくなったし、教員も事態の収拾に駆り出されたようなので、もう少しすれば落ち着くでしょう。
これくらいのハプニングなら予定が遅れても中止になる事はないと思うし…大人しく再開を待ちましょう。
サイリウムが欲しいな~とか逃避をしつつ、再開された合唱を堪能した。
お姉様の歌声は最高でした。
ソロパートも有ったので、心の中のサイリウムを振りまくったよ!
しかも私に気付いてくれましたからね、目線がバッチリ合いました!
ここがアイドルのライブ会場であれば同じ事を思う人が多数いただろうけど、今回はガチです。
なんせ私はお姉様の愛する妹であり、今回は客席ど真ん中にいましたからね。確実に気付かれる位置取りです。
あ~…アイドルライブで加熱するファンの心理がわかったよ。
これは興奮するわ、勘違いしちゃうよ。
「セルリア様」
幸せに浸っていれば声を掛けられる。
後ろを振り返れば仕事熱心な犬が控えてました。
「この後も鑑賞するっすか?」
「いや、堪能したからいい」
やる事も出来たし。
「席の方はどうするっす?」
「この後は特に鑑賞予定はないし、自由行動でいいよ」
また後で来る事があっても今度は後ろの方でヒッソリと見ます。お姉様もでないし。
「でもさすがグレース様っすね、観客の心を鷲掴みっすよ」
「まさに女神の歌声」
なんとなく連れ立って講堂の外に出るがそこで別れる。
「じゃあフリーになったので適当にブラブラしてるっす」
普段は隠れて行動する事の多いサスケはボソリと呟くとあっと言う間に人ごみに紛れてしまう。
私の付き人枠で学園に来たくせに付きっ切りで世話をやくわけではないし、反対に私といるところを見られない様に振舞っている。
まぁ忍者だしなと納得してるからいい、付きっ切りだとそれはそれでウザいと思うし。
今回は席取りが仕事だったので人前で言葉も交わしたが…サスケにとってはイレギュラーだ。
上位貴族の付き人も四六時中一緒にいるわけではないし、下位貴族なら尚更。
お姉様の付き人は女性なので寮での世話はその人が兼任でしてくれている。といっても殆ど頼っていないが洗濯とかしてくれるので凄く助かる。
お姉様が卒業した後はサスケとチェンジしてもらいたい。それが無理なら自分で洗濯しよう。
この世界では全て手洗いなので大変だよね、冬とか手が皸だらけになりそう。
「セルリア」
「お姉様!」
しばらく待っていると合唱のメンバーと解散したらしいお姉様がやってきて声を掛けてくれる。
「セルリア、見に来てくれてありがとう」
「お姉様素敵でした。特にソロパートなんて女神が降臨したのかと思いました」
「まぁ大げさね」
私的には全く大げさでない表現なのだが、本人は謙遜して頷かないと分かっているのでこれ以上は掘り下げない。
「お姉様、この後のご予定は?」
「セルリアが空いているのなら一緒に回りましょう?」
ボッチ回避!
思わず嬉しさが前面に出ましたが、お姉様には確認して欲しい事があるんです。
「嬉しい。実はお姉様に見て頂きたいものがあるんです」
「何かしら?そういえばセルリアは絵画を専行したのよね?どんな絵を描いたの?」
それは聞かないで欲しかったが、私の教室にいく以上は必ず話題に上るものでもある。
「それは見るまで内緒です」
「あらあら、よっぽどの自信作なのかしら?」
逆ですよ、自信がないから話題にしたくないんです。
という本音は言えずに笑って誤魔化す。
「グレース様、セルリア様」
まずは教室まで連れて行こうとすれば横から声がかかる。この麗しい声は!
「レオーネ様。お久しぶりですわ」
「ご無沙汰しております、先ほどの歌を聞かせて頂きましたが素晴らしかったですわ」
「ありがとう存じます。グレース様の歌の方が素敵でしたわ」
レオーネ様の出番はお姉様より前で、もういないと思っていたのに!会えるなんてラッキー!
あとタイミングも良かった。私一人の時だと声を掛けづらかったに違いない。周りの目がこちらに集中していますからね。
未来の王妃とその立場を略奪しようとしているヒロイン…の友達とか注目しちゃいますよね、わかります。
レオーネ様もお姉様が隣にいなければ声をかけたりしてこなかったと思う。
二人とも目立つからその場に居合わせた以上は無視もしにくい。
うっかりとレオーネ様と話したりすれば後でなんと言われるかわからない。挨拶以上は避けるべき。
私が注意を受けたとかくらいならともかく、反論したとか噂が立つかもしれないから私は話しかける事ができない。
油断すると尾ビレも背ビレもつくし、悪意があれば火がなくとも真っ黒な煙が立つ。
爵位で劣っていても本人の実力は釣り合いがとれるお姉様ならともかく私だと無礼だと取られる場合もある。
なので会話はお姉様に任せるしかなく…チラチラとお姉様に目で合図を送ればちゃんと察知してくれた。さすがです!
「レオーネ様、今からセルリアの教室に行くのですが宜しければご一緒にどうですか?」
ありがとうお姉様!私から誘いをかけるわけにはいかなかったので助かります。
「…お誘いは嬉しいのですけど、この後は予定がありまして申し訳ないですわ」
「いえいえ、こちらこそ急に誘ってしまって礼儀がなっておりませんでしたわ、どうぞお気になさらず」
レオーネ様の予定が本当に埋まっているのか、私がいるから断ったのかまでは分からないが一緒に行動できないのは残念。
今だってグレースお姉様がいるから声を掛けてくれたのだろうし。
「あのレオーネ様、よければ私の教室に来てください。興味深い絵が飾られているんです“運命の人”というタイトルです」
「まぁセルリア様のお薦めとは楽しみですわ、ぜひ拝見させて頂きますわね」
裏に含んだアクセントにレオーネ様はしっかりと気付いてくれた様で似たようなアクセントを使って約束してくれる。
使命を一つ果たし内心で額を拭いて息を吐く。周りにすっかりと情報が拡散してしまったが仕方ない。
グレースお姉様の発言ではないから影響力はそれほどないと信じたい。本当はこっそりと伝えたかったんだけど…まあ、なんとか情報を伝えられたのだからよしとしよう。
「セルリア、もしかしてその絵を見せたいの?」
お姉様が小声で訊ねてくるので頷く。
レオーネ様が去った事により多少の注目度は下がったが別方向とはいえ有名人が二人揃っているのだ、完全にはなくならない。
それでも私一人だけならこんなに注目を集める事もないんだけどね、やはり自慢の姉だ。
「私の教室に飾られていた人物画なのですが…モデルがちょっと気になりましてお姉様にも確認して頂ければと」
「私も知っている人なのね?」
「おそらく」
よ~く知っている人です。
でも確信が持てないというか持ちたくないというか…ちょっと第三者の意見も欲しいな。とかそういった感じなんですよ。
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