043.友達
天使のような少女が、ぼけーとあまりやる気を感じさせないような瞳で俺を見てきていた。
先ほどの流ちょうな言葉遣いは何かの聞き間違えではなかったのかと思うほど、今は全然喋らない。
横に動けば眼差しも同じようにズレてくるので、しっかりと見ているのは見ているんだろう。
「……先生、動かないで、ください」
少女の背の羽の間から、少女を診ていた木洩日が不満な感じの声を出した。
「あ、ごめん」
拘束具の解放に成功した木洩日は、本来の姿を取り戻していた。
少し気の弱そうな垂れた目、丁寧に切り添えられたショートボブ。小柄な身体は天使のような少女より少し大きいくらいなので、姉妹のように見える。
そんな二人の様子を興味深げに恋唄が見ていた。
ちなみに賢者様とリボンちゃんは、少女の攻撃で爆破されてしまった世界樹の森の様子を見に行っている。
二人がいれば森の修復も簡単に行えるそうだ。
被害がそこだけで本当に良かった。これで俺達の家や畑が壊されていたら、俺は絶対に泣いていたと思う。
「わ、わかりました」
少女の背から離れた木洩日が、自信なさげに頷いた。
「やっぱり、隷属情報が上書きされて、います。なんで、先生が創造者として、登録されているのかは、分かんないですけど……」
所々つっかえながら話すのは、木洩日のクセというか性分だ。
引っ込み思案なところがあり、あまり対人関係が得意でない木洩日は、クラスでもこんな感じだった。
友達も多くなく、恋唄や他数人くらいとしか関わることがなかったように思う。
「ねぇ、陽咲。隷属情報って何かな?」
「うん、とね。この子は正式名称を【天屍型広域殲滅兵器】って、いうらしいの。兵器だから、指揮権の優先順位が、必要みたい。その優先順位が、隷属情報っていうんだって」
「なんで私を一番にしてくれたの?」
「だって、うたちゃん、あの王女様に狙われてるって、鳴島くんが。うたちゃん、大事な友達、だから」
守ってあげたい、と。
気持ちはみんな同じなんだな。
「そっか、ありがとう。でも、もっと自分を大切にしてね。私にとっても陽咲は大切な友達なんだから」
恋唄が木洩日を抱きしめながら、優しく伝えた。
こうしてみると、恋唄は本当に優しい女の子なんだな。
うぐっと木洩日が嗚咽したかと思えば、うわーんと子どものように泣き始めた。
ここまで緊張や恐怖の連続だったんだろう。
張り詰めていた糸が切れたように、木洩日が泣きじゃくる。それを恋唄は優しく抱きしめ、落ち着かせるように背中をとんとんと叩いていた。
☆
落ち着いた木洩日から聞いた話を、頭の中で纏め直す。
俺と恋唄が消えた後、王女は荒れに荒れたそうだ。
なんでそこまで恋唄に執着するのかいまいち分からないが、多分『女』として負けたと思ったんじゃないだろうか。
まぁ恋唄ほどの良い女を俺は知らないから、王女ごときが勝負挑んでいる時点で身の程知らずだとは思うんだけどね。
それはそれとして。
荒れた王女は生徒達に対して、今後恋唄に遭遇した場合は必ず連れてくることを最優先命令としたそうだ。
ただいつまでも恋唄に構っているわけにもいかなかったようで、鳴島が言っていたように生徒達はそれぞれの恩恵に応じた場所で、帝国のために貢献することを強いられるようになった。
全員で30名の生徒達。恋唄を抜いて29名の生徒達は【具現の輪】の効果もあって、率先して力の使い方を学び、知り、帝国のために役立てていった。
木洩日のもつ恩恵は【修復者】。そしてそこから派生したスキル【修復】は、帝国の古代兵器研究部に諸手を挙げて迎え入れられた。
どうやらこの世界には遙か昔に滅びた文明の遺産がいくつも存在しているようで、それらは神々より授けられた宝具――神代宝具と呼ばれている。
帝国にも数個だけ神代宝具が存在していたが、その中で壊れて使い物にならない神代宝具があった。
それが、俺たちに攻撃を仕掛けてきた【天屍型広域殲滅兵器】と呼ばれる兵器のような少女のような兵器だ。少女が兵器なのか、兵器が少女なのか。難しい問題だ。
帝国の古代兵器研究部は木洩日にそれを直すことを要求。
木洩日はスキルの力に従い、完璧にそれを修復することに成功した。
その際に、木洩日本人が隷属情報の第一優先となるように登録してしまったため、問題が起こってしまった。
【天屍型広域殲滅兵器】の目的は、隷属情報の上位にあたる者の命令に従って、対象を殲滅すること。そして、もう一つは隷属情報登録者が生命の危険に陥った際には、周囲の生命体を全滅するまで攻撃するという防衛機能があること。それらが修復していくなかで判明したのだ。
帝国の重鎮達は、木洩日の行動に対し危険性があると判断。
木洩日は必死に否定するも聞き入れてもらえず、処刑が決定しそうになったところを鳴島が救ってくれたとのことだ。
ただ、落ち着いて考えれば分かることだが、帝国が木洩日を処刑しようとしても、【天屍型広域殲滅兵器】が守ってくれたはずなんだ。
それが分かったのは封呪と呼ばれる拘束具を着けられた後で、もうどうしようも出来ない状況になってしまっていた。
封呪は本人の魔術行使を制限することができる魔導具らしい。
それによって、封呪の【キー】をもつ者が認める魔術しか使えなくなる。
今回の場合、【天屍型広域殲滅兵器】に対する命令権は木洩日が持つが、命令する内容は【キー】をもつ鳴島と王女他数人が決めるものだけになってしまうということだ。
鳴島に言われるがまま、世界樹までやってくることになり今に至る、と。
☆
長い話を終え、木洩日は大きく息を吐いた。
「うたちゃんや、先生に、危険なことをして、ごめんなさい」
「いや、仕方ないだろ。やりたくてやったわけじゃないし気にすることないよ」
「うん。頑張って止めようとしてくれてたのは分かったし、陽咲が悪いわけじゃないよ」
涙をこぼしながら深々と頭を下げてくる木洩日。
「ち、違うの。あの子はわたしが命令しないと、動かないの。でも、わたしは、自分が助かるために、命令しちゃった」
そうか。
命令の内容は別にして、あくまでも命令できるのは木洩日だけなんだ。
いくら封呪の【キー】をもつとしても、少女に命令できるわけじゃない。
「自分が助かるためって?」
「わたし、鳴島くんに、【死の刻印】を受けてるの。言うことを聞かないと、殺すって」
「そんな……」
……クラスメートになんてことしてるんだよ、あいつは。
"力"を得て調子に乗りたい気持ちは分からないでもない。でも、相手の命を勝負の場に出すということは、自分の命も同じ場に出ているということだ。
その覚悟が分かっているのか、と簀巻きにされ木に吊されている鳴島を見やる。ぷらんぷらんと子リボンちゃん達に良いように遊ばれている鳴島は、まだ気を失ったままだ。
「ちょっと見せてくれるか?」
「え……はい……」
木洩日が制服をずらし、肩の白い肌が露わになる。
そこには赤黒いカラスのようなアザがあった。どうやらこれが刻印らしい。
刻印に触れながら【神眼】で見れば、すでに発動準備を終えている状態であることが分かった。
もし鳴島がそこに触れれば、死の刻印は発動してしまう。木洩日の魔力では、抵抗も出来ず命を散らしてしまうだろう。
だだ、そこまで理解できれば十分だ。
【解析】スキルを発動させると、刻印を中心に複雑な魔方陣が現れる。
スキルと言っても原理は魔術の構成と同様だ。世界の力が働く分、魔術よりスキルの方がより強固強大だとはいえ、仕組みの根底が一緒であるため対処は可能と言える。
術式を解析し、一気に分解していく。魔方陣から術式が崩れるように消えていき、最後の術式が消去されたときには、刻印はきれいさっぱりに消えていた。
「これで大丈夫」
「え? な、なんで? どうやって?」
「それは先生だからだよ。先生はなんでもできちゃうから!」
木洩日が呆然と疑問の声を上げるが、恋唄が謎理論で無理矢理解決させてしまう。
でも、ちょっと待って! 恋唄の過大評価が半端ないんですが。
「あ、そうだ。ついでに」
木洩日の首に巻いてある【具現の輪】を軽く引っ張れば、ほとんど抵抗なくチョーカーはちぎれ、黒い炎に包まれ消えていった。
「……は?」
目が点になる木洩日。
さっき刻印を外すときに、ついでにチョーカーの方も解析済みだったのだ。
しょせん王女のお遊びレベルの魔導具。簡単という言葉すら生ぬるい難易度の低さで、破壊できた。
「これでもう縛られることはないだろ」
「あ……あ……ありがとうぅ、ございますぅ」
そして再び大声で泣き出す木洩日。
女の子に泣かれるとどう対応して良いか分からなくなるのは、俺がまだまだダンディーではないからだろうか。
そして、ずっと天使少女に見られていて、居心地がちょっと悪かった。
今年最後の投稿です!
2018年、お世話になりました。
2019年もよろしくお願いいたします。
良いお年を!
■鳴島のスキル【死の刻印】について
……以下の手順を踏むことで、対象に死の呪いを与える。
①殺意をもって、対象に触れる。
②自分の能力を説明する。(この段階では触れていなくても構わない)
③能力説明後、30秒以内に改めて対象に触れる。それにより対象の身体のどこかに刻印が刻まれる。
④それ以降、対象に対して殺意を宣言し、改めて対象に触れることで刻印から死の呪いが発動する。




