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005.幼女という女神

 気づけばそこは宇宙だった。

 いや、正確に言えば宇宙のような場所だった。


 見渡せば星の煌めきのように、いくつもの光が闇の中で輝いている。

 様々な色の光の大きさはまちまちで、どれも一定ではない。


「ここは――!?」


 声を出して気づいた。

 俺、裸。


 しかもうっすら透明になっていて、色素も薄くなっている。つまりは幽霊みたいな感じだ。

 そんな状態で闇の中を漂っている。


「なんじゃこりゃー!!」


 と、往年の有名なセリフを叫んでしまうのも仕方ない。

 周りに誰もいなくて良かった。

 今時、こんなセリフを大きな声で叫ぶのはちょっと恥ずかしい。


「……余裕あるのぅ」


 突然聞こえた声に、ドキッとした。

 さっきまでは誰もいなかったのに、目の前に幼女がいた。


 正真正銘の幼女だ。

 金髪の可愛い幼女は、桃色のふりふりワンピースを着ていた。


 幼女は俺みたいにうっすら透明になっているわけでなく、普通にくっきりはっきり、むしろどこか光を放っているように存在感が抜群だった。


 ただ、位置関係上、白いパンツが見えてしまっている。黄色いクマさんのイラストが描かれていた。全く興奮しない光景だった。


「……そなたはえっちぃの」

「……すみません」


 完全に不可抗力な訳だが。

 でも見てしまったことは事実なので、素直に謝る。


 なんだか理不尽な気がしないでもないが、相手は幼いとはいえレディ。男としてはこちらが折れなければいけない。これが処世術というものだよ。

 幼女は立ち位置を調整し、改めて向かい合ってきた。


「思った以上に落ち着いておるのぉ」

「まぁ……今日ずっととんでもないことばかりだったから。もう慣れたというか、何でも来いというか」


 本当にとんでもない一日だ。

 おそらく最後の爆発的な光。あれで俺は死んでしまったんだろう。

 後悔が残る。


 せめて恋唄だけでも救いたかった。

 もし。

 もしそのチャンスがあるなら、俺はどうなってもいい。


「ふむ、そなたがそう思っているなら話は早いの」

「え?」

「まず、そなたは死んではおらん。あの光は魔力の反発が魔術暴走を起こしただけじゃ」


 死んでいないと言うことは、ここはどこなんだ。

 さすがに見知らぬ土地で裸になる趣味はないぞ。


「本来なら魔術暴走によってあそこにいた連中は皆死んでいたじゃろうがな」

「って、死んでるんかい!?」

「じゃから『本来なら』と言ったじゃろ?

 あの瞬間、(わらわ)の魔術が割り込みお前とコウタを転移させ、まぁサービスで魔術暴走を強制キャンセルさせたのじゃ」


 幼女がふんぞり返りながら偉そうに言う。

 鼻の穴を広げてふんふんしているのは結構可愛い。


 というか、転移?

 でも、周りを探しても恋唄の姿は見えない。

 そもそも、なぜ俺と恋唄だけを転移させたのか。


「安心するのじゃ。コウタには後で合流できる。それよりもヒロユキ、妾はそなたにお願いがあるのじゃ」

「お願い?」

「……もう分かっているとは思うが、妾は――そなたの世界の言い方で言うと、いわゆる『神』なのじゃ」


 いえ、全然分かってはいませんでしたが。


「妾の他にも『神』と呼ばれる存在は多々おるが、その中の一柱がちょっとばかし阿呆でな。

 遙か昔に、異世界間を渡る術をこの世界――そなたが召喚された世界の人間に渡したのじゃ。

 時代と共にその術は消滅したはずじゃったが、何の因果かあの王女が復活させてしまったのが、今回の騒動の原因なわけじゃ」


 そんな俺の驚きというか困惑を全く気にせず、幼女は説明を続ける。


「召喚されたのがコウタでなければ大きな問題にはならなかったんじゃがな」

「ん? 恋唄でなければ?」

「コウタは……言うなればこの世界における特異点じゃ。禁則事項に触れるため詳細は言えぬが、コウタがこの世界で死ぬとあらゆる世界がヤバいのじゃ」


 なんでも世界は一つではないとのことらしい。

 俺たちのいる世界、転移させられた世界。それ以外にも数え切れないほどの世界が存在し、それらを何柱もの神々が管理していると。


 この転移させられた世界で恋唄が死んでしまうと、世界が連鎖的に崩壊していくようだ。

 その理由は教えてくれないし、たとえ教えてもらっても理解できそうにないのでどうでも良い。


「じゃあ、元の世界に戻してくれたら全部解決できるんじゃ?」

「残念ながらそれは不可能じゃ。この世界に特異点が定着してしまっておるからの。神の力でも再転移は無理なのじゃ」

「ということは……もう帰れない?」

「いや、そなたらだけなら可能じゃ……しかし」


 恋唄はもう無理だと。

 それはないだろ。


 俺は別に帰れなくてもいいが、恋唄は違う。

 家族がいて、ちゃんと帰る場所も帰る意味もあるんだ。


 やり場のない怒りがこみ上げてくる。

 あの王女、絶対に許せない。


「……なぜ、他人のためにそこまで怒るのじゃ?

 そなたは帰ろうと思えば帰れるのじゃぞ? コウタが帰れなくても、そなたには関係なかろう?」


 はぁ?

 何を言ってやがる、この幼女は。


 俺はこう見えて怒りの沸点は低いぞ。

 胸の奥から熱い何かがこみ上げてくる。


「……お前らには分からないかもしれないけどな。

 大事な人が悲しむことは、自分が悲しむことよりツラい時があるんだよ。

 知ってるか?

 恋唄はな、病弱のお母ちゃんを治すって、医者になるのが夢なんだよ!

 ありきたりな想いかもしれないけどな、それが叶わないどころか……心配してるお母ちゃんの側にもう居られないって……そんな恋唄の気持ちがお前に分かるか?

 ふざけんなっ!!」


 くそっ!

 泣けてきた。


「……すまぬ。今のはそなたの心根を計るためとは言え、失言じゃった」

「あん?」

「やはり、そなたを選んだ妾に間違いはないようじゃな」


 驚くことに幼女は深くお辞儀して、謝罪してきた。

 幼女に頭を下げられて、急激に怒りが萎んでいく。

 オッサンが罪もない幼女に八つ当たりって……なにしてんだよ。


「いや、俺の方こそゴメン。お前は何も悪くないのにな……でも、選んだってどういうこと?」

「コウタは現在特異点になっておる。じゃが、この世界がコウタの因果律を確定させれば特異点は消える。そうすれば妾の力でコウタを元の世界に帰すことを約束しよう。

 この世界とあちらの世界、時間軸は一定ではない故、転送された直後に戻すことも可能じゃ。

 そこでじゃ、ヒロユキよ。

 コウタの特異点が消えるまで、コウタをあらゆるモノから守ってやってくれぬか?」

「守るって……俺が? あんな魔法みたいなモノがある世界で? それは無理じゃないかな」


 守りたい気持ちはあるが、現実問題できそうにない。

 あのヤンキーの狗奈山にすら負ける俺だ。魔法とか使ってくるヤツや――どうせこんな世界なんだから魔物とかもいるんだろ?


 俺も恋唄も一瞬でお陀仏になるに決まっている。


「神様なら、一人の女の子を守ることくらいちょちょいのちょいじゃないの?」

「無論、妾が動けるならば動いておる。しかし制約がある以上妾は直接的には関与できぬのじゃ」


 神様と言っても万能な存在ではないのか。

 なんか尻拭いもさせられたりと、この幼女が可哀想になってきた。


「もちろんそなたの不安も分かる。そこでじゃ。妾の力をそなたに託そう」

「お前の力?」

「強靱な肉体と精神、類い希な能力とスキル。既に与えておる妾の恩恵ギフトと合わせれば、まさに神の力じゃ」


 それは俗に言うチートみたいな感じですね。


「しかし、この力を受け入れるということは神の器になるということじゃ。申し訳ないが、そなたの死後は妾と同格の――神の座に立ってもらう」


 つまりは、恋唄を守るための力を貰うこと=俺が人間を辞めるということか。

 うん、こんなの迷う必要はない。


「うん、それでオッケー」


 あんなブラックな現実世界には未練もヘチマもない。

 どうせなら異世界でわーわーやってる方がマシです。


「い、いいのかえ? 神の座はおそらくそなたが思っている以上に過酷じゃぞ?」

「オッケーオッケー。その辺はなってから考えれば良いよ。それより今は恋唄を守ることのほうが重要だよ」

「そんなに簡単に……まぁ妾にとってはありがたいが……本当に良いのじゃな? もう後戻りはできぬぞ!」


 この幼女、なんだかんだと優しいな。

 きっと無理矢理にでもやらせることは出来るはずなのに、誠意をもってお願いしている。

 相手が誠意をもってくるなら、こちらもその想いに応えるしかない。


「任せとけ!」


 一度大きく頷くと、幼女は諦めたのか喜んだのか複雑そうな顔をして、手を掲げた。

 幼女の手に光り輝く何かが現れた。


 暖かそうな光はゆっくりと俺の方に飛んできて、胸に吸い込まれて消えていき、暖かい何かが全身に満ちていく。

 俺の中で、足りなかったピースがかっちりと組み合わさったように、俺と別の何かが一つになっていく感覚。


 身体が、知能が、心が満ちていく。

 知らなかった何かが、既知になっていく不思議な感覚だった。


「力の使い方に迷わぬよう、妾の知識と経験をふんだんに組み入れておいた。おのずと理解しておるはずじゃ」


 徐々に意識が暗くなっていく。

 これが目覚めの兆候だということが自然と分かっていた。


 なるほど。これが『理解』しているということか。


「おそらくコウタの因果律の確定までは3年ほどかかるはずじゃ。頼んだぞ、ヒロユキ――」


 それが、俺と幼女の初めての邂逅の終わりだった。



 身体にあたる強烈な光と風。

 それが目覚めのきっかけとなった。


 うっすら目を開けると、どこまでも広がる青空が見えた。いくつか白い雲が呑気そうにぷかぷか浮いている。これは野球日和の晴天だ。


 まぶしく輝く太陽と――うっすらと月のような衛生が二つ並んでいる。

 遙か彼方にはいくつもの大陸。


 そして大きな大きな、距離感を狂わすほどの大樹が見える。

 幻想的な光景だが、状況はそれどころではなかった。

 俺、現在進行形で落ちてます。


「どええええええええええええええええええええ!?」


 どういうことだと混乱しかけたが、隣で一緒に落ちているものを見て、瞬間的に全力で覚醒した。


「恋唄っ!?」


 慌てて近寄り――空中で全力のクロールをしたのは初めてだ――恋唄を抱きかかえる。

 暖かなぬくもりを胸の中に感じる。


 恋唄は幸せそうに寝ていた。こんなに風が凄い勢いでぶつかってきているのに、全く起きそうな気配はない。


 この状況でもぶれない恋唄に、ちょっと笑えてきた。

 召喚されてからの出来事。

 幼女との話。


 いろいろ思うところはあったけれど、要はこの幸せそうな顔で眠る恋唄を守ればいいだけだ。

 ぐんぐんと迫ってくる大地。


 このまま行けば広大な森の中に落ちてしまいそうだが、大丈夫。

 これくらいの高さ、屁でも無い。

 改めて、しっかりと恋唄を抱きかかえた。


 さぁ、ここからが俺の異世界ライフだ。

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