049.スーパーセンス
目が眩むほどの光が収まると、それぞれの柱のあった場所に人影が見えてきた。
魔方陣が燐光となって消えていくと同時に、光も薄まり人影の輪郭がはっきりしてくる。
五つの人影は大小様々だった。
まず、右端。
印象は『小さい』だった。身長が50センチもありそうにない。
栗色のくりくりとした髪の毛に、ちょこんと赤色のとんがり帽子をのっけている。
絵本に出てくる妖精のような、めちゃくちゃ可愛らしい女の子だった。
その隣は、気怠そうに立つオッサンだ。
俺と同い年くらいだろうか。
ざんばらな黒い髪が目元を隠しているが、垂れた目は眠そうだ。無精髭がちょこちょこ生えているが、意外と不潔感はない。
なんというか存在感が希薄で、目をそらせば姿を見失いそうになる一方で、額にある黒い刃のような角が異様に目立っている。
総合して言うとワイルドなイケメンだ。女なんて興味ねーよみたいな感じの素っ気ない姿勢に、周りの女の子がキャーキャー言ってそうな感じのイケメン。くそ……。
まあいい。
中央にはこれまた可愛い女の子がいた。俗に言う美少女というやつだろう。
どことなく神々しさを感じる可憐さ。
きりっとした目が意思の強さと自信を感じさせる。
銀色の長い髪の中から獣のような耳が覗いている。
華奢な身体の大事な部分をかろうじて隠している布切れの端からは、ふさふさの尻尾が揺れていた。その尻尾も銀色だ。
獣人の女の子の隣は、これまた獣人だ。
ただこちらは獣寄りの獣人で、頭部が馬のような見た目だった。
とは言え、しっかりと人間のように脚で立ち、立派な法衣のような衣服で着飾っている。
完璧なる馬面なのに、凜々しい目からは理知的な輝きが見て取れる。
頭上から背にかけて見えるたてがみは黄金だ。
やばい。なぜか超カッコいい。
最後の人影は……人ではないな。
一際輝くぷよぷよと丸い――そう、スライムという名称がぴったりだ。
さすがに口らしきものはなかったが、つぶらな瞳はきちんと二つある。
色はキラキラとしたゴールデン。さらに白い翼がついていて、丸い身体をふよふよと浮かせていた。
「……あれ?」
おかしいな。
確か魔物を生み出そうとしていたはずだ。
それなのに現れたのは、明らかに魔物には見えない奴らばかり。特に真ん中の少女や怠そうなオッサンなんて、ほぼほぼ人のようだ。
魔物っぽいのはスライムくらいしかいない。
「……これは驚きましたな」
「え?」
「どうやら聖皇様の魔力が強すぎたせいで、魔物どころかとんでもないものを生み出してしまったようです」
「とんでもないもの?」
「かかか。彼らの魔力を見てくだされ。どの魔物も内包している魔力の多さ、質ともに亜神や神獣クラスでしょう」
なんということでしょう。
神獣とは魔物が果てしない時を生き永らえることで、神の域へと達した存在だ。存在としての格がそこらの魔物とは乖離している。
「かかかっ! しかし、聖皇様は儂の常識を簡単に覆してきますな」
快活に笑う賢者様だが、別段俺としては好きでやっているわけではない。
というか、骸骨のくせにお風呂やお酒を愛している賢者様の方が、俺の常識を破壊してきている気がする。
「それはそうと……お手伝いをしてもらおうと思っていたのに……いいのかなぁ」
「はて? 何かご不満でも? 彼らなら存分に聖皇様のお力になれるかと思いますが?」
「いや、力になれるというか、なりすぎてしまうというか……亜神とか神獣にさせていいものかと」
賢者様でも一国を簡単に滅亡させるほどの力があるという。
それに勝るとも劣らないこの人達に、畑仕事なんかさせても良いのだろうか。
「かかか。それは今更というもの」
まぁ、確かに。
トウモロコシ畑では神代宝具のエルが案山子の真似事しているし、大根畑ではリボンちゃんがオラついている。どちらも畑仕事には役不足な存在だ。
「じゃあ、皆さんこれからよろしくお願いいたします」
ぺこりと生まれてきた魔物に頭を下げる。
すると、ざわっと魔物達が狼狽し、中心の獣耳のついた少女を中心にひざまずいてきた。
スライムだけはふよふよと自由に飛び回っていたが。
「ご主人様、私たちに頭を下げるなど……!!」
「然り。我ら、主人の下僕たる存在」
「偉そうにしてくれなきゃ、困るの」
「……うむ」
「ぴきー!」
生まれてきた魔物達は慌てるように口を開く。どうやら俺は簡単に頭を下げては駄目なようだ。
「そ、そうなのか。ご、ごめ――」
ごめんと言いかけて慌てて口を閉じる。今度は簡単に謝るなと言ってきそうだったからだ。
「じゃあ、俺は柴田浩之。ここではヒロユキでいいから」
ファーストネームでの自己紹介にはまだ慣れていない。ちょっと恥ずかしいんだよな、これ。
魔物達は俺の自己紹介をただただじっと聞き入っている。やめて。もっとフランクにしてくれないと困ります。
動かない魔物達に困り果てた俺は、いつも通り賢者様に助けを求める。
「かかか。そやつらに己の得意なことを述べさせてはどうでしょう?」
「そう。それ! じゃあ、キミからお願いして良いかな?」
「はっ!! わたしは彼の地ヴィーグリーズにて、地を揺らす一族が一人。絹紐すら引き裂く我が牙は、必ずやご主人様の前に立ちはだかる敵を穿つことでしょう」
銀色の髪をもつ獣耳の少女は、その瞳に自信と情熱をたぎらせて宣言した。
格好良いことを言っているが正直意味がそこまで分からない。
地を揺らす一族って何なんだ。みんなでジャンプでもしているんだろうか。というかそもそもヴィーグリーズってどこだ。
よく分からないが、多分狩りの手伝いをしてくれるということだろうか。
「そ、そうなんだね。この辺の魔物はそこまで驚異じゃないけど、気をつけてね」
「ありがたきお言葉!」
なぜか幸せそうにうっとりする銀狼少女。一体なにが彼女の琴線に触れたのか分からないが、本人が満足しているならそれでいいや。
「ふふふ。我が王よ。我は20の軍を従える55番目の悪魔の一人。世界の真理を探求せし、智の奴隷にございます。我が叡智は我が王のもの」
「あ、ありがとう……」
馬面がスラスラと難しい言葉を並べてくる違和感は、もう気にしない。
というよりこの馬の悪魔、堅苦しい言葉を使っているがどうやら女性のようだ。少し高い声質は慈愛に溢れた優しい声をしていた。心が暖かくなる安心できる声だ。
「ん? 叡智?」
「是。過去、現在、未来に渡る知識について、我が知りうる事ならば全てお答えしましょう」
「じゃあ、例えば医学知識なんかも知ってるの?」
「然り」
おおっ、それじゃあ恋唄の先生になってくれるんじゃないか。
恋唄の夢は病弱の母親を救える医者になることだ。異世界に来てしまって医学についての勉強はもちろん、受験勉強すら出来ていない。
教科書や参考書がないから諦めるしかないと思っていたが、『教師』がいれば話は別だ。
「じゃあ、あなたには先生になってもらいたい」
「それが我が王の望みとあれば」
ローブをはためかせ片手を胸の前に掲げる馬の悪魔。その姿はまるで騎士のようだった。
「マスター! わたしはノーメのひとつなの。大地の精なの!」
「ノーメ? ノームじゃなくて?」
大地の精霊といえばノームじゃないのかと思うが、どうやらそれは彼女を侮辱する言葉だったようだ。
可愛い顔を膨らませて、ぷんぷんと怒ってしまう。
「違うの! ノーメはノーメなの!」
「我が王よ。ノームとノーメは似て非なるモノ。ノームが精霊である一方、ノーメは妖精である」
いや、精霊と妖精の違いから分からないですけど……。
だがどうやら魔物の世界では、そこには明確な違いがあるようだ。難しすぎるだろ……。
「ご、ごめん。失言だったよ」
「いいの! マスターの作った畑は気持ちいいの。そこで出来た子はスーパーハッピーなの!」
謝るとすぐに表情を元に戻し、満面の笑みを浮かべる。ニコニコとしている姿は、本当に妖精のようだ。
「は、ハッピー?」
これまた言っていることが理解できない。畑が気持ちよくて、作物がハッピーとはどういうことなんだ。
というか魔物って全体的にこんな感じなのか?
会話を上手くしていく自信がないんだけれども。
「わたし、ハッピーな子の世話をするの! 一緒にハッピーになるの!」
「つまり……農作業の手伝いをしてくれるっていうこと?」
「そうなの! 任せるの!!」
小さな身体を跳ねさせながら、自信満々に胸を張る小人ちゃん。
その小柄な体躯でどこまで出来るかは分からないが、一生懸命頑張ろうとしてくれる姿はとても嬉しい。
「そっか! じゃあよろしくね!」
「泥船に乗ったつもりでいるの!」
「……え?」
それ沈んでしまうやつじゃん……。
本当に大丈夫なのかと不安になるが、一度お願いした以上ここは信じてみるしかないだろう。
どうかちょっとアホな子なだけで、農耕に関しては頼れる存在であってください。
「……最後はオレですかね」
他の魔物達と一緒にかしこまっていた、ちょいダル系オッサンが口を開いた。
姿勢だけは一応周りに合わせていたようだが、その表情も態度も口調もマイペースな感じだ。
「オレは幽鬼と呼ばれる鬼の一族……みたいな感じなんですかね?」
「いや、俺に聞かれても……」
「まぁいいかぁ。とりあえず気配を消すことが得意ですわ。あと昼寝とか」
うわー。見た目通りの駄目オッサンっぷりだな。
でも、本人が言うように気配の薄さは特筆するべきものがある。
目の前にいるのに、意識して見なければ見逃してしまいそうな影の薄さ。
キャラクターや顔の作りは濃いのに、存在感だけが乖離している。
「偵察や諜報、暗殺とかに向いてそうだね」
「あー、はい。そんな感じならオレでも出来そうですね」
差し当たって今のところ諜報活動や情報機関を作る必要性は感じないけど、こういうのは備えておいた方が良いのかなぁ。
「まぁ昼寝しながらでも良いので、よろしくお願いします」
「あなたは神ですか」
昼寝のオッケーが出たのが良かったのか、眠そうな目がカッと開かれ、俺の手を握ってくる。
イケメンのオッサンに近づかれても嬉しくないぞ。
「はいはい。で、最後が……」
「ぴきー!」
俺の周りを飛び回っていたゴールデンスライムが、掛け声と共に俺の頭に着地した。
すぽっと気持ち良いくらいにフィットしたスライムは満足気に翼をしまい込み、本格的に俺の頭を居場所に定めたようだ。
「言葉は分かる?」
「ぴきー」
話しかけると返事をするから、コミュニケーションは取れているんだろう。
だが、スライムが言葉を発することはないので、発語は出来ないのかもしれない。
というか身体の構造的に、喋るのは不可能なんじゃないか?
いや、でも「ぴきー」って鳴き声は出していたよな? どこから?
いくら考えても答えは出そうにないので、とりあえず疑問は据え置くことにした。
「じゃあ、みんなに名前を付けていいかな?」
現時点では俺と彼らの間には擬似的な魂の眷族が形成されている。
このままでも大きな問題はないが、せっかく生み出したからにはきちんと『親』となりたい。
動物を飼うこととは違うけれども、それが生命に対しての責任の取り方だろう。
「ありがたき幸せ!」
凄く嬉しそうに頷く銀狼少女。
そしてその後ろで満足げに頷く面々。
さぁ、俺のスーパーセンスの出番というわけだ。
読んでいただきありがとうございます。
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