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008.世界樹の森

 もう五体投地しそうな勢いのエルフ姉妹を必死になだめ、落ち着いてもらう。

 最後まで『賢者様』呼びは止めなかったが、とりあえず普通の体勢にはなってくれた。


 恋唄は「先生がスゴいこと、みんなすぐに分かっちゃうんですよね」と、なぜか俺が賞賛を受けている姿を喜ばしそうに眺めていた。


 いや、一緒に止めてくれよ……。

 立って話をするのもなんだったから、とりあえずここら一帯を整地することにした。


 風魔術で周囲一体の大木や雑草を一掃。もちろん恋唄やエルフ姉妹に害がないように術式を構成する。

 同時に切れた草木を冥闇魔術で消滅させる。


 大の大人が数人かかりでやっと取り囲める程の幹と鬱蒼と生い茂る葉がいくつも、瞬きの間に塵と化した。

 この冥闇魔術の黒い炎は実際の火炎とは違って移り火しないため、森の中で使っても延焼の危険性がない。見た目が怖いが、結構使い勝手の良い魔術である。


 あっという間に教室くらいの広さの広場ができあがった。

 立ちっぱなしも嫌なので、切ったあとに残った切り株を平らにし、即席のイスにすることにした。


 もちろん、作業中に【風魔術】や【伐採】【設営】【工作】【修繕】といった様々なスキルを獲得してしまう。まさにスキルのバーゲンセールだ。


 一瞬で広場ができあがっていく光景を、尊敬のまなざしで見てくるエルフ姉妹。

 さすがに照れくさい。


「とりあえず座ろうか」

「これが賢者様のお力……なんと神々しい」


 即席の切り株イスに頬ずりしそうな危ないエルフお姉ちゃん。このまま放置していればきっと危険な世界に突入しそうだ。


「良いから座って! キミも遠慮しなくていいから! 恋唄も……」


 妹エルフちゃんも「畏れ多いですぅ」と言ってなかなか座らないから困る。

 一方で恋唄は既に座ってくつろぎ始めていた。


「賢者様のお力に触れられ、ありがたき幸せ……」

「もう良いから……改めてだけど俺はヒロユキ。キミたちが言う『賢者』ではないけど、よろしく」


 どうやらこの世界、名前は海外のようにファーストネームとファミリーネームの順らしい。面倒くさいので、名前だけ伝えることにした。


「私は恋唄です! 先生の……生徒です」

「おおっ! お弟子様でいらっしゃいましたか!

 申し遅れました。私はアリエル・ニズィ・ルトリ・トリトン。碧き森の民が一族トリトン家の長子であります。賢者様とお会いできたこの幸運、我らが森の神の思し召しでしょう」

「私はララノア・ニア・ルトリ・トリトンです。賢者様、お目にかかれて光栄です」


 二人とも名前が長い。名前の構成が分からないから、どれが名前でどれが家名かいまいち分からない。


「えっと、トリトンさんで良いのかな?」

「いいえ。アリエルとお呼びください」

「私もララノアで構いません」


 と、キラキラした瞳で見てくる二人。

 ダメだこいつら。全く人の話を聞いていない。


「だから俺はその『賢者』とかじゃないって! ここに来たのもついさっきだし」


 かといって、このまま『賢者』と思われながら話を進めると、絶対に話がややこしくなるに決まっている。


 よくマンガや小説で、勘違いされたまま話を進めることで面倒なことに巻き込まれるという場面があるが、あれを読む度にしっかり誤解を解いとけよと思っていた。ヤキモキさせられる分、最後のカタルシスにつながるのかもしれないが。


 まさか自分の身に起こるとは思わなかったが、ここはしっかりと誤解を解いておく。同じ轍は踏まないのだ。


 恋唄の力も借りつつ、今まであったことを包み隠さずに話す。

 下手に誤魔化しや嘘が入っていると、そこから変な方向に話が進んで行ってしまうものだ。


 ただ、俺の力については異世界召喚の際に得た恩恵ギフトのおかげにしてある。神と出会ったと言ったら、ますます『賢者様』扱いされそうだからだ。嘘は言っていないのでいいだろう。


 それでも頑なに『賢者』と言い張るなら、もう知らない。

 エルフ姉妹は放置していけばいい。


「……なるほど。帝国の残虐非道な行いはそこまで……」

「ウタちゃん可哀想……」


 歳が近いこともあってか、既に恋唄とエルフ妹のララノアは仲良しになっている。

 ウタちゃん、ララちゃんとお互い親しく呼び始めているのにはビックリするが。


 それはそれとして、二人は思いのほかすんなりと俺たちの話を信じてくれた。

 別の世界から来たということも、召喚術によって精霊や神獣を召喚するということと似ているためか、そこまでの驚きはなかった。


 ただ、世界を超える際に強力な恩恵ギフトを貰うという部分については驚いていたが。


「まぁ、そんなわけでここに至ると。で、アリエルさんとララノアちゃんはなんでこんな危険な場所に?」


 明らかにエルフ姉妹の実力では、この森の化け物達とは渡り合えない。

 それなのに二人っきりでこの森に入ってきているのには、相応の理由があるんだろう。


「……私たちも帝国の被害者なのです」


 神妙な顔で語り始める、お姉ちゃんエルフのアリエルさん。


「ヒロユキさん達はご存じないかもしれませんが、元々私たちエルフは自然の中で生き、死んでいく森の民なのです。いくつもの部族が、世界各地の森でそれぞれのむらをつくり生活していたのですが――」


 アリエルさんとララノアちゃんの一族――ルトリ族と呼ばれるエルフの一族は、およそ百人規模の邑を、ちょうど帝国の南に位置する森林につくっていた。


 『シュガアの森』と呼ばれていたその森は天然資源が多く、エルフ達はそれを帝国――俺たちを召喚したあの王女の国だ――との交易にしていたようだ。


 しかし、ここ最近帝国が領土拡張路線を掲げ、エルフ達に二つの要求を突きつけてきた。


 一つはエルフの森を明け渡せというもの。

 もう一つはエルフの中でも若い世代が何割か、帝国民として軍部に所属しろというものだった。


 いわばエルフの国を植民地として扱いたいので従えよという勧告だったようだ。

 これにエルフ側はもちろん反発。


 もともと一部を除いて、そこまで人間側と仲良くなかったこともあり、徹底抗戦派がエルフ一族の主流派となり泥沼の戦争が始まった。


 エルフは魔術――とくに風や木に関する魔術に造詣が深く、もっている魔力も人間とは比べものにならないため、最初は帝国軍と対等に渡り合えていた。


 しかし、徐々に戦況は押されることになる。

 結局は数の差だった。

 個の力で勝っていても、相手が数の暴力で押し潰してくれば一溜まりもない。


「これはエルフの一族だけの話ではありません」


 獣人族、魔族、魚人族、妖精族、エトセトラ。

 個の力では人間――つまりは人族を圧倒する様々な人種は、圧倒的に数が少ない。


 現に、エルフ族以外にも帝国周辺に住んでいたいくつかの部族は、帝国の進撃を受け壊滅している。

 シュガアの森に住むエルフ一族にとっても、そうなるのは自明の理だったようだ。


 その長であるアリエルさんやララノアちゃんのお爺ちゃんは、森を捨て新天地を目指すことを決めた。

 生まれ育った故郷である森を離れることは苦渋の決断だったが、一族の命を選んだのだ。


 しかしこれに納得しないエルフ達ももちろんいた。

 結局、そのエルフ達は森へ残り帝国軍にゲリラ戦をしかけ、その隙をついて残りのエルフ達は森から脱出したのだ。


「お爺様――ルトリ族長老の転移魔術によって、私たちは旧知のエルフの一族の元を訪れたのですが……」

「森への裏切り者を招くことは出来ない、と追い出されました」


 アリエルさんとララノアちゃんの一族は同じエルフなのに、森を捨てたという理由だけで助けて貰えないのか。


 命を守るためなら仕方の無いことだと思うけど……。

 頭が固いんだな。


「それでも何とか交渉して、一月の猶予だけもらうことができたんです。

 そこで私たちは助けを求め……お爺様の転移魔術を使い、こうして【世界樹の森】に辿り着いたのです」


「一族の代表として私たちが、この世界樹の森に隠れ住まわれる、いにしえの力をもつという賢人を探しだし、力を貸して貰おうとしたのですが……」

「でも、お爺ちゃんも酷なことするな。二人だけでこんな危険なところに」


 獅子は愛する我が子を谷底に落とすと言うが、エルフ一族も相当ヤバいぞ。


「い、いえ! 本来は世界樹の根元に送られるはずだったんですが……どうやらこの森には魔術の効果をずらす何かがあるようで」

「そういえば世界樹の森だっけ? そういえば最初に世界樹がどうとか言ってたなぁ」


 あれか。その樹の葉っぱは人を生き返らせることができたり、その葉の滴で体力が全快したりとかいう、すごい樹なのか。


「い、いえ……世界樹にそのような逸話はないと思いますが……」

「世界樹の森は、この世界の中心。始祖の樹とも呼ばれているんです。おそらくこの森の中心に存在しているはずです」


 世界は魔力元素マナによってできている。

 これがこの世界の常識だ。


 魔力元素マナとは、万物の根源であり還る先である。つまりは森羅万象あらゆるモノに宿る大切なものというわけだ。


 その魔力元素マナを生み出すのが世界樹である。

 きっと草木が光合成で酸素を生み出すように、世界樹と呼ばれる樹は魔力元素マナを生み出しているんだろう。


「まさか、こんな術式エラーが起こるとは思ってもみなくて……」

「いくら世界樹を目指しても辿り着けないんです」


 よく生きてこられたな。

 改めて意識してみると、確かに変な空気感がある。


 漂う魔力元素マナの流れから察するに、これは……指向性をずらす結界だな。

 丁寧に森の中心部から逸らす術式で構成されているから、多分このエルフ姉妹がいくら頑張っても辿り着けなかったろう。


 転移魔術の位置がずれてしまったのも、この結界が悪影響を与えたようだ。


「先生はその世界樹を見たんですか?」

「ん?」


 小首を傾げながら、恋唄が聞いてきた。

 そうか。


 落下中恋唄は寝てたから、あの壮大な大樹を見ていないのか。

 あれを見ているのと見ていないのでは、この話の重大さみたいなものがいまいち実感できないかもしれない。


「見てみたいか?」

「はいっ」


「ちょっと抱き上げることになるけど、大丈夫?」

「もう何度も抱かれてるから大丈夫です!」


 ちょっと待て。その言い方はとんでもない誤解を招くぞ!

 現にアリエルさんは顔を真っ赤にしているし、ララノアちゃんはニヤニヤしている。どうやらこの姉妹、妹の方がおませさんなんだろう。


「そういう言い方はしないように」


 ごほん、と一度咳払いをしてから、恋唄をお姫様抱っこする。

 柔らかい身体の感触に少しドキドキするが、大人の余裕でそれを見せないようにする。

 しかし女の子はなんでこんな良い匂いがするんだろうな。


「ちょっと待ってて」


 一応エルフ姉妹に断りを入れて、顔を空に向ける。


 視線の先は、木々の葉がいっぱいで空も見えない。恋唄が世界樹を見れないのも仕方ない。あれだけの大きな樹であっても、視界が悪ければさすがに見えない。


 顔を向けた方に軽く魔力を放つ。それは魔力の塊となって空に駆け上がった。

 生い茂った葉が、その魔力弾のところだけぽっかり穴が空いた。


 空いた部分からは、しっかりと青空が見える。

 陽の光がキラキラと差し込んで、俺たちをスポットライトのように照らした。


「おいしょー」


 軽くかけ声を出して、ジャンプ。

 空けた穴を抜け、一瞬で森の上空に到達する。


「――っ!?」


 恋唄が驚いて、俺の胸を掴む手に力を込めたのが分かった。


「あれが世界樹だよ」


 足下に風魔術と時空魔術を使って足場をつくり、恋唄に見る方向を伝える。

 空から落ちていたときと同じような光景。

 壮大な――そんな陳腐な言葉では伝えきれない巨大な大樹が見えた。


「……すごい……です」

「こんな景色、日本……地球じゃ見られないもんな」


 人は、本当に感動したとき言葉を失う。

 恋唄はただ、青い空と太陽の光を反射して輝かせる大樹を見ているだけだった。

読んでいただき、ありがとうございます。

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