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クエストのお約束(2)レスキュープリンセス

「なんだ、貴様ら」

「冒険者のようだな」

「さっさと去るがいい。そうすれば見逃してやる」

 黒づくめの男は3人。顔はマスクで覆っており、どう見ても怪しい。そしてこの言動からして悪党決定である。

「あれはガーゴイルです。あれを操っている魔法使いがいるはず」

 そう神官のルミイが叫ぶ。サイトウは目を閉じた。サイトウには千里眼の能力もある。ルミイが言ったように、後方50m先の茂みに黒衣を付けた術者がいる。


「サイトウ、どっちに付く?」

 ジャスティがそうサイトウに聞いてきたが、彼女にも分かっているはずだ。

「どう見ても、女の子の方だろ!」

「だよな!」


 ジャスティが笑顔で剣を抜く。黒づくめの男の一人に斬りかかった。サイトウは短く、ガーゴイルを操っている術者の位置をジゼルに伝えた。ジゼルは小さく頷いて森の奥へと走り込んでいった。それを見ながらサイトウは攻撃に移る。


「エアー・ボム!」

 サイトウは左手を突き出す。空気を圧縮して繰り出す空気の弾丸だ。その威力は受けたガーゴイルが粉々になって地面に落ちるのを見れば分かるだろう。


「スロウ!」

 さらにサイトウは魔法を発動する。黒づくめの男たちの動きが30%遅くなる。これでは手練れの戦士でも攻撃力も守備力も落ちる。まともに戦っては勝てないジャスティも、あっという間に2人を切り捨てた。

 この魔法はあくまでもジャスティへの支援魔法。サイトウの場合は、普通に戦っても問題ない。向かってきた最後の黒づくめの男を剣を抜いたところが見えないスピードで斬って捨てた。

 ガーゴイルを操っていた術者は、ジゼルがそっと近づいて弓で始末した。場所が分かれば、守りのいない召喚術師も怖くはない。


「大いなる神の奇跡、癒しの御手よ。今、ここに顕現せり……」

 ルミイの回復魔法で騎士の傷を治す。重傷を負った騎士はこれで命をつなぎ止めたが、ルミイの魔法の力ではそれが精いっぱいであった。もちろん、サイトウが回復魔法を使えば、完全治癒してしまうだろうが、それではルミイの存在が意味のないものになってしまう。

 にっこり笑ってルミイの治療を見守る。

(ごめん、騎士さん……町に着くまでの我慢だ)

「はあ……はあ……姫を……姫をお願いします」

 健気な騎士は、そう自分を見捨てたサイトウに話した。

「姫?」

 騎士のそばで震えている女の子は、格好から見ても普通ではない。豪華なドレスは平民ではないことを物語っている。さらにくるくるのドリルロング金髪。どう見ても姫である。

 そうまごうことなき、お姫様である。そのお姫様は先ほどの悲惨な戦いにショックを受けた風でもなく、気丈にも自分のことを話した。


「わらわはヘーゼル公国公女、マルガリータ。年齢は16歳」

「へえ、お姫様って初めて見たよ」

 感心したようにジャスティはマルガリータ姫を見る。ジャスティやルミイとは違う、高貴な雰囲気が漂っている。こういう近寄り難い女の子というのも悪くないとサイトウは心の中で思った。この異世界でなければ話すことも直接見ることもできない身分の差なのだ。

(しかし、ヘーゼル公国ってどこだ?)

 サイトウはこの国の地図を頭に描いた、一応、転生の過程で神様より、一般的な知識を脳に刷り込んでもらったが、地理の知識はあやふやだったからだ。

「ヘーゼル公国は隣国ですわ。ここからなら、山一つを越えたところにあります」

 そう神官のルミイが教えてくれた。サイトウがたどり着いた町は隣国ヘーゼルの国境近くであったから、このお姫様の国は近いのであろう。

「それで、そのお姫様がどうしてこんなところへ?」

 そうサイトウが聞いた途端、空に黒い空間が現れた。意外な展開に固まるサイトウと女の子たち。


(ここでまさかのボスキャラ登場か~。おいおい、この展開、早いだろ、早すぎるだろ!)

 そうサイトウは思わんでもなかったが、敵の正体が早く分かるのならもやもやしなくてもよいと考え直した。

「くくく……それは我が話そうではないか……」

 この世とも思えぬ恐ろしい声。地獄の使者がいるなら、きっとこんな声と思えるお腹の底から震えが込みが上げてくる声だ。

「あ、悪魔……いや、あれはリッチ……」

 そうルミイが指さした。その指は恐怖で震えている。神官の修行中に教わったこの世で最も恐ろしいアンデッドの名前。それは高位の神官や魔法使いが生きながらにアンデッドになったもの。経典の挿絵通りの姿をしたリッチである。


「あ、あれです。あの者がわたくしの城に現れ、父や母を殺したのです」

 そうマルガリータ姫がガタガタ震えながら指を差す。どうやら、サイトウがサイトウである理由が分かった。凶悪な悪はやはり、勇者サイトウを放ってはおかないのだ。

「ここで死ぬがよい。オーガスタ一族は誰一人も生かさない」

 リッチはそういって呪文の詠唱をし始めた。同時に大きな炎の球が出現する。いきなり容赦ない攻撃をしてくる奴だ。

「ファ、ファイアーボールだ」

 ジャスティの声が裏返ったのも仕方がない。ファイアーボールはそれ1つで数十人を葬ることができる魔法。その威力は絶大だ。ここで使われれば、間違いなく全員死ぬ。

「ここで死ね!」

 リッチがファイアーボールを放った。本当に容赦がない。しかしサイトウは余裕だ。この展開は、小説なら没展開であると作家にコメントするなと心の中で思っていたくらいだ。

「きゃああああああっ」

「いやああああああっ」

 ジャスティとルミイが悲鳴を上げる。マルガリータは目を閉じた。幸いなのはこの魔法に焼かれれば苦痛はないこと。一瞬で体は灰になる。


サイトウがいなければ……である。

「クリスタルウォール!」

 サイトウはそう軽く言って右手を挙げた。透明な壁が出現。リッチのファイアボールを止める。

「え?」

「え?」

「え?」

「えええええええええっ!」

 ジャスティとルミイ、そしてマルガリータが呆気にとられ、敵ボスであるリッチが思わず叫んだ。

 ファイアボールが消えてしまったのだ。サイトウが唱えたクリスタルウォールが防いだのだ。


「ば、馬鹿な、そ、そんなことありえない……あ、あああ、あってはならない」

 ボスキャラのキャラ崩壊である。これも序盤の展開としては、ありえないのであるが、サイトウがけた違いに強いのだから仕方がないのだが、リッチの狼狽ぶりは気の毒というほかはない。

「シャイン・ウェーブ!」

 そんな哀れなリッチに対して、サイトウは容赦なく攻撃魔法を放つ。お姫様にいいところを見せたい一心である。

 放った魔法はアンデッドを一瞬で消し去る上級の聖魔法。リッチの黒い影が散り散りになる。


「ぐあああああああっ……マジかよ、こんなところで死んでたまるか~」

 消えそうになったリッチは必死で転移魔法を唱える。かろうじて、それは間に合った。消えそうになる瞬間に自分の意識をなんとか転移空間へと逃がした。


 サイトウは逃げるリッチを追加の攻撃で葬り去ることもできたが、やめておいた。なんとなく、生かしておいた方が今後の展開が開け、女の子たちにもっともてると思ったからだ。

「す、すごい……」

「サ、サイトウさんって、どれだけ強いのですか?」

 ジャスティとルミイはそう賞賛する。マルガリータも目を真ん丸にしていたが、意を決したのか、サイトウの背中にピトッとくっついた。


「サイトウとやら、わらわにその力を貸してたもれ……」

「は、はあ……」

「わらわの国へ来て、国を取り戻しておくれ……」

 高貴な姫君の哀願である。

(キ、キター、レスキュープリンセスイベント~)

 心の中では興奮しているサイトウ。小躍りしたい気分を抑えて、ちょっと断ろうと言う態度を取ってみる。揺さぶるのも、もてる男の特権だ。

「え……でも、俺たちはギルドのミッションの途中で……」

 もちろん、そんな理由を納得するはずがない公女様。しなを作ってサイトウの背中に対する密着面積を徐々に増やす。この公女様、世間知らずなのか、それとも交渉上手なのか。

「それが終えてからでもよい。これは一国の公女からの依頼じゃ。お主たちは冒険者じゃろ。ヘーゼル公国公女の願いじゃ」

「う~ん。とりあえず、町へ戻って休みましょう。騎士さんもすぐに本格的な手当てをしないといけないでしょうし……」

 サイトウはそういって答えを留保した。本当は流れに乗って、このクエストを引き受けたいと思っていたが、ジャスティたちの意見も聞きたいし、情報も集めたい。

 何より、少し考えてから受けた方がより感謝されそうだと思ったのだ。無敵のサイトウにとっては、楽勝と思われるクエストであるが、それを悟らせると今後の努力も軽く思われてしまう。

「サイトウよ、お願いじゃ……あっ……」

 そうマルガリータはサイトウに懇願すると、気が緩んだのかその場で崩れ落ちた。慌てて抱きかかえるサイトウであった。


(人間のお姫様というのは全くしたたかだ……)

 その様子を冷ややかな目で見つめていたジゼル。公女マルガリータの気絶が演技であると見抜いている。彼女はだいぶ前から、この現場にやって来たがリッチが現れたのを見て木の陰に隠れていたのだ。

 ジゼルはサイトウの強さから、たとえリッチでも勝てないだろうと思っていたが、その予想は当たった。

(しかし……お約束とはいえ……女がどんどん寄ってくる……無敵の勇者であっても、これをうまくかわせねば破滅するぞ……サイトウにしっかり忠告したほうがよいか……いや)

 ジゼルはそう思ったが首を左右に振った。勇者には進むべき王道と言うものがある。周りがとやかく言うべきでもないし、恐らくサイトウはそんな忠告は聞かないであろう。


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