004.王女の本性
「では、勇者様方! こちらの魔導具の前にお集まりください!
これは【神判の扉】。皆様の『力』を計る魔導具ですわ」
この広間に来たときから気になっていた、異質な存在感を醸し出していた『枠』だ。なんの材質か全く想像できない黒い枠だけのドアのようなモノの周りに生徒達が集まる。俺も恋唄を伴って遠巻きに眺める。
「では、どなたか来ていただけますか?」
王女様の誘いに、生徒達が目配せする。主に男子生徒は互いに牽制するように、女子生徒は不安を共有するように視線を合わせていた。
男子の気持ちは分からないでもない。きれいな王女様の期待に応え注目を浴びたいという下心が強く出ているんだろう。
「じゃあ、俺が行きます」
結局、おおよその予想通りに英雄が立った。何人かは不満たらたらの非難めいた視線を英雄に送るが、本人は全く気にしていない。強靱なメンタルの持ち主だ。
「ありがとうございます。お名前を伺っても?」
「皇英雄です――あ、ヒデオ・スメラギと言った方が良いのかな? 家名がスメラギです」
「ヒデオ様。凜々しいお方。ご協力感謝いたしますわ」
王女様は上目遣いに英雄の手を握り、顔を寄せた。さすがの英雄君も顔を赤くし恥ずかしそうにしている。
おいおい英雄君、自称『英雄の親衛隊』の女の子たちが睨んでるよ。怖いよ。
そんな視線を感じないのか、気にしないのか。王女様は英雄の手を握ったまま、枠の前に誘導していた。こいつ、なかなかの強者だ。
「では、こちらをお通りください」
王女様の言葉を受け、一度深呼吸した英雄は枠をくぐる。その光景は、空港の保安検査でセキュリティゲートをくぐるときと似ていた。
枠を通り越えた瞬間、英雄の首に光が集まり――その光が消えると黒いチョーカーのようなものが巻かれていた。ファッション的にはオシャレな感じだが、ちょっとペットのように見えなくもない。自分からはしようとは思えない一品だ。
「これは?」
英雄がその首輪を引っ張りながら尋ねる。
「それは【具現の輪】。内なるステータスを具現化できる魔導具ですわ。先ほどと同じように『ステータス』と念じるか言ってみてください」
「……ステータス」
英雄が呟いた瞬間、英雄の眼前にウインドウが現れる。先ほど俺も見たステータスを表すホログラムウインドウだ。
「――すごい」
王女様がそのウインドウを手に取り、ぽつりと感嘆の言葉を漏らす。
「英雄的恩恵の【将軍】……それにステータスが軒並み3000を超えています……」
「なにぃっ!?」
王様や兵士達、現地の方々から爆発的な歓声が上がる。
すげぇとかやべぇとか、今までの兵士達の重い雰囲気とは裏腹に、結構チャラい感想だ。
「エピックギフト?」
「ああ、すみません。恩恵と一口で言っても、実はその有用性や能力からランク付けされているんです」
英雄の疑問に、王女様が丁寧に答えてくれる。
その説明によるとランクは5段階あるようで、低い方から一般的・特異的・英雄的・伝説的・固有となっているようだ。
「別名神話的とも呼ばれる固有恩恵は、神の力そのものであると言われていますが、それは未だ確認されていない……まさに神話の中の恩恵なんです」
改めてステータスを見れば、確かに恩恵の前にランクが書かれていた。
――固有恩恵【主人公】
最初に見たときはみんなそんな感じだろうと気にしてなかったが、これってどうなんだ。
王女様が神話の中の恩恵とかドヤって言ってたけど、これってそれだよね。
「では、皆様も! 順番に【神判の扉】を通り、兵士達に能力を報告してください!」
王女様のかけ声で兵士が動き、生徒たちの誘導が始まった。
一列に並ばされた生徒達は流れ作業のように枠をくぐり、その先で神官のような衣服を着飾ったオッサン達にステータスのウインドウを見られていた。
「すごいっ、すごいですぞっ!」
ハゲた神官が顔を真っ赤にして興奮している。
来る者来る者が何らかのレア以上の恩恵を持っていたり、能力が高かったようだ。
唾を飛ばしながら王様達に報告している姿を見ていると、なんだか引いてしまう。
だが、その熱気に当てられたように王様たちも興奮していた。
「さぁ、残りは貴方たちだけみたいですね」
気づけば俺と恋唄だけが残っていて、他の生徒達はみんな枠の向こう側で談笑していた。ステータスウインドウを見せ合ったり、早速兵士達に魔法を教わろうとしている生徒もいる。
……おかしくないか。
なんでみんな、この異常事態にここまで適応しているんだ。
言ってしまえば拉致監禁されている状況で、帰りたいと喚いたり泣いたりしないのはなんでだ。
きちんと帰れる保障もされないまま、なんでそんなに呑気にしていられるんだ。
さっきまで不安そうに囁き合っていた生徒達まで、まるで遊園地に来たようにはしゃいでいる。
「私は、嫌です」
小さな声で――でもはっきりと通り抜ける声で、恋唄が宣言した。
「……はい?」
「そこを通りません。家に帰してください」
恋唄の反抗に、王女様の口元がピクリと動く。
それでも笑顔を維持したまま、優しげに恋唄に近づこうとした。恋唄は速攻で俺の後ろに隠れた。
「貴方たちの世界に戻すには、この扉を通ってくれませんと」
「嫌です。この扉は邪悪な感じがします。そもそも、なぜこの扉を通らないと帰れないんですか? 私たちが来たときにはこんな扉ありませんでした」
「……それはですね……」
予想外の反抗だったのか、王女様が言葉に詰まり笑顔が消えた。
「……はぁ……面倒くさっ! ま、もういっか! ホントは無理矢理通したら能力が十全に発揮できなくなるから嫌なんだけど……こんだけ駒が手に入ったなら、あんたらだけなら損害にはならないでしょ」
先ほどまでの優しい感じの王女様はどこかに消え、憎々しげに舌打ちしちゃってる。
王様や周りの兵士達に驚いた様子がないことから、この姿が王女様の素のようだ。どうやら今までお淑やかで優しい王女様を演じていたみたいだな。
「良い? 優しい私があんたらに選択肢をあげる。
このまま素直にこの扉をくぐるか……痛い思いしながら無理矢理やられるか、どっちが良い?」
キャハハハと大声で笑いながら迫ってくる王女様。
感じるのは狂気だ。
嗤っている顔に背筋が凍る。
恋唄を庇いながら、距離を取ろうとする。
しかし。
「月詠、それに先生も。アンジェラ様に迷惑をかけるなんて、なんてひどいことを!」
「きゃっ」
いつの間にか側に来ていた英雄が、恋唄の腕を捻り取る。
苦悶の表情を浮かべる恋唄。フェミニストの英雄らしくない動きに、ぞっとする。
「お、おいっ、英雄――ぶふっ」
止めようとしたら、思い切り蹴られて吹っ飛ばされた。
正直、痛い。
吹っ飛ばされた時に顔を打ったのか、口の端が切れて血が零れていた。
誰だよ、こんなひどいことする奴は。
俺を蹴ってきた犯人は、嬉しそうに王女様を見ていた。
「アンジェラ様! オレは役に立つでしょう!? オレが! オレこそが貴女の剣です!」
ヤンキーの狗奈山が、唾を撒き散らしながら必死に叫んでいる。
「まぁ、なんて素敵なナイトなんでしょう。私は幸せ者ですね」
にっこりと優しい王女様モードで、狗奈山の手を取り微笑みかける王女。
「ぅおおおおおおおおおっ!!」
お下劣ヤンキーは、恍惚とした表情で驚喜の叫びを上げる。
……狂っている。
なんだ、この状況は。
見れば他の生徒達もただ黙って無表情にこちらを眺めてくるだけだ。
「ふふふ。びっくりしてます? 実はこの【神判の扉】を通り【具現の輪】を付けられたら、私のためだけに生きる奴隷になっちゃうんです!
凄いんですよ! きちんと理性を残したままで思考を私好みに誘導されちゃうから、本人は操られていることに気づかないし気づこうとしないんですよ!」
うふふふと可愛らしく笑いながら、とんでもないことをおっしゃる王女。
英雄の首輪を愛おしそうに撫でながら、英雄の腰に腕を回す。
「英雄様ぁ、あいつらが私の言うことを聞いてくれないんですぅ。助けてくださぁい」
甘ったるしい声を出しながら、英雄に寄りかかった。
「任せてください。ほらっ、月詠。アンジェラ様に迷惑をかけるな!」
「いつっ」
無理矢理恋唄を枠の方に連れて行く英雄。
「おいっ、止めろ!」
慌てて止めようとするも、再び横からの衝撃が身体を襲う。
「はっはーん。行かせねぇよ! てか、センコーを殴れるなんて最高じゃねぇか!!」
殴りかかってきた狗奈山は、そのまま俺の上に乗っかり拳を振り下ろしてきた。
がつっ、と肉をはぜる殴打音が頭に響く。
手加減無しの一撃だ。
くそ。
マジで痛い。
「最初見たときから、アンタのことムカついてたのよねぇ。ちょっと可愛いからって調子こきやがって」
王女が恋唄の顎をくいっと持ちながら、べろりと恋唄の頬に舌を這わせた。
「洗脳せずに兵士達のおもちゃにしちゃおうかしら」
「うーん……あなた、キモいです」
英雄に腕を極められ苦痛に顔を歪めながらも、王女に向かって堂々と言い放つ。
すげぇ。
よくこの状況でそんな発言ができるな。
自分に降り注ぐ痛みすら忘れて、恋唄に目を奪われる。
なんて凜々しいんだろう。
なんて美しいんだろう。
「……そう。良い度胸ね。イタンヘ! アレを持ってきて!!」
王女の指示に従って、ハゲた神官がいそいそと近寄ってきた。手には生徒達の首に巻かれた首輪に似たモノがあった。
「自分から殺してくれって懇願するまで、いたぶり続けてあげる」
「おいっ! 止めろっ!!」
王女は首輪を受け取り、恋唄の首に付けようとする。
恋唄は英雄にしっかりと拘束されていて、逃げられそうにない。
もう、嫌な予感しかしない。
止めようと必死に拘束を解こうとするが、上に乗っかってきている狗奈山はビクともしない。
くそっ、こんなことならもっと鍛えておけば良かった!!
「うふふ。最後に言い残すことはないかしら?」
「……ずっと気になってたんですけど」
「うん?」
「鼻に何かついてますよ」
「……そう」
あかん。
それは言ってはいけない。
遠目では分からなくて近づいてきて初めて気づいたが、どうやらこの王女様、ずっと鼻くそがついていたようだ。
能面のようになった王女はそっと鼻をすすり、パチンと大きく恋唄の頬を叩いた。
「もういいわ」
そのまま無理矢理首輪を付けようとする。
しかし。
「キャッ!?」
「っ!?」
首輪が恋唄に触れた瞬間、バチッと火花が奔り光が爆発した。
俺たちが召喚されたときと同じような光だ。
視界が再び光に覆われる。
「なによっ、これ――」
王女の悲鳴のような叫び声が響いた瞬間、バチンとブレーカーが落ちたかのように意識が落ちた。




