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006.幕開け

 というわけで。

 深淵の森の中、俺と恋唄の壮大な冒険が幕を開けたのである。


 と、物語調に一人で独白モノローグを入れてみてはいいものの、一体これからどうしよう。

 とりあえず、まずは現状確認が必要か。


 現在地、不明。どこかの森の中。そもそも地図もなく地理も分からないという前提からして、場所の把握は不可能だ。


 落ちてくる最中に目に入ったが、もっと森の中心部に向かえば大きな大きな天を貫くような大樹があるようだ。


 次は俺たちの状態か。

 あんな空高くから落ち、さらには恐ろしい怪物に襲われたというのに、全く怪我はない。恋唄も無事だ。


 ステータスを開いてみる。

 筋力や魔力といった能力の数値は空欄になっていた。唯一レベルの欄に『3』と書いてあったが、一体レベルとはなんぞや。


 恩恵ギフトの欄には、相変わらず固有恩恵ユニークギフト主人公ヒーロー】と書かれてある。これがあの幼女がくれたという恩恵ギフトなわけだ。


 そこでスキルのタブが光っているのに気づいた。タブを開いてみる。


御都合主義デウス・エクス・ファンタジア

 浩之の恩恵ギフト【【主人公ヒーロー】から派生したユニークスキル。

 常時発動型パッシブスキル。

 つらいこともあるかもしれないが、最後の最後でうまくいく。


【成長補正】

 浩之の恩恵ギフト【【主人公ヒーロー】から派生したユニークスキル。

 常時発動型パッシブスキル。

 能力、スキル獲得・成長に効果。


【言語理解】

 異空旅来者オルタナヴィスタに与えられるスキル。

 常時発動型パッシブスキル。

 異言語の理解に効果。


 そこから先には、先ほどのケルベロスとの戦いで獲得したスキルがずらっと並んでいた。


「……うん」


 気にしないでおこう。

 このスキル群が規格外な効果を持っていそうだとしても、俺は気にしない。


 さて、次の確認は持ち物か。

 【无匣ストレージ】を開いてみる。


「おっ、開けた」


 これは時空魔術の一種だ。

 自分の魔力を使い、異次元に空間を作り出す。その大きさは魔力量に比例しているので、俺が使うととんでもない大きさの空間ができあがっていた。


 この空間の中は作成した者が時間の経過速度など自由にルールを決められる。とりあえず今回は時間停止、状態保存のルール設定で作ってみた。


 ――スキル【時空魔術】を獲得しました。


 魔法の使い方が理解していても実際に使うのは初めてなわけだから、スキルが獲得されるのか。

 鶏が先か卵が先かみたいな感じだな。


「やっぱり、何にもないよね」

 作った【无匣ストレージ】の中は空っぽだ。試しに近くにあったギザギザの葉を数枚収納してみた。


 【无匣ストレージ】の一覧に、収納した草のイラストと枚数である『4』という数字が現れた。草のアイコンを見てみると、新しいウインドウがポップアップしてくる。


--【マスイコワイ草】----------------------------------------------

 【ランク】B

 【分類】素材 - 薬草原料

  麻酔薬の原料に使われる毒性のある草。

  直接摂取すると麻痺が生じるが、

  適切な処置を施すことで麻酔薬の原料となる。

------------------------------------------------------------------


 どうやら、この草の解説のようだ。

 ランクがどうやって決まっているのか分からないが、まるでゲームみたいだな。


 ――スキル【鑑定】を獲得しました。


 再び鈴の音とともに、新しいスキルを獲得したアナウンスが流れる。

 もう気にしないことにしよう。


 ご都合主義だから仕方ないのだ。


 結局、持ち物は着ている服しかないことを再確認できた。

 これは由々しき事態だ。


 食べ物も飲み物もない。

 早急にこの問題を解決しないと、飢え死にしてしまう。


 出勤したときに持っていた鞄の中には、お菓子やお茶が入っていたんだけどな。さすがに鞄は一緒に転移していないようだ。


「ぅぅん」


 少し艶めかしい声で、恋唄の目が少し開いた。


「……あれ……先生、夜這いですか?」

「なわけあるかっ!」


 寝起きだからかぼーっとしている恋唄は、とんでもないことを言いながら首を傾げた。


「とりあえず周りを見てみろよ」

「……初めてはちゃんとベッドが良いです」


 寝ぼけ眼で周りを見渡した後、悲しそうに呟く。

 ベッドだったらアリなのかと一瞬よこしまな考えが浮かぶが、慌てて首を振る。


「だから違うって! 覚えてないのか? 異世界に呼ばれて、王女が豹変して、俺たち死にかけたこと」

「……あっ」


 どうやら思い出したようだ。

 互いに転移してからのことを確認してみる。


 俺が幼女に呼ばれたように恋唄の方にも『神』達から何かアクションがあったのかと思ったが、恋唄の方は特になにもなかったみたいだ。


「なるほど。だから先生、そんなにスマートになっちゃったんですね」

「うん?」


 恋唄がぺたぺたと俺のお腹を触ってくる。

 そこでやっと気づいた。

 俺の体型が超スリムに、筋肉質になっている。顔を触ってみた感じ、余計な肉が消えているようだ。


「うーん……あの可愛い先生も良かったですが……こっちの先生も捨てがたいですね」


 ぶつぶつと俺の身体を触りながら何か呟いているが、俺の主人公属性がそれを上手に聞き逃していた――なんてことはなく、素直に照れる。


 何を間違ったのか、この少女は俺のことを憎からず想ってくれているようだ。


「ま、まぁそれは置いておいてだな。今後のことを考えないといけない」

「そうですね。このままじゃ飢え死にですね」

「とりあえずなんとか人里を見つけることが先決だよなぁ。その後のことはそれから考えれば良いわけだし」


 まずは食糧問題をなんとかしなければいけない。

 飲み水については心当たりがあるから大丈夫だと思うが、食べ物については調達しないことにはどうしようもない。


「……先生、ごめんなさい」


 突然の謝罪にびっくりする。


「どうした?」

「私が、その特異点っていうものだったから、先生に迷惑かけてますよね」


 目を落とし、悲しそうに呟く。


「いや、全然迷惑じゃないぞ。いや、むしろ感謝してるよ」

「え?」

「あんな社畜人生から抜け出せて清々(せいせい)したし。魔法まで使えるようになったからなぁ。感謝しかない」


 本当、人生って何が起こるか分からない。

 今の俺はきよきよしい……清々しい思いでいっぱいなわけだ。


「でも、元の世界にも帰れないし! 私の面倒もみないといけないんですよね!?」

「お前の面倒をみることは嬉しいぞ。だから気にせず、元の世界に帰れるまで自由に過ごせば良いよ。

 俺は元の世界にはなぁ……あんまり未練ないから」


 ここで主人公なら頭ぽんぽんをすれば良いのかもしれないが、こんなオッサンが女子高生にしてしまえば犯罪だ。

 確実に犯罪者のレッテルを貼られてしまう。

 だから、背中をぽんぽんと叩いておいた。これならギリ大丈夫だと、俺の中のリトルヒロユキが言っている。


「先生っ!」


 しかし。

 突然抱きつかれた時の対処法は、俺にはなかった。


 有罪ギルティ! 有罪ギルティ! 有罪ギルティ


 俺の中のリトルヒロユキが叫んでいるが、それどころではない。

 胸の中でぐずる恋唄。


 震えている肩に優しく手を置く。


「大丈夫だ。全部俺に任せろ」


 気丈に振る舞っていたとは言え、まだまだ子どもだ。

 俺が、安心できる場所になろう。


 恋唄が泣き止むまでの間、ゆっくり待つとしよう。

読んでいただき、ありがとうございます。

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