10 カードは全てオープンで勝負!
天国に迷い込んできた害虫を駆除するのは私の役割に違いない。だって女神と天使にそんな事はさせられない。
完全には脳内妄想から抜け出す事が出来なかった私は対処が遅れる。
「お兄様、女性を待たせるのは感心出来ませんわ」
「待たせたのはすまないと思うけど…まだ時間前だよ。むしろみんなが来るのが早くない?
あ、もしかして僕に会えるのが嬉しくて?」
「レオーネ様を待たせたくなかったからです」
「イオだけなら、そもそも了承していないわ」
虫の残念発言をすぐさま否定すればお姉様はより辛辣な言葉を告げる。…でも相変わらずの愛称呼び。まあ名前が長いもんね、略したくなっちゃうよね。決して気安い関係なんかじゃないよね?と無駄に心拍数が上がる。
次にサスケを呼び出したときに何がきっかけで愛称呼びになったのか聞こう。
頭の中のメモに重要と丸をつけて書き込んでいく。
「そうですね、いっそ退出していただいても構いませんわ、お兄様」
レオーネ様もウザいと思っているのか、扱いが雑。それとも仲が良いからこその冗談とか?
「セッティングをしたのは僕なのに?レオーネはちょっと僕の扱いが酷くないかな?」
原作に比べればマシです。
「まぁ…お兄様の取り柄である頭の良さが発揮される数少ない機会ですしね」
ふぅ…と息を吐く姿も天使!
カメラがあったらぜひ収めたい一瞬。あっても盗撮になるから無理だけど!
あ、一応ヒロインに見せる為に攻略キャラのブロマイドは取っておいたけど、ヒロインがヒロインだったとわかり用がなくなった時点で捨てました。だっていらないし。
攻略キャラのキャラデザあんまり好みじゃないんだよね、ブロマイドは絵だからか再現率も実物みると低いな~と思うし。
実物の方がイケメンだとは思うわ、と攻略キャラの一人である虫を見て思う。他の攻略キャラは間近で観察した事ないしね。
さっきのサロンでの邂逅が一番接近してたかもしれない。
はっ、いけないまた忘れてた!
今日の目的は天国空間を満喫する事ではなくレオーネ様とコンタクトを取ること。
探り合いとか私には向いてないし、ヒロイン側に立っているわけでもないのでレオーネ様に私が転生者とバレても平気。むしろ味方になりたい。
でも色ボケの王太子はお薦めしない。
ゲーム補正がかかっていたとしても、中身が別人のヒロインに騙されるようだと将来的に女性関係で苦労する可能性は高い。ハニートラップとか簡単にかかる様だと国としても問題だ。
弟の第二王子が後を継いだ方がいいのでは?と物騒な事を思うが第二王子の情報なんて殆ど入ってこないので兄以上のボンクラの可能性も否めない。
少なくとも王太子の目に見える功績が大きすぎて、広く国民に認知されていないんだよね。
優秀は優秀だったとしても兄よりは劣るのか、優秀過ぎると出る杭は打たれるてな感じで王宮内での派閥争いに発展するとかいう懸念を封じる為にボンクラの振りをしてるパターンもあり。
あとボンクラ過ぎても傀儡政治を行うには都合がいいしね。
優秀だったとしても人格的に問題ありの場合もあるし…どっちが王になった方が国の為になるかも踏まえてレオーネ様にお話を聞いた方がいいかな。あと虫がお姉様に近づきすぎない様に相談もしよう。お姉様は渡さない。
改めて目標を設定したところでプチコントも終了し、勉強会の始まりとなった。
虫は成績優秀者なだけはありました。
教え方も上手なので、正直お姉様に教わるよりも内容がスルスルと頭の中に入ってきた。お姉様は自身の成績は良くても教えるには向かない人なので助かる。
答えが直ぐにでてくるせいか、その答えに辿り着く過程を知りたい身としてはお姉様のやり方は合わないんだよね。
歴史についても面白エピソードなどを交えながら説明をしてくれたため記憶に残りやすい。これならテストも上から数えた方が早い順位に入れるかも!
なおゲームでの成績はちょうど真ん中という設定で、ヒロインがセルリアの順位より上か下かでトゥルーエンドが迎えられるかの分岐の目安になります。…真ん中以上というわけではなくボーダーラインが私という設定に変更している可能性はないだろうか?
それなら絶対にヒロインよりも好成績を取るのに。
単純にヒロインに順位で負けてまた勝ち誇った顔をされるのも嫌なので頑張りましょうか。
レオーネ様も私たちの学年では成績優秀者のクラスにいる方なので勉強が出来る人だった。…つまりここでバカなのは私だけか。
気付きたくない事実に気付き、思わず遠くを見てしまえばお姉様に気付かれた。
「疲れたの?セルリア」
正面に座るお姉様が気づかわし気に聞いてくる。
なおイオリテールが私専属の教師役を買って出た辺りから、教えやすいようにとお姉様と席をチェンジしている。
虫をお姉様の正面に配置したくなかったからね、どうせならレオーネ様の顔を見ながら勉強したかった。
そのレオーネ様はお姉様から勉強を教わっている。
あの説明で理解が出来るのだから私とは地頭が違う。
「時間的にも休憩を入れた方がいいな、お茶にしよう」
私の集中力が切れている事に気付いているのかイオリテールが提案という形を取って決定する。
勉強道具を片付ければあっという間に机にはティータイムの準備が出来る。さすがケオグジヤ侯爵の使用人、優秀だ。うちの使用人達は忍者の方向に力をだいぶ傾かせているので、こういう面は負けてしまう。
そもそも使用人を同伴していなかった。この時点で普通の貴族令嬢の範疇からは外れているのかもしれない。
「グレースとのお茶会は初めてだからね、今日の茶菓子は我が家自慢のシェフが腕を奮ったよ」
パチリとウィンクする虫は得意そうだ。
「グレース様とセルリア様の好みがわからなかったので、私のお気に入りのお茶を用意させて頂きました」
レオーネ様のお気に入り!
それは興味があると淹れられる紅茶をワクワクと見ていればカップに注がれた瞬間に立ち上る香りはあまり強いとはいえないものなのに部屋いっぱいに広がる。花の様な少し甘みがある匂いだ。
鮮やかな紅色の紅茶が目の前に置かれ待てを命じられた犬の様に少し冷めるのを待つ。
息を吹きかけ冷ましながら飲むのはこの世界ではマナー違反。身内だけの時ならともかく、今は侯爵兄妹もいるからね我慢我慢。私だけでなくグレースお姉様も無作法だと言われてしまうかもしれない。
「良い香りですね」
「ありがとうございます、これは隣の国で栽培しているもので少し香りに甘みがあるのが特徴なんですよ」
淑女の嗜み紅茶トーク!
参加できる程の知識はないので聞き役に徹する。
「確かに、少しフラミルの花の香りに近いものがありますね」
フラミルは春に咲く、ピンク色の菜の花に似た花を咲かせる。香りはとにかく甘い。そして強い。金木犀なみに強い香りは香水としてもポピュラー。
ただこの紅茶はそこまで香りは強くない。
「セルリア、君は食べ物の方が興味があるかな?」
なかなか失礼な事をいう虫は私の目の前に小さなケーキを乗せた皿を置く。
赤いムースとスポンジの二重構造のケーキには上から赤いソースがかかっておりスッゴク美味しそう…!
お腹の音がならないで良かった。
食い意地のはった自分を恨めしく思いつつ、紅茶が飲み頃の温度になるまで待ってからいただきます!
「…おいしい!」
口の中で幸せが広がる。
隣でクスクス笑う声はこのさい無視。ケーキは美味しく食べてこそ。
紅茶もすごく美味しい。
渋さのない柔らかな味だ。
口を付けるたびに甘い香りが鼻を抜けていくのもいい感じ。
「セルリアはとっても美味しそうに食べるね」
唯一の取り柄です。
美味しいものはみんなを幸せにするのです。
にこにことケーキを食べる私をにこにこと見守る三人。…さすがに恥ずかしい。
そしてケーキの美味しさでまたもや目的が吹っ飛んでいた。
この休憩時間中にレオーネ様と個人的なお話をしなくては。
「だってこのケーキ美味しいですよ」
「うんうん、まだあるからねいっぱい食べていいよ」
やけに虫の愛想がいいのは私がお姉様の妹だからに違いない。
将を射んとする者はまず馬を射よというやつだ。
「ありがとうございます」
でもケーキに罪はないので貰っておく、でも協力はしない。
さ~て、どうやってレオーネ様に私が転生者だと伝えようかな?
二人きりならいきなり話し出すのも手だとは思うがここにはお姉様も虫もいる。
頭が可笑しくなったと思われるのは困るし、レオーネ様だってこの場では問いただす事もできまい。
いっそ手紙でも書いてくれば良かったかも。
日本語で書けば他に意味が分かるのはヒロインくらいのものだし。
虫がお姉様狙いでなければ、無理やり連れだしてお話する方法もあるんだけどな。
二個目のケーキを食べ終えて、紅茶を一口。
このままでは休憩時間が終わってしまう。
無言で足された三個目のケーキも有り難く受け取っておく。美味しいものに罪はない。罪があるとすればその後の自分の怠惰だ。
「美味しいから嬉しいんですけど、これだけ食べたら太っちゃいますね」
「セルリアはそれほど太っていないでしょう?」
自虐ネタを振ってみればお姉様が否定してくれる。確かに一目でヤバいと思うほどは太ってないが、お姉様やレオーネ様と比べると悲しいものがある。
しかしここで自虐に走ったのには理由がある。
思った通り親しくないからこそ口を出せない二人。虫も引き締まった体してるしね、標準よりスタイルのいい人物がお姉様の様なフォローをしても返って追い打ちをかけるだけだ。
「でも運動とかはした方がいいかもしれないですね…マラソンとか」
二人が口を噤むしかない状態でカードを一枚オープン。
この世界にはマラソンという競技はない。そのワードが出てくるという事自体がヒント。
レオーネ様をチラリとみれば驚きでか大きな瞳を更に大きくしている。
さて仕上げ。
「うん、やっぱりティーバッグの紅茶とは全然味が違いますね」
マラソンと同じようにティーバッグもこの世界にはまだない。そのうち出来るかもしれないが今はまだリーフティオンリーだ。
「レオーネ様もそう思いませんか?」
そして話を振る事で自分だけでなく悪役令嬢も転生者だと知っていると仄めかす。
「セルリア…まらそん?とかてぃーばっぐ?とかなんのこと?」
「レオーネは知っているのかい?」
不思議そうに訊ねてくる二人には首を傾げる事で答えておく。
「う~ん…前に何かで見た気がしたんですけど、忘れちゃいました」
すっとぼける。
その辺のフォローまでは考えていなかったので。
「見たってどこで?本とか?」
突っ込んでくるお姉様を適当にあしらう。あとあと問い詰められそうだから、それまでに言い訳を用意しなくては。夢で見たとかでいいかな?あながち間違いではないし。
「セルリア様」
レオーネ様に名を呼ばれ、お姉様は口を噤んで先を促す。
「また今度、勉強会をしませんか?
セルリア様とはぜひ交友を深めたく…できれば二人で」
瞳に警戒を乗せたまま、レオーネ様は優雅に誘いを掛けてくる。
もちろん。
「よろこんで」
なんとか本日の目標は達成されました。
勉強を教わっている時だけちゃんと名前で呼びます。
ブクマありがとうございます!