007.倒してしまっても
「えへへ。ごめんなさい」
鼻をぐずりながら、恋唄がすっと離れる。
少し名残おいしい気も――いや、かなり名残おいしいが仕方ない。
ここは大人の余裕という紳士らしさを見せていく場面だ。
「気にするな。泣くことは悪いことじゃない」
何かの本かテレビで言っていた気がする言葉を転用だ。
使えるものは遠慮なく使っていくスタイルなので、躊躇はない。
ただ、理由を聞かれても困るから、それは尋ねないでくれ。
「――ん?」
別に話をごまかそうとした訳ではなく、ここから森の奥とは反対側に向かって少し行ったところから、何かの気配を感じた。
「どうしたんですか?」
「いや……何かがいる」
正確には草木をかき分け走っている、のか。二つの気配。さらにそれを追いかけるようについて来る複数の気配。
やばいなぁ。このままじゃ確実にここでかち合うぞ。
恋唄に状況を説明する。
「追われてるんですか?」
「多分――!?」
追いかけてる側から放たれるいくつかの魔力の奔流。おそらく冥闇系の攻撃魔術だろう。
同時に轟音が響き、黒い光が立ち上るのが木々の隙間から見えた。
震度4くらいに地面が揺れる。轟音の衝撃波が木々を揺らすがビクともしていない。なかなかに強かな大木のようだ。
バランスを崩しかけた恋唄を、さり気なく支える。
追われている側の二つの気配は、どうやら先ほどの攻撃をくぐり抜けたらしく順調にこちらに向かって逃げている。
状況的に追う者、追われる者という構図は理解できたが、その原因が分からないので介入するかどうか迷う。
「どうします?」
「まぁ、とりあえず様子見ようか」
ぶっちゃけ、感じる魔力の質や量から、万に一つの可能性もないくらい安全だと分かっている。
「キャッ!?」
生い茂る草から飛び出てきたのは、二人の少女だった。
顔立ちが似ているので姉妹なんだろうか。
二人とも整った顔立ちをしているが、今は小さな顔を苦痛と疲労に染めている。
そんなことよりも、気になるのは彼女たちの耳だった。
「エルフ?」
普通の人間より長い耳は、ファンタジーでお馴染みのエルフの耳に似ていた。
「なんでこんなところに!? くそっ! 逃げろ、ニンゲン!!」
二人の内長身の、長い緑の髪をポニーテールのように一つに結っている少女が険のある声で叫ぶ。
「お姉ちゃん、きたっ!」
小さい方の――同じ緑の髪を三つ編みにしている少女が悲鳴を上げた。
「イギャァッ!!」
奇っ怪な生き物がいくつも飛び出してきた。
アリを熊くらいに大きくして、さらに口元に獰猛な牙を付けたような怪物は、八本はあるだろう足をわちゃわちゃとさせている。
黒色にテカる身体は、生理的な嫌悪感を抱かせる。
出会ってそうそうで申し訳ないが、気持ち悪い。
あの物陰に潜む悪魔であるゴキブリを思い出してしまう。
「か、囲まれたッ!?」
お姉ちゃんエルフが妹エルフを抱きかかえながら、俺たちに側に寄ってくる。
俺たちに背を向け巨大アリと向かい合う体勢を取ったということは、俺たちも守ってくれようとしているのか。
見知らぬ人を守ろうとするとは……お姉ちゃんエルフ、凄いな。
巨大アリは取り囲んでもう逃げられないと踏んだか、余裕をもって距離を詰めようとしている。
どことなく弱い獲物をいたぶる狩人のような雰囲気だ。
「こうなっては仕方ない……!! ララノア、私が突破口を作り時間を稼ぐ。お前はその隙に逃げろ!
ニンゲン! 貴様らも死にたくなければ、ララノアについていけっ!」
「やっ、やだよっ!! お姉ちゃん!! 私も戦う! お姉ちゃんを独りにさせない!!」
「ララノアッ!! 私たちの使命を忘れたの!? 私たちが死ねば、一族も死ぬのよッ!!」
「で、でもっ!?」
突然、目の前で始まった姉妹のやりとり。必死に互いが互いを想い、想うが故にわかり合えない。
涙無しでは見ることができない。
そして巨大アリどもは空気を読んで包囲網を徐々に狭めるだけだ。これは空気を読むというより、余裕をこいているだけか。
「じゃあ、行くとするかー」
「頑張ってください!」
悲壮感漂う姉妹の間を失礼といって通り抜け、巨大アリたちの前に立つ。
恋唄は全面的に俺を信頼しているのか、のんびりとしたかけ声を送ってくれる。
反対にエルフ姉妹からは、慌てて俺を止める声が聞こえた。
「止めろっ! 死ぬ気か!?」
「死の遣いとも呼ばれる、ブラックデーモンズアントですよ!! 危険です! 下がって!!」
言い合いしていた姉妹が一転、口を揃えて俺を止めようとする。
なんだかんだと優しい子達なんだぁ。
巨大アリは戸惑ったようにキチキチ鳴き合っていた。
突然変哲もない人間のオッサンが出てきて獲物が増えたと喜んでいるのか、何者だと訝しんでいるのか。
「別に、倒してしまっても構わんのだろう?」
キリッと決めてみる。
「お、おい。あいつは何なんだ!?」
「貴女だけでも逃げてくださいっ!」
しかしエルフ姉妹は、「こいつは頭が危険的な意味でヤバい奴」だと思ったのか、俺ではなく恋唄を守る方向に動いたようだ。
めっちゃ動揺を感じる。
「ギシシっ」
まぁ、その動揺も当然だよなと思いながら、 巨大アリたちに向かって一歩前に踏み出す。
途端に巨大アリたちは戦闘モードになった。
ばちち、と黒い火花がアリの身体の周りで散っている。
可視化するほどの強い魔力を纏っているわけだ。
「あー、キミたち。無益な殺生はしたくないので、できれば引いてくれないかな?
どういう要因でこうなったのかは分からないけど、さすがに女の子二人を相手にするには無茶過ぎだよ」
「ギシシ。えさガ、ダマレ」
驚いた。
紙ヤスリを重ね合わせたように擦れる音だが、はっきりとした返事をしてくる巨大アリ。
コミュニケーションが取れるとは全く思わなかった。
思わず恋唄の方を見ると、恋唄も目を見開いて驚いていた。そりゃアリが喋ったら驚くよね。
「よ、よーし! じゃあ一応勧告はしたよ?」
「ギシッ、シャァ」
俺が動くより先にアリたちが一斉に襲いかかってきた。
長い足をわしゃわしゃ動かし、見た目以上に速い動きで飛びかかってくる。
でもね。
ずん、と大地が揺れた。
同時に巨大なアリたちが、見えない何かに潰された。
「ギッ……ナン……ダッ!?」
何匹かは生き残ったようだが、ほぼ全滅だ。ぺちゃんこになった死骸には目を向けない。きっと吐きそうになるだろうから。
生き残った数匹も、藻掻くだけで動けそうにない。
「な……なんということ……だ……」
「う、嘘……ですよね……重力魔術を無詠唱で……数十も一斉捕捉……ブラックデーモンズアントが一撃で……」
俺の後ろでは、愕然としたエルフ姉妹も動けなくなっている。
とは言っても、こっちは驚きで動けないだけで俺の魔術のせいではない。
そう、魔術。
三つ編みエルフは分かったようだが、今回は重力魔術を使ってみた。
重力魔術は対象の重力を操作することが基本となる魔術だ。
局所的に重力を操作し、アリたちの身体は数百トンの重さとなり、自重で押しつぶされたわけだ。
「ごめんな」
一言謝り、さらに重力を強め、とどめを刺す。
それだけでアリは全滅した。
――スキル【重力魔術】を獲得しました。
「もう大丈夫だよ」
恋唄と、未だわなわな震えるエルフ姉妹に声をかける。
「魔法って格好いいですね!」
「正確にはこれは魔術っていうんだけどね。もっと格好良い魔術もあるから、また機会があれば見せるな」
恋唄が瞳をキラキラさせながら駆け寄ってきた。
そんなに尊敬のまなざしを浴びると、照れてしまう。
「あっ、貴方様が!! 賢者様でいらっしゃいますか!?」
突然の大声にビックリする。
見ればエルフ姉妹が膝を折り、祈るような視線でこっちを見てきていた。
「ど、どどどっ、どうしたんだ!?」
改めて見ると、やはりこのエルフ姉妹はキレイな姉妹だ。
ポニーテールの方がお姉ちゃんで、三つ編みの方が妹ちゃんだろう。
お姉ちゃんの方は多分女子大生くらいか。良いスタイルをしていて――特に胸が大きい。
エルフって貧乳って定説にあったと思うけど、こちらのお嬢さんはしっかりと立派なモノをお持ちで大変けしからん。
妹ちゃんの方は恋唄と同じくらいだ。ほっそりとして華奢だが、それでも女の子特有の柔らかさを感じさせた。
「……先生。何を見ているんですか?」
「い、いや、突然何かなって思って……!!」
恋唄が半眼でこちらをじとーっと見てくる。慌てて言い訳するが、胸が痛い。大人の男の対応としては0点に近いだろう。
「で、賢者って?」
「世界樹の森に住まう、神の使途である賢者様! まさに貴方様のことではございませんか!?」
興奮したように叫ぶエルフ姉妹。
その瞳はなぜか涙で濡れている。これが感涙というやつなのか。
あかん、何かとんでもない勘違いに巻き込まれた気がする。
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